初恋の住む星

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 夜露に濡れる白い花。
 温室に咲くはかない笑顔。
 君は美しく、悪戯でわがままに、僕を従え支配する。
 生れ落ちた時から決められていた、運命の瞬間。
 僕は、君に恋をした。




初恋の住む星





 どうもね、ルーザーはあそこを離れようとしないんだよ。
 長い間咲かせるのに苦労した花のつぼみが、やっと開いたって僕に報告しに来てからさ。
 お前たちが寝た後、昨日の晩のことだよ。
 どうしたことか、それからはその花を見つめてばかりいるんだ。
 今朝だって早くから、学校に行く前はずっと付きっ切りさ。
 放課後はあのルーザーが急いで走って帰るから、何事かと先生達が遠回しに、僕に聞いてきたよ。
 何と答えればいいのか、わからなかった。
 ごらんよ。そして今もあの調子さ。
 マジックが、あそこ、と言って指差した場所は、窓向こうの中庭。そこに佇む、日の差す温室。
 時は夕暮れ。温室のガラスは橙色の斜光を映し、七色にもきらめいて見えた。
 ボクたちのお庭に、虹。虹の中に、ルーザーおにいちゃん。
「んぅー」
 反射光の眩しさに目を細め、キッチンに、いつもの木椅子を持ち込んできたハーレムは、その上に立って、やっと届く高さの銀色のシンクに、小さな顎を乗せる。
 ひんやりとしてどこか濡れた不思議な感触。
 そのまま調子はずれの鼻歌を歌う。水道の蛇口を開けたり締めたりする。調味料の瓶をしゃんしゃん振ってみたりする。
 この調味料入れは、赤と黒の制服を着た衛兵の形をしていて、最近の彼のお気に入りだった。
 ハーレムはせわしなく色んなモノをいじって、鏡面仕上げのピカピカなカウンターを汚したりして、そうやって、側で忙しく立ち動く兄である少年を見つめている。
 キャビネットをぱたんぱたんと開け閉めする音。缶や黒光りする鍋や優しい金属の音。
 夕食の準備。
 ――マジックにーたんは、いつだって大人みたいに忙しい。
 ボクは、それを見るのが好き。時々困らせるのも、好き。
「こらッ! ハーレム、つまみ食いしちゃダメだろ!」
 隙を見てサラダ用のトマトをつまんだ手を、軽く叩かれる。
 見つかった。
 彼はわざと『イーッだ!』と兄に舌を出して見せて、急に気になった後ろを振り返る。
 背後のテーブルで、大人しく絵本を読んでいるはずのサービスが、自分を見た気配を感じたからだ。
 でもコイツはすばしっこいから間に合わない。とっくの昔に弟の目は、その手元の絵本に吸い込まれている。
 むう。今、ぜったいボクを見てたくせに。
 今度は本気でふくれっ面をして、ハーレムは正面に視線をやった。
 シェードのかかったライトに照らされる、システムキッチンの小窓の向こう。
 七色の虹の世界。たった今聞いた珍しい出来事。
 切り取られた四角い風景は、時が止まっているかのような、まるで一枚の絵。



