さよならの残り香

BACK:4-2:訓練試合 | 長めの話 | HOME | NEXT:5-2:さよならの残り香


 その日、戦没者慰霊式があった。
 大規模戦闘の後には必ず行われるそれは、最近その数が増えてきたような気がする。
 二年生に上がったシンタローたち士官学校生も喪章をつけて参列したが、どうしたことか今日は世界が揺れて見える。
 初めは強い太陽の日差しの中で、黒と白の景色に酔ったのだろうと思っていた。
 しかし献花が済み賛美歌が済み、総帥式辞が始まる頃には立っていることが辛くなってきた。
 広場に静かに響くマジックの声を聞いている内にシンタローの意識は遠くなりかけた。
 しかし、崩れ落ちそうになった瞬間、辛くも踏み止まる。
 危なかった。
 その後慰霊式に引き続き、前総帥の三十回忌を偲ぶ祈念式が行われたが、彼にとっては遠い世界の出来事だった。
 遺影。自分にとっては祖父にあたるという故人の業績が読み上げられる、淡々とした声音。
 壇上の、常とは違う黒い礼装軍服に身を包んだ大人たちの姿。
 自分に気を使ってなのか、この時ばかりは神妙そうな顔つきの同級生たち。厳粛な雰囲気と、響く賛美歌。
 その中を、シンタローは棒のような足に神経を集中させ、ただ立っていた。じっと身を固くして俯いている。
 ああ、まただ、と。彼は仕方なく思った。
 自分の身体が、透き通る。ぐちゃぐちゃになって、揺らめいて零れ落ちていく。
 とりとめのない想いと、そして静かに続く、あの声が耳の奥で混濁して。
 いつまでも、消えなかった。




さよならの残り香





 きついカーブを曲がった時に、側に積み上げられた木箱が崩れてきそうになったので、シンタローは慌ててそれを支えた。
 箱を固定させている紐の結びが甘いらしい。
 へっ。俺が乗ってて、ラッキーだったな。
 彼は箱を覆った布から顔を出すと、硬い紐を器用にフックにかけ直し、きつく結び目を作って荷を固定し直して。それから少し伸び上がって周囲を窺った。
 流れる朝の景色は澄んでいる。空気が頬に冷たい。
 ……彼は今、トラックの荷台の上にいる。
「チッ」
 舌打ちすると、シンタローは指に刺さってしまった木のささくれを抜いて、その傷跡を口に含んだ。鉄の味がする。
 数時間前に――
 彼は寝静まった寮から、こっそりと一人抜け出した。学校の裏手に回り、決まった時間に出入りする食物搬入業者の目を盗んで、そのトラックの荷台に体を滑り込ませた。あとは身を縮こまらせているだけで、脱出はやけに簡単だった。
 士官学校敷地内に入る時のチェックは厳重だが、出る時はそうでもないのを、彼は知っていたのだ。
 シンタローは、また木箱と布の隙間から黒い頭を覗かせて、背後に小さくなっていく軍本部の塔を見つめた。



 車が街道に出た所で、彼は早々に荷台から飛び降りる。綺麗に受身を取ると、道脇の茂みで体勢を整え、手に付いた泥を払う。上手く行ったと、思った。
 踵を返して、シンタローは道を歩き出そうとした。すると、背後から肩を乱暴に掴まれた。
 驚いて、彼はびくっと飛び退った。が、その手は離れない。
 シンタローが振り返ると、そこにいたのは、ニヤニヤした笑みを浮かべた長身の男。
 いつも酒と煙草の匂いがする男。その口から、楽しげな声がして、
「おーい、やっと捕まえたぞォ。のびのびになってた馬見に行く約束、今日にすっか! もう準備万端じゃないのヨ、お坊ちゃん」
 ハーレムが目の前に立っていた。



「へっへっへー。男はやっぱ、言ったコトは守らねーとナ!」
「……」
「今日は週末じゃねえから、ザンネンながら目ぼしいレースはやってねえのョ。だからその代わり、牧場見に行こーゼ!」
「……」
「仔馬とか、とにかく楽しーンだ! 心がスッとすらあ!」
「……おじさん、なんでそんなに馬が好きなの」
「あァ? そんなん知るかよ。好きだから好きなんだよ。理由なんてこの俺にあるわきゃねェ」
 強引に、無造作に空き地に止めてある小型飛空挺に乗せられて。これから自分が連れて行かれるらしい場所を聞いた時、シンタローの顔は曇る。
 一族が利用する避暑地近くの、アルプスの山間にある牧場だという。
「ソコに俺のお気に入りなカワイコちゃんがいんだよ」
 有無を言わせないその表情。飛空挺に乗っている間も、あれを食え、これを飲めとうるさい叔父。あーだこーだと、身振り手振りを交えながら、片時も黙ってはいない。
 機嫌が悪い振りをして、いや実際良くはなかったが、シンタローはプイと横を向く。そして耐圧ガラスの窓から、地上を眺めた。
 ……士官学校を抜け出してきた自分の行動については、何も言われないことを気にしながら。
 飛空挺は薄い雲の中を飛ぶ。街や山や森や川が、豆粒のようだ。



 降り立った緑の草原は、優しい風が吹いていた。青草の香りが立ち込める。足で踏みしめると、さくさくと音がする。
 この牧場のことは、ぼんやりと記憶していた。木々の隙間から見える山の尾根の向こうには、湖があって。湖畔には別荘と森がある。近くには、街。淡い陽光。
 シンタローは、牧場を見渡した。
 ぐるりとうねる柵の向こうには、馬たちがのんびりと草を食んでいて。栗毛の仔馬が、くりっとした黒瞳で二人を見て、それから母馬の方へと駆けて行った。
「競馬で走る馬っつーのは、血統が大事って言われンだけどナ……でも俺はよォ……そーいうのはあんまりよォ……でも一度惚れた馬は、ずっと追いかけるのが男ってモンでよォ……」
 隣でハーレムが熱く自分の競馬観を語っている。
 それを適当に聞き流しながら、シンタローは木柵に腕をついて、穏やかな風景を眺めた。間近に馬を見るのは、久し振りだった。
 ……ここにいるのは、競馬場には出ない馬たちだと、昔何かの折に聞いたことがある。仔馬と繁殖牝馬牡馬がそのほとんどだ。
 すらりとしたその脚と、みずみずしい肢体が、太陽の下できらめいている。ぱちぱちと瞬きをする瞳。柔らかなたてがみ。
 ああ、綺麗だなあと、シンタローは素直に感じる。純化された美しさがそこにはあった。
 ――脚。
 サラブレッドの脚は、芸術的なまでに細い。
 優秀な馬と馬とを掛け合わせ、さらに優秀な馬の生産を追求し、結果、走力以外では虚弱な馬が量産される。血の純化と徹底された優生学至上主義。
 人工的な生き物。早く走ることだけを極限まで追求したその脚は、脆いガラスに例えられる。一度骨折すると、もう元には戻らないため、安楽死の処置が取られるという。年を取り走ることができなくなった馬も、それが名を成した馬で繁殖に利用できない限り、薬殺されることが多い。
 壊れやすく、また壊されやすい稀少なガラス細工。
 それが競走馬。だから、競走馬用の牧場では、馬の年齢は概して不均衡だ。



