あなたへの時間

長めの話 | HOME


 春の色は淡い。
 立ち並ぶ風景の輪郭は、どの季節とも変わらないはずなのに、どうしてか春はふんわりと優しく世界を包んでくれる。
 全ての色がほんのりと浮き上がり、息を潜めていた草木や生物たちが顔を出し、嬉しげに笑い出し、一つに溶けていくような感覚を作り出す。
 光のヴェールが、瞬きをする度に、きらきらと揺らめいた。そんな、薄紅に香る空。
 それに向かって、両腕を大きく伸ばして。シンタローは、深呼吸をし、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 柔らかさの溶け込んだ空気は、甘い味がするような気がしたので、少し笑って、春の中を駆け出した。
 明日。彼は、士官学校を卒業する。



 講堂の正面からは真っ直ぐに並木道が伸びており、満開の桜がその直線を彩っていた。何事にも凝り性のマジックが、日本から桜を移植してこの道を作ったのだという。
 明日の卒業式に向けて、周辺は封鎖され、幾人かの兵士が警戒態勢を布いている。外部からの来賓がある式典の前日は、こうなるのが常だった。
 学年首席として、卒業生答辞の予行演習を終えたシンタローは、講堂を出ると、桜並木をちらりと見て。反対方向へと踵を返し、裏手の丘へと向かった。
 桜は、講堂裏から各種会館や訓練場を抜けた、小高い丘にも植えられている。同級生たちと、卒業祝いを兼ねて花見をする約束をしていたのだ。
 浮き立つ心を抑えながら、シンタローは駆けて行く。
 彼は、桜が好きだった。
 幼い頃住んだ日本の家に、桜があったからだろうか、見ていると何だか懐かしい気持ちになるのに加えて。
 日常に華やかな色が増えるというのは、それだけで楽しいことだった。
 空間の色が、変わること。
 シンタローは、美的感覚以前に、そんな自然の移り変わりそのものを愛することのできる人間だった。



「って、お前ら……何してんだ」
 てっきり先に宴会を始めていると思った同級生たちが、丘の裾野の草原で、膝を抱えて座り込んでいる。
 その目が自分を見、助けを求めるように縋り付いてきた。
「シ、シンタロさ〜んっ! たたたたた大変なんだべッ!!」
「おおっ、よーやく来たかァ、シンタロー!」
「トットリがぁっ! トットリが、大変なんだべ――――ッッ!!!」
 随分慌てた様子だ。
 トットリが、とミヤギが言うように、仔犬のような目をした同級生は、辺りを見回してもいなかった。さやさやと風が緑の草木を揺らすだけ。
 一体どうしたのだろうか。



 落ち着かせて話を聞いてみれば、花見のためにトットリが席取りをしていたのだが、後からやって来た集団に場所を横取りされたのだという。
 そしてトットリはその連中に捕まったままだとか。
「オイオイ、大変じゃねーか!」
「んだ! オラたちも、トットリを取り返しに行ったんだども……」
「なんせ、相手はやたら腕っ節の強いオッサンたちでのう。なんせこっちは二人……ワシもダウン起き上がりを披露するんで、精一杯じゃったけん」
「いや、二人って」
 シンタローは、ミヤギとコージの背後に座り込んで、黙々と草を引っ張っては抜いている人間に目をやった。
 思わず小声になる。
「……アラシヤマは? あいつ暗いけど、こーいう時は少しは役に立つんじゃねーの?」
「それがダメなんだべ! ゼッタイに、ここを動こうとしないんだべ! なんちゅー冷たいヤツだァ!」
「もうちっと、頼りがいのあるヤツじゃと思っとったがのォ」
 そんな二人の苦情をどこ吹く風に、アラシヤマは何やら一人ぶつぶつと呟いている。
「フ……フフ……桜と言えば京都なんどすえ……嵐山、平安神宮、二条城……円山公園の枝垂れ桜は樹齢三百年で、ここの移植してきた桜なんぞとは年季が違いますわ……」



「まったく、アラシヤマはこのとーりだべ。それにシンタローさん、さっきから、悲鳴みたいなのが聞こえて来てよぉ……オラ、心配で、心配で!」
 そのミヤギの様子にシンタローは、やっぱりこいつらはベストフレンドなんだなぁと感心してしまう。
 報われてんじゃん、忍者少年。
 そして言われてみれば、丘の上から風に乗って、何やら金切り声が聞こえてくる。悲鳴のような叫びのような。
 シンタローは、ぞくりと背筋に冷たいものを感じた。何か良くないことが起こっているのか。
 嫌な予感がする。
 ……トットリ……!
「……行かん方がええどすえ……」
 思わず足を踏み出したシンタローに、突然、口を開くアラシヤマ。
「ああ?」
「行かん方がよろしゅおす。いくらあんさんかて、ただでは帰れまへんで……」
 その珍しく真剣な様子は気にかかったが、シンタローはそれを気にせず、丘へと向かう。
 見捨てては、おけなかった。



 しばらく行くと、丘の中腹に、ぽっかりと横穴が開いている。
 悲しげな声は、ここからしているようだが……。
「こんなトコに穴なんて、あったっけ」
 1m四方程もの大きな空洞からは、すうすうと風が吹きぬけてきていて。
 見るからに怪しい。
 怪しいったら怪しい。
 シンタローは、ごくりと喉を鳴らして覗き込む。
「……?」
 真っ暗でよく見えない。両手を穴の縁につき、もっとよく奥を窺おうと頭を差し入れたが。
 ずるっ。
「……ッ!」
 足が滑った。
 さわさわ足元の砂が蠢き、シンタローを穴へと飲み込もうとしている。まさかアリ地獄……!
 気付いた時は、もう遅かった。
「う、うわ――――ッッ!!!」
 そのままなす術なく、シンタローは深い闇の奥へと引き摺り込まれていった。