 ルーザーおにいちゃん、どうしたのかなあ。
 いつもなら、自分たちがこうしてキッチンにいる時間は、続いた居間のソファに座っているのに。
 一緒の家の中にいるのに。今日は、窓の外。
 家に隣接した小造りの温室内で、椅子に腰掛けて、読書をしているルーザーの姿。
 透明なガラスの向こうで、分厚い本の背表紙の金具が、鈍く光っている。
 ハーレムは目を凝らし、視線しか届かないその光景をじっと見る。
 すると、たまに次兄の顔が、ちらちらと側の白い花に向けられることに気付く。
 その度に薄い金色の髪がふわりと揺れる。白い頬を隠す。指が髪をかきあげる。また手元の本に、目が伏せられる。
 その繰り返し。
 ――ルーザーおにいちゃんは、いつだって自分のせかい。
 ふと、感心したような溜息が隣でして、見上げるとマジックが手を休めている。
 その目はハーレムと同じ光景を見つめていた。そして思わず呟いたみたいな言葉。
「……何だかあれだな、『星の王子さま』みたいだな」
 ぎいっ、と木の台がハーレムの動かした足の裏で、悲鳴を上げる。
 マジックと同じ瞬間に、同じものを二人で見ていたことが嬉しかった。
「カレー? にーたん、ボクあのカレー食べたいぃー!」
「それは『カレーの王子さま』……そういや最近見ないな、あの甘いカレー粉。というよりこの瞬間にそれを言われて、僕は軽くショックさ。ハーレム。今、お兄ちゃんは何をしてるんだい。言ってみなさい」
「茶色のコナ、まぜまぜ」
「これはスパイス混ぜてるんだよ……さっきも言ったろ。今夜はカレーだよ。既成のカレー粉より、僕が一から作る方がおいしいと思うんだけどね……」
 熱くなったフライパンがじゅっと音を立てて、香ばしい匂いが立ち込める。ぱちぱち。ぱちぱちと粉が鳴いている。
 ナツメグは少なめがいいよね。マンゴーの甘酸っぱいチャツネを多くして甘くしよう。
 そうそう、今日はジャスミン米を使うんだ。とってもいい香りのするカレーになるよ。
 僕の特別製さ。
「まぜまぜ! まぜまぜぇー!」
 イスをばたんばたんさせるだけのボクは、わざと、わかっていない顔。
 うー。ホントにわざとかって? そんなのどっちでもいいや!
 ……ボクはこうやって、にーたんの『やれやれ』っていう顔と、にらめっこするのが好き。
 しかしその長兄に答えて、後ろからサービスの声がする。
「おにーちゃんのカレー、おいしいよ」
 むっ。
 ハーレムはもう一度振り返って、弟の金色の頭を睨んだ。
「ああ、サービスは満点の答えをするね。ついでに、お手伝い頼まれてくれるかな。ルーザーの所に行って、一緒に花壇に水をやってほしいんだけど」
「はぁい」
 マジックに言いつけられ、サービスは子供用の小さな椅子から、両足を揃えてぴょんと飛び降りた。
 わずかにまだ足がつかないのだ。ハーレムより、ほんのちょっとだけサービスは小柄だった。
 そのことはいつも双子のケンカの種になる。今度もまた、丸い瞳でハーレムはすかさず弟をはやしたてた。
「ちーび。ちびサービス!」
 むっとした顔。
 やった。今度はアイツがむっとした。小さな成功に喜んだのも束の間。
「……ケンカした子は、デザート抜き」
 冷たい声が降ってくる。
 さっき冷蔵庫の中を覗いた所によると、格子模様の入ったアップルパイ。
 ずるいや。にーたんはそんな武器持ってて。
 結局サービスと自分は、いつも晩御飯の前はケンカができずにモヤモヤして終わる。
 決戦は、御飯の後。



 しかめっ面をしたサービスの小さい後姿がキッチンから消えると、ハーレムはまた長兄にちょっかいを出し始めた。
「ねぇねぇにーたん。さっきのぉ、王子さまってなぁにー?」
 硬質ガラスのカッティングボードで、野菜を刻み始めているマジックの横顔。
 とんとんとんという規則正しい音が、ハーレムの顎を乗せているシンクにも響いてくる。
 彼は少し目を瞑った。そうすると、体の奥にまで響く、音。
 ボクたちを包む匂い。
「うーん、だからね、そういうお話があるのさ。星に王子さまが住んでて、地球の砂漠に降りてくるっていうお話。今夜寝る前に読んでやるよ。お前が大人しくしてるんならね」
「ボクはぁー、いっつも、おとなしいよぉー!」
「どうだか」
 四角い窓の外では、ルーザーに話しかけているサービスの姿が見える。
 一枚の風景画が賑やかになった。あの二人から見たら、自分たち二人も、枠の中の絵に見える。
 こっちは、いっぱい動き回る、あのトムとジェリーみたいなアニメって言われるかもだけど。
 カレーの匂いは、きっとあの温室まで届いている。
 うれしい香り。ボクたちみんなの、楽しい香り。
「……さっき、星の王子さまみたいだって言ったのはね」
 ハーレムはまた、自分の乗っている木の台をガタガタ揺すった。
 彼はこんな時、体を動かさずにはいられない。
 マジックは眉をひそめたが、そのまま言葉を続ける。
 自分を見下ろして、深い青い瞳で妙に照れくさそうに言った。
「王子さまにはバラの花の恋人がいるからだよ」