「ホラ、あれだヨ! 俺が目を付けてる可愛いコちゃんは!」
「おじさんが目を付けるなんて、カワイソウに……勝てない運命が……」
「ああ? とにかく見ろよ! ホラ、目つきが他と全然違うだろォ? 毛並みだってツヤッツヤだぜ!」
「はいはい」
 ハーレムがしきりに気にしているのは、さっきシンタローを見て、母馬の方へと逃げ帰った仔馬のことらしい。
 甘えん坊だが好奇心旺盛な子らしく、遠巻きにうろうろ歩きながらシンタローたちを窺っている。
 仔馬が跳ねる度に、蹄が軽快に音をたて、ふさふさの尻尾が揺れていた。
「俺ぁ、あの仔馬の前の前……じーちゃんか? コイツのじーちゃんの走ってるトコに、惚れたのよ。数ヶ月振りに見たケド、ますます似てきてやがるぜ! こーいうの、なんつーんだっけ、ええとな、」
「隔世遺伝?」
「そう、それだヨ! コイツは走るぜェ〜! 今もレースで親父が走ってやがるが、アイツよりも筋がいい」
 自分が話題になっていると知ってか知らずか、仔馬が首をかしげている。そして、とことこと恐る恐るといった様子で近寄ってきた。
 シンタローは、そっと腕を伸ばし、その鼻先に触れた。
 濡れている。可愛いな。
 そう感じると、シンタローは、少しハーレムの話題にも興味が出てきた。
「へえ……コイツの親父って、何て名前なの?」
「メガンテホイミっつーんだ! そんで、コイツのじーちゃん馬がメガンテゼウスって言ってよ! もうすげーんだ、自爆、自爆でよ!」
「……へぇ……」
 よくはわからないが、とりあえずシンタローは頷いておいた。
 競走馬の名前は、血筋や配合によって、部分的に組み合わされたり受け継がれていったりするのだと聞いたことがあるが、この馬たちも多分そうなのだろう。
 優秀な血統、か。
 シンタローの指を、仔馬が舐めた。
 お前には、ヘンな名前、つかないといいよな。
 そう、仔馬のために願ってみた。



 じーちゃん、って。
 昨日あった、慰霊式と前総帥祈念式が胸をよぎる。見たことはあったものの相変わらず馴染みのない、自分の祖父だという人の遺影。ブロンドの端正な顔立ち。祖父という言葉のイメージにそぐわず、十分に若々しい青年。
 あんな若くてカッコいい人が、俺のじーちゃんなんだよな。
 しかしシンタローには正直な所、自分にはつながりのない人に思えて仕方がなかった。
 普段、誰も祖父のことは口には出さないから……こんなに遠い人なのだろうかとも思うのだが。
「……そーいやオマエってさァ、どーして軍人なんかになろうとか、思ったんだァ?」
 すっかり気を許したらしい仔馬にじゃれつかれているシンタローに、ハーレムが聞いてきた。
「そっちこそ。なんでハーレムおじさんは軍人なんだよ」
 ぺろぺろ舐められる自分の頬が、くすぐったい。馬の舌は、少しざらざらしている。
「なんでって。俺に理由なんて、ねーって、さっき言っただろォよ」
「じゃあ人に聞くなよっ! 俺だって、そんな理由なんて……ないよ。何となく。ただ、何となくだよっ!」
 ハーレムは自分を見て、肩を竦めている。そして、着崩したシャツのポケットに手を突っ込んで煙草を取り出し、使い捨てライターで火をつけた。他所を向き、鼻から煙を吐いている。
 まったく。自分が言えないんなら、人に聞かなきゃいいのに。
 シンタローは質問を返してみた。
「……なんで、サービスおじさんは軍人にならなかったのか、知ってる?」
 士官学校に行ったことは知っているが、その後、軍を出てしまったと聞いた。
 そのことがシンタローは、ずっと気になっていたのだが、何故か気後れしてしまって本人に聞くことができないままになっていた。
 ハーレムは、ふうっと白い煙を空に向けて吐き出す。立ち昇っていくそれを、仔馬が面白げに目で追っていた。
「……アイツが教えてくれる気になったら、話してくれるだろーよ。オマエにはよ」
 そして、どうしてか黙ってしまった。



「なんで、親父は……軍人になったのかなぁ……」
 静かになった二人に飽きたのか、仔馬がパタパタと尻尾を揺らせて草を食べに行ってしまってから、シンタローはそう呟いてみた。穏やかな風に、緑の草が揺れている。
「あいつさ、子供の時に総帥になったんだろ……今の俺よりも小さい頃に」
 前総帥の祈念式――あの黄金色の豊かな髪をした祖父が亡くなったのは、30年近く前だという。その死後、マジックはすぐに跡を継いだというのだから、シンタローには想像もできない程の長い時間、彼は総帥であったということで。
 そのマジックは、昨日から祈念式もそこそこに、前線へと発ってしまっていた。
『じゃあね、シンちゃん。パパ、お仕事だから。いい子にしてるんだよ』
 そんないつもの、子供扱い丸出しの台詞を残していった彼。後姿を思い描くシンタローの耳に、ハーレムの声が聞こえる。
「……まあな」
 ふとシンタローが、ハーレムの足元を見ると、吸殻が何本も落ちている。
「って、おじさん! ポイ捨てやめなよ! 携帯灰皿とか持ってないのかよ!」
 叔父は面倒臭げに顔をしかめている。
「うるせーガキだな……そういうトコ、兄貴とそっくりだよ」
「拾いなよ!」
「チッ……うざったいナ」
 シンタローはハーレムに吸殻を拾わせると、厩舎脇のゴミ捨て場に捨てさせた。
 これがサービスおじさんなら、こんな行儀悪いコトしないのに!
 自分は呆れてしまう。
 厩舎の側には小川と砂場があった。そこでさっきの仔馬が、友達らしいもう一匹の仔馬と一緒に、砂あびをしていた。体を横に寝かせて、砂を体中に被り、派手にゴロンゴロンとやるのだ。
 気持ちがいいのか、仰向けに脚をばたばたさせている仔馬たち。もうもうと細かい砂が舞っている。
 シンタローは微笑ましいと頬を緩めたが、その光景に何となく見覚えがあるような気がして、立ち止まる。
「……」
 自宅にハーレムが遊びに来た時は、彼は必ず、ふかふかの絨毯の上をゴロゴロと転げ回る。
 実は自分やグンマも小さい頃は、彼と一緒になってゴロゴロやっていたのだが。
 自分たちが大きくなってからは、ハーレム一人が相変わらずゴロゴロやっているのだが。
 それと、似ている……。
 叔父の子供っぽい癖は、ここから来ていたのか、とシンタローは脱力した。