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 ズダンッ!
「ぐ……っ……あたた……」
 受身を取ることもできず、背中と腰をしたたかに打ったシンタローは、顔をしかめる。
「う……ここは?」
 目を恐々と開けてみると。
「……あれ? 学校じゃん……何で?」
 そこには、見慣れた士官学校校舎が聳え立っている。
 シンタローは自分が落ちてきた辺りを見上げたが、空があるばかりで、何もない。
 来た場所にも戻れずに。
 不審に感じて警戒心を強めながらも、シンタローは、校舎正面玄関へと向かった。



 玄関の側に、見慣れた人影が立っている。
 ぬぼーんと立っている巨大なそれ。その顔を認めて、シンタローは声をかける。
「おーい、コージじゃねーか。お前、何でこんなトコに。さっき穴の向こうにいたのに」
「しぃっ」
 コージは、人差し指を口に当てると、自分をたしなめるような表情をした。
「……?」
「しぃっ。静かにするけんのう、シンタロー……逃げてしまうわい……」
 そう小声で、言ってくるから。常とは違う様子に、シンタローは聞く。
「何が?」
「ほら。あれじゃ」
 あれじゃ、とコージは空を目で示すが、そこには何もない。春の風が舞っているだけだ。
「何にもねーゼ?」
「静かに。心の目で見るんじゃけんのう」
「だからナニを」
「妖精じゃ」



 ほら、あそこに、と。
 夢見るようなコージの潤んだ瞳を、シンタローはあんぐりと口を開けて眺めた。
 心なしかうっとりしたようなその眼差し。瞳孔が開いてるんじゃないかと思うぐらい、キラキラしているような乙女アイズ。
「妖精はのォ……人が近づくと逃げてしまうけん……そぉっと、そぉっと、愛でるんじゃ……」
「コージ……オマエ、ナンか悪いモンでも食った……?」
「あ、飛んでってしもう! 待ってくれぃ、待ってくれぃ……」
 そのまま、コージは大きな図体を忍び歩きさせて、校庭の方に見えぬ妖精を追いかけて言ってしまった。
 ひゅるりら〜と風が吹いた。
「……」
 取り残されたシンタローは、そのままそこで立ち尽くしていたが。
 やがて気を取り直して、学校の中へと入ることにした。



 人気のない正面玄関を抜け、廊下を歩くと、話し声が聞こえてくる。
 誰かが必死に懇願しているようだ。
 大人の男性同士だろうか。
 シンタローの、漏れ聞こえる声に対する第一印象は。
 うわ……なんか、でっかい大人のグンマみたいな人がいる……だった。
 廊下の角を曲がると、二人の男が何か言い争いをしていた。
 一人は自分も知っている校医の高松。
 これはいい。
 しかしもう一人は。
 見たことのない……ん?
 え、これ、いつか写真で見た、親父の弟の……



「もういいでしょう。私は行きますよ」
「ふぇ〜んっ! 高松っ! 高松ぅ!」
 高松は長髪を翻し、煩そうに答えている。
 それに言い募る、高松と同じくらい長身の男。
 端正な顔立ちをした……
「ルーザー様、しつこいですよ! 貴方、一人歩きされたらどうです」
「だってぇ、高松ぅ……僕は……僕は、君がいないとダメなんだよぅ……」
 そんな甘え声に、高松はピシャリと蓋をした。
 廊下の白壁を、忌々しげに叩く。
「くどい! そんな所が私は嫌いです。身の程を弁えなさい」
「ああ……そんな……ぁっ……」
 毅然として歩き去る高松の後姿と、崩れ落ちる金髪の美青年。
 身も世もないといった様子だ。
「うっうっ……高松……僕がそんなに嫌いなんだね……この僕が……一般人の君をこんなにも求めているというのに……」
 肩を震わせ、泣き続けているその男。
 シンタローは彼に恐る恐る近寄ってみる。
 すると、相手がびくっとし、顔を上げた。
 自分に気付いたようだ。
「あのー」
 思わず声をかけたが、相手はまるで化け物を見たように、目を見開いた。
 そして、大声で叫び出す。
「キャーっ! 知ってる匂いがしない――――っっ! これ、シンタローと同じ顔だけど知らない人――――っっ!! こわいぃ――――ッッ!!!」
「え、あのー、俺、別に怪しいモンじゃ」
「助けてェェ――――っ! 犯される――――ッッ! サービスぅ! マジック兄さま、助けてェェェ――――ッッッ!!!」
「は? お、おか……犯ッ!」
 ルーザーと呼ばれた人は、泣きじゃくりながら、よたよたと自分から逃げ出していく。
 乱れた足音。
 シンタローの伸ばした手は、むなしく空を切った。



「な、なんだ、ありゃ……」
 白衣の背中が消えると、シンタローは再びしばらく立ち尽くした。
 首を傾げる。
 何だか、この学校はおかしい。
 いつもとは勝手が違う。
 何かが変。何かが奇妙。
 するとそこに、猫が通りがかった。
 近くに猫の住処があったから、入ってきてしまうのだ。
「チチチチ……」
 シンタローは、いつものように、猫に向かってしゃがんで手を伸ばしたのだが。
「ワン! ワンワンワン、ワオオオオン!」
 壮絶に吠えられてしまった。
 って。
 猫が。
 ワンって。
「……」
 不審に感じた時は、自分の拠点に戻って考え直すのが定石だったから。
 気を取り直すと、とりあえずは自分の教室に戻ろうと考えた。
 シンタローは、首をひねりながらも、ルーザーの去った方向とは逆の向きに歩き出した。