 厩舎には、丸太で仕切られた馬房がずらりと並んでした。
 吸殻を拾わされて不機嫌なハーレムは、そこから顔を出してくる馬たちの鼻面に触れながら、やたらと地面を蹴っている。
「まったくよォ。兄貴も何だかんだと、めちゃくちゃうるさくてよ。勘弁してほしいぜ」
「おじさんに関してだけは、親父の態度はまともだと思う」
 シンタローも叔父の横に行き、同じく馬に触れてみる。馬の睫毛は、意外に長い。目は澄んでいる。
 競走馬と言えば鼻息荒く走るイメージがあったが、本当は静かに暮らすのが好きな、優しい生き物なんだろうと思う。
 人間が追い立てて走らせたりしなければ。
 ハーレムが、馬を見ると心がスッとする、と言っていた意味が、少しわかるような気がした。
 癒される。
「まったく、兄貴のヤなとこが似やがって」
 叔父はまだ文句を言っているから、つい、自分も口が滑った。
「……他の所は、全然似てないのに……?」
「あ? そういう意味で言ったんじゃねーヨ。似てたって似てなくたって別に……どうだっていいじゃんかよ、そんなの」
 ハーレムのことだから『ナンだよ、気にしてんのかァ?』等と直球で馬鹿にされるかと思ったが、叔父は意外に曖昧に言葉を重ねてきた。
「馬だってよ、栗毛から白いのが生まれることって結構あるんだゼ? でも中身は同じだ。それと一緒で、大して変わんねーよ」
「……だから、俺は馬じゃないってば……」
 そう言った後、シンタローの口は動いてしまった。
 馬と人間は違うと思うから。
「俺……アイツの本当の子供なのかなぁ……」



 すぐに慌てて、シンタローは両手を振る。
「あ、今のナシ。冗談だから。ナシにしといて」
 急に目の前の馬が、鼻声を出した。そして、大きな歯と唇を剥き出して、盛大に大欠伸をする。
「……本当の子供だろ。ナニ言ってやがんだよ」
 ハーレムが言った。欲しい言葉をそのまま貰えて、シンタローはびっくりした。
 自分の顔が熱くなるのを感じる。馬鹿なことを、聞いたと思った。
「つーか、だいたいよォ」
 急にハーレムが明るい声を出し、斜めに構えてにやにや笑う。
「ンなコト言ったら、兄貴が泣いちまうぜェ? あの兄貴が、もーお前ナシじゃいられないって、アホみたいに大変じゃねーかよ。本当の子供じゃなかったら、あんなんなるかよ? フツーに考えりゃあ、わかるコトだろ」
「……フン」
 叔父は自分を慰めているのだろうと思ったが、それは珍しいことに思えたのでシンタローは反応に困った。
 士官学校を抜け出した自分を……捕まえて、ここに連れて来たことも、その珍しいことの一部なのかもしれないけれど。
 今日の自分がつい言いたくないことまで言ってしまうのは、捕まるのが早かったから、逃げ出したいという気持ちが未消化のままだからかもしれない。
 まだどうしても、内面の整理がつかなくて、言われたことに反論したくなる。
「でも俺……知ってるよ」
「ナニを」
 シンタローは触っていた馬を離し、厩舎を出る。
 そしてよく晴れた空を見上げた。太陽の光。白い雲。
「親父は、アイツは、本当は一人がいいんだ」
 背後に、これも厩舎を出てきたらしいハーレムの気配を感じる。
「一人で大丈夫っていうか、むしろ他のモノは無駄だと感じるヤツなんだと思う」
「……まあ、一人は楽っちゃあ、楽だけど、よ。俺だってそーいう時はあるわな」
「そういうんじゃなくって」
 シンタローは息を切る。ハーレムおじさんだって、俺の言葉の意味、本当はわかってる癖に。
「アイツは一人で、ずっとどこまでも行っちゃうヤツなんだ」



「オマエ、馬乗ろうぜ! 小さい頃乗せてやったろ! また乗ろうぜ!」
 突然ハーレムが言い出した。
「ええ? いいよ、別に」
「遠慮すんなヨ、ガキのクセに!」
「遠慮とかじゃなくてさあ……って! わ、引っ張らないでよ!」
 これまた強引に、勝手にハーレムが曳いてきた馬の鞍に、乗せられる。
「俺が手綱引いてやっから! そんなへっぴり腰じゃあ落っこちるゼ! オラ、走れ〜」
「ちょ、ちょっとおじさん! 言った側から手綱放してんじゃん! 嘘つき!」
 ハーレムが馬の尻をぺたんと叩くと、馬はいなないてシンタロー一人を乗せて、パカパカと走り出す。
「わっ、わっ、これ、危ないって! 落ちる! 落ちるって!」
 手綱を取り落としそうになり、慌てて馬のたてがみを掴む。
「オマエ運動神経いいんだろォ? それぐらいバランス取れヨ! そーいやもっとガキの頃は、馬の鞍にしがみついて泣いてたなァ? パパー、助けてーってよ? あーアレは笑えたゼ」
 ジグザグ走りの自分の背後から、別の馬で追いかけてきた、挑発するようなハーレムの台詞が聞こえてくる。
 綺麗な蹄鉄の音。馬が好きなだけあって、ハーレムは乗馬は上手い。
「あああ? それもおじさんが無理矢理乗せたからだろ! わっ、たっ! もー、いっつも教えもしないで急にさぁ、わっ!」
「馬の乗り方なんてのはナ、実践で覚えるしかねェのヨ。誰も助けてくれねーの。そら、もっと走れェー!」
「わぁっ!!!」
 またハーレムが馬の尻を軽く平手で叩いて。シンタローを乗せた馬は、楽しげに走り出した。
 草原を抜けて森を抜けて、振り落とされまいと必死なシンタローを他所に、二匹の馬は走る。



「……死ぬかと思った……」
 ぜいぜいと荒く息をして、シンタローはようやく立ち止まった馬の鞍から、滑るようにずり落ちた。
 小高い丘。眼下には、色とりどりの屋根がひしめく街が見えて。
「いー景色だろォ! どォだ、馬に乗るのって気持ちいーだろ!」
「……無理矢理じゃなきゃね……」
 丘の裾には小川が流れていて、二匹の馬はそこに水を飲みに行く。
 シンタローも緊張で喉が渇いて仕方なかったので、馬に付いて行き、一緒に澄んだ水を両手ですくった。飲み干すと、体中に冷たい気が溢れた。
 小川の表面を吹く風は、ひんやりとして、汗をかいた体には気持ちいい。



 丘の上に戻って、立ったまま街を見つめているハーレムの側に座った。量の多い金髪が、ふさふさ風になびいていた。
 また叔父は煙草を銜えている。一日に一体、何本煙草を吸うんだか。
「……お前、ナンであの……砂時計、大事にしてンの」
 そしてハーレムは、また変なことを聞いてくる。
 どうしてこの人は、どうでもいいことばっかりで、肝心なことは聞かないのだろうと、シンタローは不思議に思う。
 何で今日、学校から逃げ出したんだ、とか、そういうの。別に聞かれたい訳じゃないけど。そういうのが、普通の大人と違うんだよな、等と思いながら、ハーレムが言っているのは自分が幼い頃から遊び道具にしていた砂時計のことだろうと考える。
 寮にまで、自分はそれを持ち込んでいた。だから、大事にしているといえば、その通りなのだけれど。
「急に何だよ……大事って……別に、ただ持ってるだけだよ……理由なんて、どーでもいいじゃん。何でそんなコト聞くんだよ」
 喋っている内にムッとしてきて、シンタローが聞き返すと、相手は首の周りを掻いている。
「まぁ、アレは元はと言えば俺のモンっつーか、俺が持ってきたっつーか」
 これは初耳だった。
「……そーなの?」
「ま、兄貴が持ってっちまったけどナ。なんでオマエがあんなボロいのが気に入ってんのか、ずっと不思議だったんだよ。遊んでも面白くねーだろ、あんな時計」
「……何でだって、いいだろ……お守りみたいなモンなの」
「フーン」
 そのままハーレムは話をやめたので、この話題には大して興味がなかったのだろうと思う。
 だったら最初から、聞くなよな!
 街の風景からは、お昼時で、何本もの煙突から煙が立ち昇っている。
 それよりお前、腹減ってねーの、と尋ねられ、シンタローは初めて自分の空腹感に気付いた。
 今日は何も食べないで出てきてしまったから。小型飛空挺の中で、常備してあるらしい酒のつまみらしきものを、少し口にしただけだ。
 街に下りようぜと言われ、自分が返事をする前に、叔父は自分勝手にさっさと馬に跨ってしまう。駆け出そうとする。
 しかしその前に、銜えたままの燃え尽きそうな煙草を、地面に吐き捨てようとして、動作の途中で一瞬静止した。
 わずかな間の後。ハーレムは右手で脇の、木の葉っぱをブチリとちぎり、そこに吸殻を出して手で残り火を揉み消した。
 軍服のポケットにそれを無造作に入れている。舌打ちが聞こえ、馬を来た道に向かって走らせる。



「……ハーレムおじさんて、さ」
「おうよ」
 何とか自分も乗馬に慣れてきた。自分を乗せる馬の息遣いを、直に感じることができるようになってきた。
 追いついた隣から、シンタローは言ってみた。
「サービスおじさんみたいにカッコ良くないし、だらしないけど」
「余計なお世話だ、ガキ」
「つうか、おじさんさあ、もっとマトモにしないの」
「俺は十分マトモだっての」
 シンタローの見るところ、サービスは自分というものがある人間だ。
 つまりは、マジックに服従してはいない。そんな人間は、シンタローの周囲にはいない。ある種の自由さが彼にはあった。
 いつでも好きな時に来て、好きな時に帰る。そしてマジックさえも、サービスには一歩引いているようにも見えた。
 シンタローにとっては、そこがいい。だから、サービスおじさんは、カッコいい、と思う。
 それで、超キレーだし! バシッとしてるし! クールだし!
 ハーレムの方はといえば。自由と言えば自由に見えるのだが、彼はマジックと仲がいい。
 それで、ナンか、だらしない。軍服なんかヨレヨレでも平気で着てるし、襟も全開。
 ガラが悪かったり、酒飲みだったり、競馬中毒だったり……。
 ナンか、カッコ悪い。
 でもさ。
「でも、ハーレムおじさんって、たまに、おっ! って思う時、あるよね」
「あんだよソレ? オマエみてーなガキんちょに、『おっ!』なんて思われても嬉しくねーヨ。つーか生意気だ。ムッとすらあ」
「……へへ」
 シンタローは思う。
 ハーレムおじさんには、なんだか俺、親父には勿論、サービスおじさんにだって怖くて話せないコト、話せる時がある。
 サービスおじさんみたいになりたいって思う俺だけど。ハーレムおじさんみたいにはなりたくないって思う俺だけど。
 たまに、俺はこの人にも、親近感を抱く時がある。
 二人が厩舎前で馬から降りると、厩務員らしき人が、慌てた様子で駆け寄ってきた。自分たちは、馬の鼻面を撫でて、その場を離れた。
「まァ、がんばんな」
 街に向かって歩き出した時、何気なく、そう言われた。
 その後も会話を交わしたが、この台詞が、今日自分を連れ回してハーレムが言いたかったことの全てなのだろうと、シンタローは感じた。
 どうして自分が逃げたかなんて聞きもしない、そんなハーレムのことを、彼は、また『おっ!』と思った。



----------



 ――街。
 シンタローは、牧場だけではなく、この街も知っているのだ。
 週末には市が開かれて。素朴だけれども賑やかで。そして、近くにある別荘から逃げ出した、小さな自分が迷い込んだ場所。
 幼い頃から、シンタローは、不意に何処かに逃げたくなる癖を持っていた。
 彼は心の中にも砂時計を持っている。砂は、しとしとと彼の何気ない日常の中で、無意識の内に落ち続けている。時間を刻み続けている。
 その砂粒が最後まで落ち切った時、シンタローは何かに耐えられなくなって、いつも自分のいる場所を飛び出してしまう。
 彼が耐えられない、何か。
 その何か、を形つくるものは様々だったが、一番大きな要素は自分自身だったのかもしれない。
 シンタローには、自分の居場所がないと感じる瞬間がよくあった。
 どんなに周りから受け入れられていようと、どんなに優秀で全てを上手くこなそうと、当の自分が、自分自身を受け入れられないのでは、それはどうしようもないことだった。
 全てを捨てたい。自分であることを捨てたい。そんな衝動が、砂時計が一回転する毎に、彼の内部を支配する。



 その日も、飛び出す合図の砂が落ち切って。偶然この街に逃げ込んだ時に、幼いシンタローは、丸い瞳をした少年と友達になった。
 その子が道で転がしたボールを、シンタローが蹴り返したのがきっかけだった。露店の軒先に積み上げられた、カラフルな果物や野菜の間を、器用に擦り抜けるやんちゃな子供だった。
 シンタローも、一緒になって、街を走り回った。大人たちの間を、自分たちが蹴りあう白いボールが飛び交い、『こら!』という怒号が降って来る。
 その度に彼と顔を見合わせるのが、とても楽しい。こんな遊びなんて、したことない。
 子供はシンタローより少しだけ年上のようだったが、気さくで親切で、見知らぬよそ者をちっとも警戒しない所が嬉しかった。
 ……その子は自分を特別扱いなんて、しなかったし。
 ただ、遊ぶ内にあることに気付いて、自分は驚いた。
 彼は、右足を引き摺っていた。少年があんまりすばしっこかったから、足が悪いなんて、シンタローは思いもしなかったのだ。
 しばらくして、その少年が、彼の家に来ないかと言い出した。
 シンタローは、そんなことは初めてだったから、どきどきした。また嬉しくなって、彼の後を付いて行く。
 幾度も街角を曲がって。石畳の道をひたひた歩いて。着いた先は、古びた大きな建物。何だか、がらんとしていたのが、印象的だった。
 小さな運動場のような、庭のような広場があって、そこに数人の子供たちが遊んでいて、自分を見た。
 ここが君のおうちなの、とシンタローが聞くと、少年は、そうだ、と言う。
 孤児院なんだ、僕には親も兄弟もいないから、ここにみんなと住んでるんだ。
 お前も家がないんだったら、一緒にここで住もうよ。僕が頼んであげるよ。
 そう明るく誘われて、シンタローは、それもいいかもしれないと思った。
 全部、捨てる。そんなことができたなら。シンタローであることをやめて、ゼロから始めるのだ。