 見慣れた教室の扉は閉まり、静まり返っていた。
 しかし、声が聞こえる。
 誰かが演説しているようで、生徒たちはそれに聞き入っているようだ。
 何だ? 授業中ってワケでもなさそーだし……
 入るのが躊躇われたので。
 シンタローはこっそりと窓を開け、そこから中を覗き見る。
「よって! わてらは! ここにトットリ(第二号)はんを、仲間として受け入れるのが友愛精神の発露とも言うべきものどして!」
 シンタローの目に飛び込んでくる異様な光景。
 教壇に立って、熱弁を奮っていたのは。
 アラシヤマ。
「例えどこから来たのかわからんお人であっても、どないな人間も、わてらは尊重するべきなんどす! 他者を愛し敬う心こそ、我々人類を繋ぐ絆どす! 讃えますんや! そして愛し合いますんや! わてらの明日に向かって! 堂々と胸を張り! 共に手を繋いで歩いていくんどす……」
「そうだ!」
「その通り!」
「流石、生徒会長アラシヤマさん!」
 感極まったような声が聴衆から飛ぶ。涙ぐんでいる同級生もいるようだ。
 異様に明るいオーラを放っているアラシヤマの目も、うっすらと赤くなっている。
「わかってくれはりましたか、皆はん! おおきに! おおきに!」
 ざあっと割れんばかりの拍手が起こる。
 生徒たちは立ち上がり、アラシヤマの演説にスタンディング・オベーションを送った。
 喝采だ。
 そんな彼らを両腕を高く上げて抑えると、アラシヤマは脇にちょこんと立っているトットリに向かって、爽やかに微笑んだ。
「よろしゅおす。トットリ(第二号)はん、今日からあんさんも、わてらの友達どすえ! 末長ごう、よろしくしておくれやす」
「わーい ありがとだっちゃ ここのアラシヤマはいいアラシヤマだっちゃね〜」
 余りのことに呆然としていたシンタローは、ようやくトットリを見た。
 でも、トットリが。
 二人。



「フハハハハハァァ! じゃあ今日から僕がぁ、トットリ(第一号)ということだっちゃかァァァ!」
「そういうことだっちゃ! よろしくだっちゃ!」
「一号はんも二号はんも、早速仲良うなってくれはって、生徒会長としては嬉しゅおす」
 そこにいたのは、いつものトットリと、学ランをなびかせ、数世代前の番長風の、葉っぱを加えたトットリ。
 同じ顔をした二人。
 その時、一際大きい拍手が、教室の最後方からした。
「ブラヴォー! 素晴らしいべ、アラシヤマ!」
 そして白い長ランを来た賢そうな少年が、さあっとモーゼの十戒のように引いた人波の間を、凛々しく歩いてくる。
 しかし背には筆を背負って。筆を背負って……!
 ミヤギ! これがミヤギ!
「アラシヤマ、オメの雄大かつ流れるような朗々たる言の葉、オラの心に熱く染み渡ったど……生徒会副会長として、オラはオメの存在を誇りに思うべ」
「ミヤギはん!」
 バチッ!
 アラシヤマとミヤギは、熱くハイタッチを交わす。
 この二人は固い友情で結ばれているらしいと、シンタローは呆然と思った。
 しかし次の瞬間、ミヤギはすらりと背中の筆を引き抜くと、それを目にも留まらぬ速さで、後ろ向きに投げた。



「……ッ!」
 筆は、のけぞったシンタローの、頬すれすれを掠め、背後の壁に突き刺さった。
 なんたるスピード。パワー。
 危ない所だった。
 教室の扉が、内からガラリと開く。
 ミヤギが悠然と倒れ込んでいるシンタローの側まで歩み寄ってくる。
「すまないべ。外から覗き見る視線を感じたモンだから……シンタローさんだったんだべかぁ。なじょしてンなトゴから覗いてるんだべ? 早く教室さ入れば、こんな手荒なこと、オラ、しなかったべよ」
 そして紳士的に手を差し出し、自分を助け起こす。
 その仕草が異様にスマートすぎて。
 目を白黒させているシンタローに向かって、不敵に笑って言う。
「フ……すかし……シンタローさんも、クールガイなオラの筆を避けるとは。なかなかやるもんだべ……あなどれねぇなァ……」
 なんだなんだと物見高い人込みを掻き分けて、教室からアラシヤマが出てくる。
 相変わらずの爽やかな笑顔だ。
「シンタローはん、ささ、遠慮せずに教室にお入りやす。シンタローはんは内気でいらはるさかい、入りにくかったんやろ。お父様の御容態はいかがおしたか」
「はぁぁ?」



 ささ、ささ、と。
 アラシヤマの勧める通り、とりあえずは教室に入ったシンタローではあるが。
 教室内を改めて見直すに。
 明らかな異変が起こっていることを、認めざるを得なかった。
 同級生たちの顔つきが、全く逆なのである。
 知的なヤツは、どこか抜けた顔に。どこか抜けてるヤツは、知的な顔に。
 明るいヤツは、暗い顔に。暗いヤツは……。
「さあ! 皆はん! シンタローはんも交えて、新たにトットリ(第二号)はんとの友情を誓いまひょ! 拍手どす! 拍手で迎えるんどす!」
 アラシヤマの呼びかけに、再びわっと沸き起こる拍手。
 その輪の中心にいる『トットリ(第二号)』――つまり普通のトットリ――にシンタローは、声をかけた。
「おい……」
「あれ? シンタローさんは、同じシンタローさんだっちゃねぇ。不思議だっちゃ!」
 無邪気に答えてくる忍者くんに、シンタローは言葉を重ねる。
「俺は元々一人だ! つーか、何だ、この世界! まるで人間の性格が逆じゃねーかよ! どーなってんだ!」
「……? このシンタローさんは、元のシンタローさんなんだっちゃか?」
「だから穴通ってきたんだよ! お前が花見の席取りで、ナンか酷い目に合ってるっていうから! とにかくどーなってんだコレ! とりあえず、このアラシヤマとミヤギ、こえーよ!」
「ぐおおおおおお――――――ッッッ!!! 何が何がナンだっちゃかァ――――――ッッッ!!!」
 しかしそれを聞いて騒ぎ出したのは、番長風トットリ、つまりトットリ(第一号)だった。
「逆ってナンだっちゃか――――! 僕、僕、二人いて、ホントは、スッゴイ混乱してるっちゃよォォ――――!!! ワケわかんないコト言われると、ぼかぁ、ぼかぁ、混乱してェ――――!!!」



 ガツン。
 再び目にも留まらぬ速さで、巨大筆が踊った。あっさり豪快に気絶するトットリ第一号。
 その側で、ミヤギが瀟洒に笑って言う。
「確かにオラたちはぁ、突然現れた二人目のトットリを、仲間に加えることには賛成しだが……その理由はまぁだわからねーべ。どーやら察する所、シンタローさんとトットリ第一号は、事態を知っているとオラは見た。順を追って説明してくれると嬉しいべ」
 うわあ。このミヤギ、めっちゃ賢そう。
 シンタローは一瞬、躊躇したが、思い切って口を開いた。
「えーと、俺は、丘に開いてた穴を滑り落ちたら、この学校があって……」
 あっさりとミヤギ。
「ああ、パラレルワールドという訳だべか」
「早ッ! 理解早ッ!」
「わぁ、こっちのミヤギくんは、天才だっちゃ〜 こんなミヤギくんも素敵だわいや! ぼかぁ、突然でよぉ覚えてないけど、ナンだかオカマっぽい人に引き摺り込まれた感じがするっちゃ……」
「つまりオメたちは、穴から異世界に入り込んじまったってコトだべ。時間軸が狂ってしまったっつうコトだァ。アラシヤマ、聞くべ。かくかくしかじか……」
「ほぉ。そゆことでっか。そしたら是非とも元の世界に二人が戻れるよう、協力しなきゃあいけまへんな」
「オイオイ。こっちの世界、超ラクすぎて涙出そう。むしろこっちの世界の方が、俺、暮らしやすいかも」
 思わず嘆息したシンタローに、トットリも答える。
「僕もこっちの世界、好きだっちゃ。だってミヤギくんが、とっても優しいんだわいや……」



 『天才博士グンマさんに相談してみたらどうやろか』
 というのが、クラスで同級生たちが討論した結果、出た答えだった。
 天才博士、ねぇ……。
 もうしばらく優しいミヤギの側にいたいというトットリを置いて、シンタローは、グンマを探しに教室を出た。
 ちょうどお昼時。
 グンマはいつもこの時間には、中庭のベンチで昼食を取っているらしい。
 春の優しい陽光が立ちこめる中、果たして、従兄弟はその場所にいた。
 白衣を着て、サンドイッチを口にしている。
 外見からは、全く見慣れた従兄弟であるとしか窺えなくて、シンタローは少し安堵した。
 良かった。ヤンキーのグンマとかだったら、俺、イヤだもんな。
 グンマは近づく自分に気付くと、嬉しそうに手を振ってきた。
「シンちゃーん!」
 何だ、グンマは変わってないじゃん。
 シンタローは手を振り返したが、やけに見慣れない人間が、グンマの隣に座っていることに気付く。
 同年輩の。
 ……?
 誰だろう。



「ていうか。グンマ。そいつ、誰」
 声が届く距離で、シンタローは聞いてみる。グンマは一瞬、不思議そうな顔をした後、くすっと笑った。
「やだなあ、シンちゃん。忘れちゃったの? 従兄弟のキンちゃんだよ! 僕が面倒見てる!」
「へ?」
 シンタローは戸惑った。こんなヤツ、従兄弟にいたっけかと首をひねる。
 そう言えば、さっき目撃した、ルーザーって人に瓜二つ。
 『キンちゃん』と呼ばれた同年輩は、やたら真面目な顔をしていた。そしてクッキーを手に持って、それを次々に口に放り込んでいる。サンドイッチよりも甘いものが好きなようだ。そして手をぶんぶんと振った。
 シンタローに向かって、何か主張してくる。
「むー。ボク、キンタロー。ボク、かしこいの」
「ふふふ。キンちゃん……お菓子ボロボロこぼさない!」
 ニヤリと笑ったグンマの笑みが、やけに黒く見える。
「むー。グンマ。ボク、こぼさない」
「そうだよ。こぼしたら、お仕置きだよ……? ちゃあんとわかってるでしょう?」
「うー! うー! おしおき、イヤ! おしおきイヤなの、グンマ! キンタロー、いい子! いい子!」
「そうだよね。キンちゃんは、いい子だよね……」
 うわ。
 ナニ、この怖い関係。
 精神的幼児にもそうだがこの関係に、シンタローの心は、1万メートルばかり引いた。



「ん? どうしたの、キンちゃん。クッキー、もっと欲しい? 欲しいなら欲しいって言ってごらん」
「むー! グンマ! キンタロー、欲しい! もっと欲しい!」
「そう。それじゃあ、あげようか。ほぅら、取っておいで〜」
「うー! キンタロー、取る! クッキー、取る!」
 ダダダダー! と、まるで犬のようにキンタローが、グンマが異常な腕力で遠くに投げたクッキーを取りに、走り去ってしまった後。
 ……あの投げたクッキー、空の向こうでキラリと光ったぞ……。
 思考を放棄したシンタローは、グンマに事情を説明することにした。
「あのさ、グンマ。実は俺、丘に開いてた穴を滑り」
「ああ、パラレルワールドね。何だかシンちゃんいつもと違うと思ったら、そういうことだったのか」
「早ッ! ミヤギより早ッ!」
「それぐらい訳ないよ。で、シンちゃんは、元の世界に戻りたいと……ああ、キンちゃん、早かったね。ちゃんと取れた?」
 振る尻尾が見える勢いで、クッキーを咥えて戻ってきたキンタローという男。
 こくこくと頷いている。
「それじゃあね、キンちゃん。三回回って、ワンって言ってごらん。言えたらそのクッキー、食べてもいいよ。食べさせてあげる」
「キンタロー、回る! グンマ、見て! ちゃんと見て!」
「わかってるよ、ちゃあんと見ててあげるよ? ほら、数えてもあげる。いっかーい、にかーい、」
「あ、あのさ、グンマ……取り込み中悪いんだけど……俺さ、急に早く元の世界に戻りたくなったっつーか……何か、見てらんないっつーか……俺の身も怖くなってきたっつーか……」
「ワン! できた! できた、グンマ!」
「はい、お利口さんだね、キンちゃんは。お口を開けてごらんよ。はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
「……どうでもいいけどグンマ、お前、何で妙にあのアホ親父に似てンの……?」



『秘石じゃないかな。時間軸を操作できるとしたら、秘石しかないよ』
『秘石? あの、親父ンとこにある、あの青い石?』
 グンマの進言により、シンタローは理事長室に向かっている。
 中庭から校舎に入る時、側の花壇で、不吉な後姿を見かけたが、気付かない振りをする。
 俺は気付いてない。気付いてないぞ。
 獅子舞ヘアーのオッサンが、なんか花をうっとり見つめてたのなんて、見てないったら、見てない!