 少年が寝起きしているという大部屋に入れてもらって、シンタローは、しばらくその窓から外を眺めていた。
 ちょっと殺風景だ場所だった。目を内に転ずると、ごちゃごちゃした室内。
 木製のベッドの脇に、手垢のついたファイルがあったので、何気なく手に取ってみる。新聞記事や雑誌の切抜きを大量にスクラップしたものらしく、ひどく重かった。
 ああ、それ、と少年は言う。
 僕の将来の夢さ。お前の夢は、何? 僕の夢は、家族の仇を取ることなんだ。
 優しかった少年の雰囲気が突然変わったので、シンタローは少し驚く。
 家族のカタキ?
 自分が聞き慣れない単語を繰り返すと、相手は神妙に頷いた。
 少年があまりに真剣だったので、シンタローも深刻な顔を作り、一緒に頷いてみる。
 それ、開いてみろよ。そう言われて、ぱさりと手元でファイルを開くと目に飛び込んで来たのは、シンタローにとっては見慣れすぎた人の顔だった。
 今朝も見た顔。『シンちゃん』と呼びかけてくる顔。
 シンタローは息を吐いた。どくどくと心臓の鼓動が鳴り始めて、うるさい。
 ページを捲っても捲っても、同じ顔。同じ人の顔ばかりが、シンタローを見ている。心臓の音は、ますます激しくなった。
 側で少年が、拳を固めて言い募っている。
 聞いてくれよ。
 僕のお父さんも、お母さんも。お兄ちゃんも妹も。僕の足と、この傷も。
 そう言って、少年はベッドに足を投げ出し、シンタローに指で自分の首筋を指し示した。
 彼の首には、茶色く引きつれたような、大きな傷跡があった。足にも同じ、惨たらしい傷跡。
 そいつの軍隊にやられたんだ。全部、そいつのせいなんだよ。
 だから僕は、仇を取るのさ。いつか絶対にやっつけてやる。
 殺してやるよ。その男を、殺してやるよ。この孤児院にいるヤツらも、みんなそう言ってるんだ。
 みんな、みんな――
 お前も、僕の友達だから、わかってくれるよな?
 そう言って少年は、シンタローの肩に手を置いた。



 逃げた後には、どうしてシンタローの居場所がわかるのか、一定の時間が経つと、迎えが来るのが常であるのだ。
 その時も、シンタローはあっさりと別荘に帰った。自分を待っていた人は、いつも通り、何も咎めるようなことは言わなかった。
 いつもの通りの、笑顔。あのスクラップされていた写真とは、全く違う笑顔。その日はそれで終わった。
 しかしその後――元の場所に戻り、元の、シンタローであること、に戻ってからも。
 彼は、それまで知りながらも意識しないようにしていた事実を、再び抑え込むことに、今まで以上に苦労した。
 心の砂時計の刻む時間が、早くなった。すぐに砂が溢れて零れそうになった。
 ……アンタは、いっつも、『お仕事』って。
 そんなありふれた何でもない言葉を使って。
 ごめんね、シンちゃん。パパ、これからお仕事なんだ。
 すぐに戻ってくるから、いい子にしてるんだよ。
 そうやって出て行く笑顔。青い目。背中。見送る自分。
 シンタローは、物心ついた時から、いつだって知らない振りをしていた。
 マジックだって、シンタローが知っているということを、きっと知っている。でも触れないようにしている。
 いつだって。今だって。そのコトに関しちゃ、俺たち二人は、いつも演技している。
『お仕事』って言って、笑って別れていくアンタのやってるコトって、人殺しなんだろ。
 バレバレなのに、どうして隠そうとするの。わざと曖昧にしてるよな。はっきりとは、言わないよな。
 俺だって、どうして知らない振りをしてしまうんだろう。
 その演技が、辛かったから。逃げるばっかりじゃ、駄目だと感じたから。
 俺は、軍人になろうと決めたんだ。
 それが、どんなに悪いことで最低のことであっても。隠された何かに、少しでも近付けると思ったから。
 だから、俺は、早く士官学校に入りたかった。
『お前の夢は、何?』
 とにかく同じ場所に、立ちたいんだ。
 そうすれば、いつか騙し絵の世界が崩れて、同じ世界を見ることができると思った。
 一人で大丈夫な人の、去っていく遠い背中に、いつか追い付くことができると思った。
 そうじゃなきゃ。あの最低なヤツと同じ道じゃなきゃ。
 軍人になろうなんて、そうじゃなきゃ、俺は思わない。



「……なぁ、ハーレムおじさんってば」
 シンタローが話しかけても、側を歩く相手も上の空だ。さっきはあんなに煩かった癖に。何を考えているんだろう。
 シンタローは自分もぼんやりと考え事をしていたことを棚に上げて、そのハーレムの様子に腹を立てた。
「おじさんってば!」
「あンだよ、ガキが」
「勝手に連れて来といて、何だよその言い方! 歩くの早すぎるって、さっきから言ってるだろ」
「チッ……面倒くせーナ」
 オマエの足が短すぎるんだ、なんて言われて、シンタローはまた憤慨する。
 クッソ、ガキで悪かったな!
 するとハーレムは立ち止まった。そして空を見上げてまた黙っている。だからシンタローも、立ち止まって空を見上げた。緑の木々が揺れている。街は、もうすぐだ。
 相手も何かに気を取られているから。自分も、また意識が物思いに奪われ……また過去へと戻ってしまう。



 ――アイツは、親父は、肝心なことは何も言ってくれない人だけれど。
 最初に逃げた時にだけ、言われた言葉がある。
 ……あれは自分が何歳の頃だったのだろう。
 もっと幼い頃、ずっと幼い頃。最初に心の砂時計の粒が落ち切ったのは、日本でだった。
 シンタローは飛び出したくなって、走り出したくなって、こっそり家を出た。
 駆けて駆けて、ひたすら駆けて。行き着いた先に、古びた神社があったので、その裏の大きな木の陰に隠れていた。
 湿った土の感触を覚えている。鳥の声も聞こえていた。そのまま木にもたれて眠ってしまった自分。
 しかし目覚めた時には、自分の頭は慣れた身体の上にあった。
 マジックの膝。いつの間にか、彼が側にいた。
『……』
 ぼんやりした意識の中、自分に被せられた彼の赤い軍服の匂い。いつもの彼の匂いと、香料と、微かな石鹸の匂い。
 シンタローは目だけで辺りを見回す。
 空。しなびた木造建築。竹林。敷き詰められた丸石と砂利。石灯篭と、口を大きく開けた狛犬。
 日は落ちかけて、夕暮れの淡い光が周囲を包んでいた。
 そうか、自分は走り出したんだっけと思い出し、改めて側の人を見上げる。
 お仕事に行ってたはずなのに。だから自分は逃げたはずなのに、知らせを聞いて追いかけてきたんだろうか。
 膝の上からの、斜め下から見る彼の顔。斜光の中に金髪が暖色の光を湛えていて、その碧眼は遠くを見ていた。彫りの深い造作、鋭利な輪郭。白い肌。
 何だか。いつもは、慣れてしまって気付かないけれど。
 この地では『外国人』なマジックが、いかにも日本なこの光景の中にいることが、シンタローには奇妙に見えた。
 とても不釣合いだと思う。
 黒髪黒目で、どちらかといえば東洋的な顔立ちの自分は、きっとこの光景と馴染みすぎているというのに。
 そういえば、どうして自分たちは日本に住んでいるのだろう、とふとそんなことが気になり始める。家は、他にもたくさんあるのに。
 幼いシンタローは、自分の身体に被せられていた、赤い総帥服をぎゅっと握った。
 マジックは白いワイシャツのまま、振り向かない。黙ったままだ。自分が目覚めたことには、気付いているはずなのに。
 また時が経つ。自分も体を固くして、じっとしていた。
 すると、しばらくして声が聞こえた。