「ふぅ〜」
 理事長室の扉を前にし、シンタローは深呼吸を繰り返した。
 もう何が起きても驚かない心積もりはしていたが。
 やはり心の準備が必要なのだ。
 拳を握り締めると、甲でノックを軽くした。
 間を置いて。
「入りなさい」
 マジックの声がする。
 シンタローは、意を決して、扉を開けた。



 理事長室の中央には、大きな天蓋付きのベッドが陣取っていた。
 元の世界と明らかに違う。
 シンタローは、先刻アラシヤマが『お父様の御容態』と口にしたことを思い出す。
 まさか……この世界のマジックは。
 病気……なのか……?
 入室してすぐ、そのベッドに寝ている人物と、目が合った。
 マジック。
「……君は……? シンタローでは……な……ああっ!」
 そこまで言って、マジックは、激しく咳き込んだ。
「お、おい! 大丈夫かよ! アンタ、どっか悪いのかよ! なぁ!」
 思わず駆け寄るシンタロー。
 ガッシャアアァァン!
 すると部屋の隅で、装飾品の陶磁器が割れた音が聞こえた。
 見ると、先刻玄関側で出会ったルーザーが、蒼白な顔でこちらを見ている。
 シンタローは立ち止まった。
 互いに牽制し合い、凍りついた時が流れた後、わっと、泣き声を上げて青年はベッドに走りより、苦しそうなマジックに抱きついた。



「兄さま! 兄さま! しっかりしてぇ〜! 僕を置いて死なないでぇ! でないと僕の貞操が、このケダモノにっ」
「あ、あの、俺、無害だし……」
「兄さまぁ! 兄さまぁあぁぁあ!!! 目を開けてェー! 僕を見てェェ――!!!」
「あ、あのさ、ルーザーって人、そんなに揺すっちゃ、逆効果なんじゃ……?」
「兄さまぁ――――ッッッ!!!」
 やっとのことで狂乱するルーザーを落ち着かせると。
 シンタローは、気を失っているマジックの唇に、側にあった気付けのブランデーを含ませた。
 閉じた目蓋が開く。
 良かった。
 シンタローと目が合うと、相手は力なく微笑んで言った。
「フ……失礼……我が息子シンタローと同じ顔をした人よ……君の花のような美貌に私はいささか酩酊気味だ……呼吸困難だよ、酸素マスク……マスクを……」
 ルーザーが用意良く、ボンベを手にしている。
「兄さまは身体がお弱いから……では共に。スーハースーハー」
「スーハースーハー」
 ぞぞっ。シンタローの身の毛がよだつ音。
 ヤバッ! こいつら、激コワッ!
 この兄弟ヤバッ!



 しかし、シンタローは、もっと悪い予感を肌身に感じていた。
 もっと。今そこにある危機。
 バタバタと足音。その予感の元凶が、扉を開ける音がした。
「父さん! 知ってる? 今、グンマに聞いたんだけどさ、俺にそっくりな侵入者が、秘石を狙って……ああっ!」
 声がして。
 たたたたた、と駆けてきて、黒髪黒目のその人間は、自分とマジックの間に立ち塞がり、両手を大きく広げる。
 通せんぼの形。
 そして一言。
「父さんをいじめるな!」



 ぶわっ。
 今日一番の嫌な汗がシンタローの背筋を伝い降りた。
 目の前に自分の顔、制服もそっくりそのまま同じ姿。
 同じシンタローの声が、室内に響き渡る。
「父さんは繊細なんだ! お前みたいなニセモノを見たら、ショックを受けるじゃないか! あっちへ行け、ニセモノ!」
「ていうか、俺! あああ、俺! 今の、めっちゃダメージ! すげぇダメージ!」
「父さんはか弱い小さな生き物なんだ! ストレスを感じると、すぐ具合が悪くなるんだ! でも世界中の人から愛されて尊敬されてる素晴らしい人間なんだ! だから俺が守らなきゃ! 守ってあげたい! あなたを苦しめる全てのことから!」
「ぐわぁ〜 やめて! 俺、やめてッッ! 古ッ! ユーミンて、お前まだ15歳ッ!」
 床に倒れ伏すが、肌のぞわぞわは直らない。
 苦しみ悶えるシンタローを見て、マジックが言う。
「よくわからないけれど、その子は苦しんでいるようだから。やめておやり、シンタロー」
「うん、父さん」
 素直に異世界のシンタローは頷くと、マジックの横たわっているベッド際に駆け寄った。



「父さん……具合はどう」
 マジックは、ふふ、と笑っている。
「ああ、大分いいようだ。これもお前の看護のお陰だよ。ありがとう」
「そんな。俺は当り前のことをしているだけだよ。早く元気になってくれよな。だって俺は、父さんが……」
 そっと頬を赤らめる、異世界のシンタロー。優しく尋ねるマジック。
「ん? どうしたんだい、言ってごらん」
 シンタローは床でのた打ち回った。
 必死にこの世界のシンタローを止めようとする。
「グワぁ〜! やめて! 嫌な予感炸裂! 絶対ヤメテ!」
「父さんが、だいす」
「ギャァー! 死ぬ〜!」
「なんだい、侵入者クンの声で聞こえないよ、シンタロー、もう一度言って」
「俺は、父さんが、だい」
「お前、この世界の俺ッッ!!! 殺す気かぁっ! やめて! もうサクっとやめて!」
「俺は父さんが大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」
「ウギャァアァアァアァアアアアアアアッッツッッツッッッ! 一気に来たァァッ!」
「あーうるさいっ!」
 その声と同時に、パコーン! と。
 苦悶している最中に、後頭部を花瓶が直撃し、意識が本格的に飛びそうになるシンタローである。
 すんでの所で意識を引きとめ、彼は床の上から花瓶の飛んできた方角を見やる。