『……シンちゃんは』
 シンタローは無言で黙っている。
『シンちゃんは……パパじゃ、駄目?』
 変な質問をされたと思った。
『どんなことがあったって、どんな姿かたちをしていたって、私はお前のことを愛しているよ。大好きさ。それじゃ駄目?』
『……』
 きっとマジックは、自分が逃げる前に起こった出来事を、もう知っているのだ。
 そう悟った瞬間、胸が締め付けられて、恥ずかしさに体が震えて、切なくなった。
 そしてどうしようもなくて、我慢できなくて、幼い自分はやっぱり泣いてしまっていた。
 彼の膝に頭を乗せたまま、シンタローは自分の顔を両手で覆った。その出来事自体よりも、それを知られてしまった恥ずかしさで泣いてしまっていたのだ。
 ……出来事。
 顔も覚えていない何処かの子供に、無邪気に言われただけなのだけれど。
 自分の髪と目が、他のみんなと違ったヘンな色だって。親に、顔が全然似ていないって。
 言われた時はムッとしただけで、全く大したことないと思っていたのに。
 そんなこと、わざわざ言われなくても自分は知ってる、と思っただけなのに。
 家に帰ってから、時間が経つにつれ、心から何かが溢れ出しそうになっていくのがわかった。
 自分の身体が砂の器になってしまったようだ。
 ゆらゆら、ざらざら、不安定に揺らめく。
 零れそう。
 このまま、じっとしていたら、砂粒が零れてぐちゃぐちゃになる。ぐちゃぐちゃになるのは、みっともないことで。
 そうなる前にシンタローは、誰も自分を知らない場所へと走り出さなければいけないのだということを、知った。
 自分から、逃げたい。
 でも今。
 やだなあ。
 やっぱり涙になって、自分が零れてしまった。



『泣かないで、シンちゃん』
 マジックの手が、自分の髪に触れるのがわかった。自分と違う大きな手。
 冷たい手。
『パパ、シンちゃんの黒い髪もさ、黒い目もさ、物凄く、本当に、大大大好きなんだよ! 愛してるんだ! すごく可愛い! どうしようもなく可愛い! 最高に可愛いよ! だからいいでしょ、それでいいじゃない』
 そんな自分に、マジックは、必死に訴えて続けてくる。
 あまりにもしつこいので、ついにシンタローは、覆った両手の指の隙間から、微かに笑い出してしまった。
 何でこの人は、いつもこんなに、幼い自分の歓心を得ようと必死なのだろう。
 大の大人が、小さな子供に。その構図は、幼いシンタローから見ても、何処か滑稽だった。
 ……こんな自分の、どこがいいんだろうと思う。
 やけに客観的な気持ちになるのは、自分がまだ泣いているからだろうか、とも思う。
『……でもパパ』
 声が掠れているのがわかったが、シンタローは、そのまま続けた。
『パパが好きってゆっても、シンタローのこと、ほかの人は好きじゃないかも』
 ただ反論したくて、そう言ってみたのだ。そして手を離して、汚れた顔で見上げると、マジックと初めて視線が合った。
 真上から覗き込んで来たのは、いつもの青い目だった。
『ヤだなあ、シンちゃん。他の人なんて関係ないんだよ。パパが言うこと聞かせちゃうから』
 ほんとに? という顔をした自分が、その深い青に映っていて。
 シンタローは、マジックの瞳を見る度、青い海を想う。
 昔見た海は、こんな色をしていた。その海の色は、自分にはない。



 口を閉ざしたシンタローに、そのマジックの目が困ったように細められた。
『シンちゃん、信じて。パパ、何でもできるんだよ。偉いんだよ!』
 降ってくる言葉は、本当だろうか。
 小さな自分の前でさえ、こんなにいつも必死な癖に。
 いつも、みっともなくて仕方なかったりする癖に。
『パパね、シンちゃんだけには敵わないけれど、それ以外には、はっきり言って最強なんだよ!』
『……ほんとう……?』
『本当だよ! その上に、しかも頑張っちゃってるから! 毎日お仕事、超頑張ってるよ! 毎日、強くなろうと頑張ってるよ!』
『……がんばってるの……?』
 うん。そうだよ。
 大きく頷くと、マジックは明るく笑い、そして言い切った。
『だってパパ、シンちゃんのために世界一の男になるんだから』
 力強い腕が伸びてきて、自分の両脇を抱える。仰向けだった自分の世界が引っくり返る。
 小さなシンタローの身体が、すとんとマジックの膝の上に抱き上げられた。そして正面間近から見つめられる。
『世界一の男を、覇王っていうのさ』
『はおう』
『そう、覇王、さ!』
 なんか、カッコいいだろう?
 覇王になったら、何でもできるんだよ。世界はこの世は思いのままさ!
 だから、パパは何でもお前にあげるよ。
 お前のためなら、何だってするよ。私のものは、全部お前のものだよ。
 私がそんなことをするのは、お前だけだよ。私には、お前だけだよ。
 そう囁いて、彼は黒い髪をそっと撫でた。
 ちゅ、と音がして、自分の目と髪と口元に、唇が近付いて離れていった。
 だからパパでいいじゃない。
 シンちゃん、パパにしとこうよ。
 それじゃ、ダメ?
『パパがお前を愛してるってことが、世界で一番価値があることにしてあげるよ。だから、泣かないで』



「……」
 ああもう。記憶の海に浸っていたシンタローは、海から浮かび上がった瞬間、わっと頭を抱えた。
 バカか。ほんと、バカみたいなヤツだよ……アイツは。
 ああもう。恥ずかしい。俺がぐちゃぐちゃになるのは、全部アイツのせいなんだ。
 俺に恥ずかしい思い出ばっかり作りやがって。
 シンタローは溜息をつくと、側で相変わらずぼーっとしたままのハーレムの袖を引っ張った。
「おじさん! だから腹減ったっての。行こうよ。何ぼんやりしてんだってば」
 すると、ハーレムはやっと自分を見、ニヤリと笑った。
「よォし、シンタロー! んじゃあ、おじさんが美味いモンごちそうしてやるヨ! とりあえず肉食おう! 肉!」
 やれやれだ。自分の溜息の間を、いつしか季節外れの雪のかけらが、ひらめいていた。