「君たち、騒々しいね……フッ……お困りのようだ、兄さん」
 背後の音もなく開いた扉から、現れた人間。
 その美貌。ニヒルな口元。挑戦的で余裕たっぷりの独身貴族。
 シンタローは、苦しみの中で、思わずガッツポーズをした。
 こ、これはッ!
 これはザッツ☆アニメの叔父様ッッ!
 きっと機械の修理から家事掃除すべてが万能、無敵のサービス・マン!
 ちょっと髪が紫なのは、気にしないぜ紫電改!



 サービスは、周囲の顔を見回し、不敵に笑う。
「二人のシンタロー。よし、話は簡単だ。男は拳で語り合え」
「ああっ、話聞いてるのか聞いてないのか、よくわからないまま強引に持ってく所も素敵です、美貌の叔父様ッ!」
「表に出よう。そこで戦闘開始だ。勝った方の話を俺が聞こうじゃないか」
「叔父様が話を聞いても解決しないだろうに、自信満々な所も無敵ですっ!」
 そんなこんなで、シンタローは校庭でもう一人のシンタローと戦うことになってしまった。
 どうしてだろう。
 俺はただ、秘石のことを聞きに理事長室に来ただけなのに。
 秘石のことが。
 それなのに。
「何……二人のシンタローが戦う……? ああっ……」
「父さん!」
「兄さまっ! 兄さまぁっ!」
「はは、マジック兄さんはストレスに弱いなぁ! いちいちこんなことで倒れてちゃ、身が持たない!」
「……」
 再び気を失ったマジックを残して、一同は外に出た。



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 人々が校庭に詰め掛けていた。
「どうしたんだべ?」
「何でも二人のシンタローはんが、どっちが本物か男の決着をつけるらしいどすわ。わても生徒会長として、一部始終を把握しとかな……」
「わぁ、ケンカだっちゃか? 怪我せんように頑張るっちゃ!」
「おほぅ、ケンカだっちゃかァァ――――!!!! 血が騒ぐっちゃァァ!」
「ふぇ〜んっ! 高松ぅ! 怖いよっ! 血が出ちゃったら怖いよっ!」
「煩いですね、ルーザー様。離れて下さいと言っているでしょう」
「キンタロー、ケンカ、初めて。ケンカ、見る。どきどきする。わくわくする」
「フフ。そうだよねえ。キンちゃんは、僕とは喧嘩なんてしたことないもんねぇ……」
「妖精よ……ぬしは、どっちが勝つと思うかのォ……」



 向き合った二人のシンタローと、その間に立つ審判役のサービス。
 風が吹いて、さあっと砂を薄く巻き上げる。
 てか、俺、ナンでこんなコトになっちゃったんだろ。
 もうよくわからなくなってしまっているシンタローは、ほうと溜息をつく。
 自問しながら、目の前の同じ顔の相手を見つめると、相手もキッと睨み返して来た。
 なーんか……同じ顔の相手がいるって、変な感じ。
 鏡……でもないし。相手は俺とまるで性格違うしなァ……戦うのも、変な感じ。
 その時。
「待ちなさい。二人のシンタロー!」
 それは、倒れたはずのマジックの声だった。
 いつの間にか、群集の背後にいる。手に秘石を持っている。
「父さん! 一人で歩いちゃダメだと、あれほど」
 異世界のシンタローを、マジックは手で制する。
 そして静かにこちらに歩み寄ると、秘石をシンタローに向かって差し出してきた。
「争い事はやめなさい。それは何も生み出さない……人が傷つくぐらいなら、この秘石は君にあげよう。持って行きなさい」
「うわ、びっくり仰天ないい人だなアンタ。ほんとに真逆だ」
 しかし、それを遮るサービス。
「駄目ですよ、兄さん。この二人の男は、もう戻れない所にまで到達してしまっている……! 今さら二人の戦いを止めることなど、できません!」
「いや、おじさん。別に俺たちは戦いたいってワケじゃ。ってゆーか、おじさんがさっきから強引に」
「さあ、戦いを始めよう! 震えるぜビート! 燃え尽きるほどヒート! オラオラオラオラァ! 貧弱! 貧弱ゥ!」
「おじさんっ、おじさんっっ! なんか混じってるゥー!」
「ああ……神よ……この無益な戦いを止めることはできないのか……世界平和の使者として生き続けて来たこの私マジックが、息子の戦いを止めることができないとはッッ……! 未熟だ……余りにも人間として未熟だ、私はっ!」
「わー、こっちのアンタって、マジで善人なんだな……元の逆って考えると、ナンか複雑」
 その時。



「アニキの言う通りよォ――――ッッ!!!」
 校庭の花壇の側から、野太い声が聞こえた。
 シンタローは目を瞑った。
 ガッデム。また話がややこしいことに……!
 獅子舞な彼が、内股でハーレムが、もう一人の叔父が! 走り寄って来る!
「アタシのために、二人が戦うのは、やめてェェ――――――ッッッ!」
「はッ!!!!」
 ちゅどーん!
 サービスの手から青い光が放たれて、花壇が丸ごと吹っ飛んだ。
 シンタローは目を見張る。
「すす……す、すっげェ〜! おじさん、今のなんて技!?」
「眼魔砲。話がややこしくなりそうな時に、使うんだよ」
「う……うう……愛が痛い……照れ屋……さん……なんだか……らァ……」
 ハーレムはそれでも二人のシンタローの側にやってくる。足がよろけている。
「アタシのためにケンカはやめてェ! シンタローさぁん! アタシなら全てがオールオッケー共有オッケー! 煮てよし! 焼いてよし! でも、タタキはイヤぁ〜!」
 シンタローは、泣きそうになった。
 だって涙が出ちゃう。男の子だもん。