----------



「つうか、おじさんさあ、もっとマトモにしないの」
「俺は十分マトモだっての」
 丘から牧場へと馬を返す道すがら、甥っ子が一人前に意見してくる。
 ああ、久々のガキのお守は、肩が凝る。ハーレムは、首をゴキゴキやってみた。
 それだけならまだしも、
「でも、ハーレムおじさんって、たまに、おっ! って思う時、あるよね」
「あんだよソレ? オマエみてーなガキんちょに、『おっ!』なんて思われても嬉しくねーヨ。つーか生意気だ。ムッとすらあ」
 こんなことを言われる始末だ。どんどん生意気になるぜ、コイツ。
「……へへ」
 笑ってる。
 しかも生意気って俺に言われて、喜んでやがる。
 おっと。今、馬からずり落ちそうになったろ? 誤魔化したつもりでも、ちゃあんとコッチは見てんだよ。
 ……でもコイツ、馬乗るの、短時間で上手くなったナ。素質、あんだな。
 さすが俺の甥だけあるゼ。



 ハーレムは弟気質でありながらも、目下には親分気質であったので、ついいい気分になってシンタローに構ってしまう。
 馬を厩舎に返してから街に向かって歩く途中も、相手が微妙な顔をしているのを知りながら、熱く語るのが楽しくてしょうがない。
「俺はヨ、今ぁ、夢を実現してる最中なんだぜ」
「……へー」
「あんだよ、もっと大きいリアクションしろヨ。男はなァ、どんなモンでも、自分の夢ってのを持たなきゃダメさ。誰かに囚われてちゃあ、つまんねー人間になっちまう」
「……へえ」
「どんな夢かって、聞けよ。冷めたガキだナ」
「……どんな夢」
「へっへ、いつか自分の部隊を持って、ガンガン暴れまくるのさ」
「フーン」
「んで、兄貴から総帥の座を奪って、俺がナンバーワンになってやんだよ」
「……あっそ。頑張ってね」
 ハーレムは甥っ子の横顔をちらりと見た。気のない顔。ハーレムは、その顔に向かって心の中で舌を出す。
 ばーか。俺がこう平気で人前で言えるよーになるまで、何年かかったと思ってんだよ、お坊ちゃん。
 でもどーもお前は、俺よりサービス系だよな……こっちに関しちゃヨ。
 内面にドンドンどーしようもなく、溜まっていくタイプだ。
 今日だって。オマエが逃げ出すっていうの、俺は、祈念式のオマエの雰囲気でわかった。
 兄貴から話だけは聞いてたってのもあったけど。俺のカンって、べらぼうに当たンだヨ。それに俺も……昔は、よく逃げ出したクチだったし。
 そーいうの、わかる。ナンか、耐えられなくなんだろ。
 俺が逃げたのは……ルーザー兄貴から、ってのが多かったんだけどな。
 シンタロー、お前の背負ってるモノって、重いよな。すっげえ重いよ。あの兄貴の一人息子で、跡取りって思われてて、一族で。周りからの期待も大きくてよ。
 お前は俺と違って生真面目なトコあるから、それに正直に答えようとすんだ。
 ……そんで、同時に世間から異端視されててよ。
 そういうのって、辛いだろうナ。まだ、ほんのガキんちょなのによ。
「へっへ。夢は大事だぜェ? 俺が、こうしてカッコヨク、バリバリ戦場で暴れられるのも、男のロマンを忘れないからさ」
「ホント……?」
「なんだョ、その疑いの目は」
「軍人って、おじさん見てると楽しいモンかもしれねーって、思えてくる」
「あ? そりゃあ、どーいう意味だァ?」
「そのままの意味だよ」
 さっき、自分がシンタローに、軍人になろうとする訳を聞いた時、このガキは誤魔化して答えなかった。そして逆に聞き返された時、自分も答えなかった。
 そうだな。そういうのって、人に言うモンじゃねーよな。自分だけが、心に思ってりゃいいんだ。
 俺としたことが、ヘンなコト、聞いちまった。



 昨日の祈念式。飾られた遺影。記憶の中におぼろげな父の顔と、自分は久し振りに出会った。
 父親の思い出は、淡いイメージでしかない。だが、ハーレムにとっては、それで十分だった。
 自分はその遺影に向かって、敬礼をした。
 大きな腕に抱きしめられた暖かさ。自分のありのままを受け止めてくれる広い胸。許されているという感覚。それが父親のいた世界。
 そうだ。草がキラキラしてて、湖がピカピカ光って。キョロっとした動物がいて、カッコいい馬がいて……いっつも太陽が照ってて……光の世界。
 自分は、自分たち兄弟は、光に照らされて、笑い合っていた。
 俺は、あの光に憧れて。自分があんな光を放てる、強い人になりたいと思った。
 だから、俺は軍人になろうと決めたんだ。



 しかし、幼い頃の一瞬でその光は消えてしまい、暗い中を、四人肩を寄せ合って歩んできた兄弟の中からも、次兄ルーザーが永遠にこの世を去った。
 自分は、寂しいと思った。
 顔を見れば喧嘩していたあの男もこの世を去って、サービスも自分から去った。
 自分は、切ないと思った。
 そんな身を切る瞬間ばかりが、自分の歩いてきた道にある。
 あの日、さよならの日。ルーザーの葬儀で、自分たちはその空っぽの棺に白い花を埋めた。
 あの人の匂い。降りしきる雨の中、濡れた土に、掻き消されていった懐かしい匂い。去っていくサービスの後姿と、ひっそりとした父の墓。
 さよならの思い出は、あの匂いに包まれていて。
 ハーレムは、死と別れを想う時、必ずその香りを肌に感じるようになった。
 人生、長く生きてりゃ、さよならすることばっかりだ。
 そしていつも残される自分は、その残り香に浸り、過去を想う。
 でもよ。さよならもあれば、出会いもあるさ。
「……なぁ、ハーレムおじさんってば」
 つい黙り込んでしまった自分に、脇で甥っ子が言い募ってくる。
「あンだよ、ガキが」
「勝手に連れて来といて、何だよその言い方! 歩くの早すぎるって、さっきから言ってるだろ」
「チッ……面倒くせーナ」
 本日何度目かの舌打ちをしたその時、ハーレムの目の前を、白い花びらのようなものが通り抜けていった。
「?」
 遠くを見ると、まだ雪の残る山肌を縫って、いくつかの小雪片がここまで風に乗って流れてきているのだった。