「聞いてッ! 花占いではねっ! 争っちゃダメって、出たのよォ! だから争っちゃ、お花が泣いちゃうわァ! 可哀想でしょォ!」
「いや、ハーレムおじさん、花びら、ちぎる方が、花にとっては可哀想だから。ていうか、ハーレムおじさんって呼ぶのもイヤだなぁ……あーあ、俺、おじさんのコト、お年玉もくれない飲んだくれのオッサンだと思ってたけど、何か今、すげーショック受けてるから、ちょっとはおじさんのコト、尊敬してたのかも……」
「とにかく、ケンカはダァメ!」
 と。
 不意にサービスが。
「……やれやれだぜ」
 踵を返すと、二人のシンタローに背を向けて、門の方へと歩き出してしまう。
 熱烈に自分たちを戦わせたがっていたサービスの熱が、ふうっと消えたのを感じて、戸惑う二人。
「? ど、どうしたの、おじさん……」
 呆気に取られたシンタローは、慌てて追いすがった。



「いや……ね。花占い……か……」
 サービスは、遠い空を見ている。
「昔を……思い出したのさ。ちょっとばかり昔をね」
「?」
 シンタローはよくわからないままも、『ていうか、今、戦いは』と聞いた。
「戦い? ああ、やめとこう。戦いたいお前の気持ちはわかるが、やめた方がいい」
「ええええええ! おじさん豹変しすぎ! 何で急に!」
 驚くシンタローを他所に、サービスは、煙草に火をつけ、それを咥えた。
 ふうっと白い煙を空に向かって吐き出す。
「聞こえたのさ……」
「はぁ?」
「フ……聞こえたのさ、アイツの声が……」
 シンタローが叔父の見上げる空を見ると、そこには、巨大な人の顔が浮き上がっていた。
「うわ……俺の顔が、どうして空に……」
「お前によく似た男の顔さ……名をジャン、と言う。フッ……昔のことさ……」



 どうやら戦わなくて良くなったらしい。
「……」
 複雑な思いでシンタローが、もう一人のシンタローの側に戻ると。
 そこでは、秘石を使った隠し芸大会が繰り広げられていた。
 ちゃらららら〜と怪しげな音楽が鳴り、どぎつい色のスポットライトが当たり、やんややんやの喝采が沸き起こっている。
 その中心にいるのは、斜めに構えて横たわり、わざと衣服をはだけさせたハーレム。
 手には青い石を持っている。
「男、ハーレム……脱ぎます!」
 ウオオオオオン! と盛り上がる人々。
 シンタローの目の前で、あれよあれよという内にショーは進行していく。
 ハーレムはモロ肌脱ぎの身体に、秘石をコロコロと転がし、器用にパンツに入れると、ウインクして言った。
「さぁーて。アタシのカラダに、玉はイ・ク・ツ?」
 だっはー!
 よろける足でシンタローは、背後の特等席で、『はっはっは』と笑ってショーを見ているマジックの所に滑り込む。
 こいつ、ストレスに弱かったはずでは……。
「ア、アンタ! いくら秘石に執着がないからって! あんな使わせ方! 家宝! 家宝なんだろ、アレ!」
「え? いやいや、あれで人が笑ってくれれば、家宝なんてどうでもいい。人の幸せの方が大事だよ」
「嫌な幸せ優先させるな――――! 売れ! あんな使い方許すくらいなら、金に換えろ――――!!!」
「異世界のシンタローとやら。お金なんてそんなことに拘ってはいけないよ。それで愛は買えるのかい? 幸せとは、欲とはかけ離れた所に存在するものだろう……? 笑顔はね、愛から生まれるんだよ! 決して金銭では買えないものだ!」



 使用済みで校庭の砂場に転がされた秘石。
 それを嬉しげに、はっしと掴んだ者がいる。
 砂場で無邪気に遊んでいたキンタローである。
「ふふふ。キンちゃん、誰も避けて拾わなかったのに、さすが、ピュアに平気で拾ったね」
「キンタロー、丸いの、好き。ぴかって光る! 見て、見て、グンマ! キンタロー、拾った!」
 嬉しげに石を見せようとするキンタローに、グンマは顔をしかめた。
「ダメだよ。それ持って半径3メートル以内に近付かないで。僕、下着はハーレムおじさんと別々に洗ってるんだから!」
「グ、グンマ……」
 近付くなと言われたキンタローの目に、みるみる涙が盛り上がった。
「うう……キンタロー、グンマ、好きなのに、近付くなって言われた……うう……3メートルって言われた……」
 ぽつりと。
 涙が一粒零れ落ち、キンタローの手の中の秘石に、弾けた。
 その瞬間――砂場を、青い光が包んだ。



「!!」
 マジックと不毛な平和論争を繰り広げていたシンタローは、その様子に、ハッと息を飲んだ。
 秘石から湧き出す青のオーラ。
 そしてそれは、いつしか人の形となって現れる。
 人の形となって。
 ……美麗系……金髪碧眼……青い瞳……。
「うっ、うおおおおおッッ!!! すっげぇ、俺好みの美少年!!!」
「あっ、待ちなさい、異世界のシンタロー! 人はそんな欲に流されてはいけないんだよ! もっと自制心を身につけなさい!」
 そんな忠告は耳にも入らず、シンタローは砂場へと突撃した。
「うー! これ! これ、キンタローの! キンタローが拾ったの!」
「ちょっとぐらい貸せよ! いーじゃんかよ!」
 大人気ないシンタローは、キンタローの持つ秘石を手に取ろうとする。
 しかし美少年の声が、それをたしなめた。
「ケンカはやめよーよォ……」
「ハイ
 シンタローは、ぴょこんと砂場に正座した。
 隣のキンタローの恨めしげな視線も気にならない。
「ボクはコタローっていうんだよ。青い玉の精。外に出してくれてありがとう。もう何百年も閉じ込められたままだったから、すっごく嬉しいよ!」
「キミ、コタローくんっていうんだ。そーかぁ、可愛い名前だよねー! 俺もキミの嬉しそうな顔が見られて嬉しいよ!」
 しかしコタローは、キンタローの方を見て言った。
「ありがとう。ピュアなハートの持ち主が零した涙で、ボクは外に出られるんだ。キンタローのお陰だよっ!」
「うー。キンタローのおかげ」
「チッ……上手いことしやがって……」
 不平満々のシンタローである。
 青い玉の精は、優しく言う。
「お礼に、一つ願い事を叶えてあげるよ! 言ってみてね!」