 昔。脳裏に残る、断片的な映像。
 どういう経緯だったか覚えてはいないが、幼い自分とルーザーは手をつないで、この高原の道を歩いていた。
 おつかいか何かだったのだろうか。とにかく、自分たちは歩いていた。
 ルーザーは黙ったままで前を向いていた。自分は、そんな兄を見上げながら、手を引かれるままに歩いていた。
 兄の手は乾いている。
 白くて柔らかそうな、美しい手をした兄だったのに。その手は、触れるとどうしてか乾いた感触がするのだった。
 そして、二人は黙々と歩いている。踏みしめる地面の音だけがしていた。
 これが、ルーザーではなくてマジックだったら。
 自分は楽しく甘えてふざけて、ウキウキしながら歩いたのだろう。
 もし、これが自分ではなくてサービスだったら。
 ルーザーは、にっこり微笑んで歩いたのだろう。
 そして、マジックとルーザーだったら……?
 でも、今、一緒に歩いているのは、自分とルーザーの組み合わせで。
 だから、こうして、二人はどうすればいいのかわからないまま、歩いている。
 ――と。
 しばらくして、ルーザーが立ち止まる。ハーレムは、自分が何か悪いことをしたのかと、びくりと身を震わせた。
 しかし兄は、じっと空を見つめていた。そして、静かに呟いた。
『風の花だよ』
 晴れていたはずなのに。冬は終わったはずなのに。
 天上からは、季節はずれの粉雪が、ちらちらと舞い落ちていた。
『こういう局所的で場違いに降る雪を、風花と呼ぶのさ、ハーレム』
『……かざはな……ぁ?』
『ああ。今日は冷えると思った。山頂の雪が風に流されて来たんだね。すぐに消えるよ。僕たちが行って帰る頃にはね』
 さあ、先を急ごう、と兄はまた乾いた手で自分を引いた。
 引かれながらハーレムは、ルーザーおにいちゃんは、いつも何かに向かって一生懸命だ、と思ったのだ。
 いつもパーパやマジックにーたんに、言われたコトやその他の色んなコトで。
 いつも、いっぱいいっぱいで、よけいなことは、みんな捨ててしまう。
 だから、ルーザーおにいちゃんは、ボクが嫌いなんじゃない。
 ただ、いつも一生懸命すぎるから、そんなヨユウがないだけなんだ。
 もう風花に目もくれず歩くルーザーを見て、ハーレムはそう信じたいと思ったのだ。
 そんな、短い映像。
 ……ルーザー兄貴は、精密機械みたいに、俺にはよくワカりゃしねぇ理論で動いてたんだ。
 だから、一つ狂って、全てが狂ってしまったんだ。
 きっと何を目指していいのか、何が正しいことで悪いことなのか、理解できなくなって。そして、最後には自分を消してしまおうという思考に辿り付いたのだと思う。
 理論に合わないものは、場違いなものは、はずれたものは、処理すべきだと考える人だったのだ。
 俺みたいに、いー加減じゃなかったンだナ。
 だけど、一生懸命だった。さっきの、ガラスの足を持つ馬みたいに。
 馬を見る度に、俺は思う。
 美しくて、天才で、純粋で、貴重な血を受け継ぐ一族として完璧で、まるで神様に選ばれたようなヤツだったけど。
 ルーザー兄貴は、一生懸命に走るためにしか、生まれてこなかったヤツだった。
 はかない、人だった。



「何だよ、さっきからハーレムおじさん、ボーっとしちゃってさ」
 ハーレムは隣を歩くシンタローを見る。
 このシンタローなんて、あのルーザー兄貴が見たら、きっと真っ先に……青の一族のためにと、独断で手を下しただろう。殺されたあの男のように。
 二人が出会わなかったのは、幸か不幸か。
 だけど、ルーザー兄貴。そういうアンタは、それで楽しい人生だったのかな?
 消えるために。溶けてなくなるために生まれてきた、透けるように白い、はかない風花。
 それは白い花を想わせる。こんな白い花のような、アンタだったな。
『おかしいね、ハーレム』
『お前はいつも僕といる時は緊張している。僕のことが嫌い? 好き? まあどちらでもいいんだけれど』
『僕はもう無理だよ、ハーレム。無理なんだよ……』
 アンタの言うコトは、俺にはわからないコトばっかりさ。
 全然おかしくねェよ。
 俺がアンタを嫌いなんて……アンタはそう思ったまま、死んじまったのかよ。
 無理だと思ってたのは、兄貴、アンタ一人だけだったよ。
 ……最後まで、俺たちは、誤解し合ったままで終わっちまったな。
 アンタが、消えるのが早すぎたから。
 もう少し、時間があれば、俺たち、もっと仲良いい兄弟になれたかもしれねェな。



 マジック兄貴だって。アンタの話をほとんどしないのは、きっとアンタを想ってるからさ。
 何にも言わずに……アンタを想わせる白い花の絵を……描かせて、大事にしてやがる。
 サービスだって……。
 サービスは、本当に、アンタが大好きだったんだよ……。
 だから、アンタがいなくなったら、俺たち兄弟の全部が絡まって、ごちゃごちゃになっちまった。
 ああ、そうさ。サービスと俺との間には、時間はある。でも、時間が経つ程、俺はアイツから離れて行ってしまう気がすンだよ。
 俺は昔、大切な人を守れる程に、強くなりたいと願ったけれど、時間が経つ程に、俺は弱くなるばっかりさ。
 時間って、おかしいよな。
 おかしいよな、ルーザー兄貴。
 でも一番おかしいのは――アンタは、自分はみんなに嫌われてると思って死んだんだろうってコトで。
 俺は、それをずっと……どうやって取り返せばいいのか、わからないままでさ。
 伝えることが、できなかった。キレイなままで、逝きやがって。
 とにかく……俺は、アンタがヨゴレちまっても……。
 生きてて、欲しかったんだ。



 小さな雪片。風花。
 花っつーからには、香りって、あンのかな?
 自分は鼻をすんすんさせてみたが、鼻先で冷たく雪が溶けただけだった。側では、シンタローが自分と同じ空を見ている。
 去っていく人、新しく生まれた人。
 その去りし人の残り香が、このシンタローを初めとする甥っ子たちなのかもしれないとハーレムは思う。
 いや、そんなコト思っちゃ、こいつらに失礼かもしんねーけどナ。
 一生懸命、生きてるヤツらなんだから。
 でも、俺はこの甥っ子たちを見ると。すげー、懐かしい気持ちと、わくわくする気持ちが一緒になる。
 俺の過去が、未来に向かっていくような、そんな気持ちになる。
 残されたものから、新しい何かが生まれるような、そんな気がしてしょうがない。
「ねえって、おじさん!」
 突っ立ったままの自分の袖が、引かれたのを感じた。
「だから腹減ったっての。行こうよ。何ぼんやりしてんだってば」
 ハーレムは、また少し楽しい気分になってくる。勢いよく両手を振り上げた。
「よォし、シンタロー! んじゃあ、おじさんが美味いモンごちそうしてやるヨ! とりあえず肉食おう! 肉!」
 急な自分の台詞に、胡散臭げな視線を返してくる甥っ子。街はもうすぐだ。
「そんなこと自分で言い出すなんて、めっずらしーの。金あるの?」
 奢ってくれてもハンバーガーぐらいかと思ってた、とその黒い目が言っている。
 ん、ハーレムは懐を探る。
「……アレ……そーいや俺、サイフ持って来たっけ?」
「やっぱり! そんなことだと思った!」
「シンタロー、金貸してくれヨ! 後で必ず返すからよォ」
「もう! そんなこと言って絶対忘れるクセに! だから、ハーレムおじさんはカッコ悪いんだよっ!」
「まあそういうカタいコト言うなや、な?」
 言い争いの中を、もう一度、冷たい風が吹いた。
 ふわりと風花。遠い山に向かって、空にひらめいていく。自分の金髪と、甥っ子の黒髪をなびかせていく。
『……僕のことが嫌い? 好き?』
 そんなの。今のアンタには、その答え、もうわかってンだろ?
 声の主は、何処かから微笑んで自分たちを見下ろしているように思えた。
 白いかけらたちが溶けてしまう前に。ハーレムは、生意気な甥っ子と一緒に、何か暖かいものでも食べようと思った。






BACK:4-2:訓練試合 | 長めの話 | HOME | NEXT:5-2さよならの残り香