「え、コタローくん、ホント? んじゃ俺、元の世界に帰りたいな! ねぇねぇ、良かったらコタローくんも俺と一緒に来ない? お茶でも飲もうぜ!」
「ボクはキンタローに言ってるんだよっ!」
「チッ……この偶然たまたまラッキーボーイがっ……!」
「むー」
 しかしキンタローは考え込んだ後、こう言った。
「……う……キンタロー、パラレルワールドの謎、知りたい」
「!!!!」
 シンタローは驚きの目で隣を見た。
「グンマが、謎、知りたいって言ってたから」
「キンちゃん……」
 感動したグンマが、砂場に歩み寄ってくる。おずおずとキンタローは手を伸ばす。
「グンマ、もう近付いてもいい? キンタロー、近付いても怒らない?」
「その秘石を手放して、手を石鹸で洗って、煮沸消毒してからならね。ならいいよ」



 石の精は考え込んでいる。そして、しばらくして言った。
「それは難しい問題なんだよっ。多分、ボク一人の力じゃ無理だと思う……」
「え、そーなの、コタローくん! じゃ、じゃあ、俺、元の世界に帰れないの? え、え、でもコタローくんが側にいてくれるなら、俺……」
「他の石の力を借りればいいかもしれないなぁ」
「他の石?」
 コタローは、頷いた。
「ボクの他に、6つ石があるんだよっ。虹の秘石と言ってね! 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色の秘石が存在するんだ」
「虹の……秘石……」
 シンタローは初めて耳にする言葉に、深く考え込む。
 青の秘石は、7つの内の1個に過ぎなかったのだろうか。
 コタローは静かに言った。
「うん。そしてそれを全部集めると、虹の神竜が……」
「やっぱシェンロンかよ! 虹の七色とか勝手に設定作って、結局はドラゴンボールかよ!」



「とにかくわかった。俺はこれから他の6つの秘石を集める旅に出なきゃなんないってコトだな」
 先の長さに肩を落とすシンタローに、煙草を吸い終わったらしいサービスが近寄ってきた。
 ぽんと肩を叩いてくる。
「ところでシンタロー、この話のパラレルワールドの元ネタは、昔の奇面組らしい。今はガンガンでPAPUWAと同じ雑誌だな」
「ドコに書いたらいいか迷ったあげく、おじさんの会話文中に捻じ込むな」
「ごめんなさい、つい勢いでやってしまいました。特にキンちゃん。ハーレムも。二人共微妙にニュートラルないい子だから変えようがなくて。悪気はないんです。4月1日だから嘘ってことでいいよね」
 シンタローは全てを振り切るように、一歩足を踏み出す。
 そして、仲間たちの方を振り向いた。
 心配そうな、顔、顔、顔。
 見送る人々。
 彼は、人々を安心させるように笑ってやった。
「お前ら……何だかんだで世話になったな。サンキュ。俺、秘石を探す旅に出てくる」
 たった一人の自分と同世界に住んでいた人間、トットリ(第二号)が、もじもじしている。
「シンタローさん。突然の展開で、僕……何がなんだか……心の決心がつかないっちゃ……」
「いいさ、トットリ。お前はここに残れよ。俺がちゃんと秘石探してきてやるよ。なんたって、俺、ヒーローだしな!」
 グッと手を握ってやった。
「人生万事が、追いかけろドラゴンボールさ! 世界で一等イカしたドラマってな!」
 すると。



「待てよ!」
 声がした。
 自分の声。
 こちらの世界のシンタローだ。
「俺も、一緒に行くよ」
「え、何でお前まで? 別にいいよ、俺の問題だから。お前には関係ないよ」
「いや。だって、さ……」
 もう一人のシンタローは、内気な性格だと思っていたのに、まるで自分のようにニヤリと笑った。
 その黒い目。
「関係ないことないさ。だって。お前は、俺だろ? 一緒に行くよ。困った時はお互い様さ! それに父さんだって、行けと言ってくれてる」
 いつの間にか側にマジックが来ていた。
「ああ、いくら時間軸の違う異世界と言っても、君がここに迷い込んだように、何処かは繋がっている。この子の時間は、いつか君へと繋がっているし、逆もまたしかりだ。一人の時間は、もう一人のあなたへの時間へと。そういうことさ、腐れ縁だ。シンタローたち、行っておいで! そして二人共、強くなって戻っておいで! どちらも私の大事な息子たちだ!」
「な?」
 シンタローは、肩を竦めた。
「勝手にしやがれ。俺に付いてこれるもんならな!」
 そして前を向く。
 いってらっしゃーい、頑張れー、気をつけろーと、様々な激励の声が背後から聞こえる。
 その言葉を噛み締めて。
「よーし、行くぜ!」
 二人のシンタローは、駆け出した。
 夕陽がその姿を彩った。
 彼らは空に向かって、ぱあっと跳躍する。
 影が踊った。
 俺たちの冒険は、今、始まったばかりだ!




第二部・終(打ち切りエンド)



※エイプリルフールに長編の続きとして更新した、ダミーの「あなたへの時間」でした!
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