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「ルーザーおにいちゃん。このお花にはお水やっちゃダメなの?」
「そうだよ。色々難しいから、この花は。でも綺麗だろう、サービス?」
「うん! すごーく、きれい!」
 サービスは水の半分入ったじょうろを胸に抱えた。
 温室の中で見せられた花は、とても素晴らしかった。
 長めの茎に広がる、大輪の花びら。上品に円を描いて並ぶおしべ。光を集める純白のすがすがしさ。
 緑の多い温室の中で、それは一際白く輝いていた。
 几帳面な次兄らしく、整然と立ち並べられた周囲の草々。まるで家来のように頭を垂れ、花はそれを従える王のように見える。
「美しいって、こういうことなんだと思うよ」
 優しい笑顔で言う人。
 ――いつも、キレイな顔をしたルーザーおにいちゃん。
「花名はユーチャリス。ヒガンバナの一種だけどね……サービスにはまだ難しいかな? ふふ。お前にも似た所があるよ、品の良さがね」
「ホント?」
 サービスは嬉しくなった。
 単純に目の前の素敵な花が自分に似ている、と言われたことが嬉しかったのもあるが、この兄が好きなものに似ているらしいことがとても幸せだった。
 ルーザーの腰にそっと頬を寄せる。兄は自分の長めの髪を撫でてくれて、抱き上げてくれた。
 そして花鉢が置かれた台の横の、昨日からルーザーが使っている椅子に座らせてくれる。
 壊れやすい高価な人形のように、次兄は自分を扱ってくれる。
 花を見上げたサービスのあどけない鼻先に、甘い香りがかすめて消えた。
「こうやって並ぶと、そっくりだ。ユーチャリスもお前も、とても美しい」
 サービスは自分の容姿を褒められるのは嫌いではない。
 他人はともかく、兄弟の内で『美しい』なんて大層な言葉で、自分を褒めてくれるのはルーザーだけだった。
 マジックが言うのは――それもたまに、でしかないが――あのハーレムと一緒の扱いで、まとめて『可愛い』。
 ましてやケンカばかりの双子の兄に、自分を褒めるなんて能がある訳がない。
 サービスは自分より偉い人に褒められたかった。小さな自分が、その人と同じ目線まで、偉くなれる気がするからだ。
 だから、ルーザーに褒められるのは気持ちがよかった。
「ルーザーおにいちゃん、大好き」
 そう素直に言うと、いつも通りに目の前の次兄は柔らかく微笑む。
 そして顔が近付けられ、ぺたんとおでこをくっつけられる。冷たい感触。息が近くなる。かけられる声。
「僕も、サービスが大好きだよ」
 その言葉も、またいつも通りだ。
 サービスには、ルーザーの綺麗な顔が、全ての真実であるように思えた。



『……王子さまは、<ああ、美しい花だ>と思わずにはいられませんでした……』
 その最初の部分を読み終えたマジックは、パタンと本を閉じた。
 側の子供用ベッドに並んで寝ている、双子に向かって言う。
「はい。今日はここでおしまい。おやすみなさい」
 むう、と彼の手前の濃い金髪がだだをこねだす。ベッドの角のポールを蹴って、がたんと音を立てる。
「やだよぉー。まぁだ眠くないもーん」
「子供は早く寝るものなんだよ」
「にーたんだって、まだコドモだよぉー」
「僕のことはどうでもいいの! とにかくお前たちは寝る時間!」
「おーぼう! ごーまん! けんりょくしゃー!」
「……どこからそんな言葉覚えてくるんだ、ハーレム……アルファベットの書き取りはなかなかできないのにね……」
 まだぐずぐず粘っている双子の兄の隣で、サービスはずれた毛布を肩まで引っ張り上げた。
 二人は同じベッドに同じ毛布で寝ているので、ハーレムが騒ぐと自分の分まで一緒にずれてしまう。
 文句を言って、一人ずつ、二枚の毛布にしてもらったことがあったが結果は同じだった。
 今度は相手の毛布が、境界線をはみ出たかどうかで、ケンカが始まる。
 いっそ別々のベッドで眠りたかったが、『このベッドはね、僕とルーザーが学校にあがるまで使っていたものだよ』と言われてしまえば、何となくそれを使うのは嫌だとは言いにくい。
 むしろ兄たちが好きなサービスは、それを聞いてこのベッドが好きになったのだが、それはハーレムも同じことだと思う。
 ただお互いに、一緒に眠る相手が悪かった。案の定、毛布を引っ張ったサービスに気付き、ハーレムがムキになって引っ張り返してくる。
 ぎゅっ。ぎゅっ。
「む〜」
「む〜」
 一枚の大きな毛布を引っ張り合う双子。
 そして長兄に止められるまで、夜の儀式はやめることができないのだ。
 騒ぎが一段落すると、サービスは疲れた様子のマジックに、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「ルーザーおにいちゃん、まだお花のトコなの?」
 いつもなら、マジックのお小言が終わる頃に、ルーザーがお休みを言いに来るのだが、今日は彼が来る気配はない。
 夕食の時も、会話もそこそこに居間を去っていってしまった次兄である。
 長兄の話によると、相変わらず彼は温室にいるらしい。



「あの花の寿命は一週間ぐらいなんだってさ」
 だから、その短い間は一緒にいたいんじゃないかな。本人ははっきり言わないけれど。
 自分では余りその気持ちがわかっていないのかもしれないね。
 お前たち、ルーザーを花に取られたみたいで、寂しいかい?
 でもきっと、来週の週末辺りには、いつものあの子に戻っているよ。
「まあ、いいじゃないか。これからの僕らの方が、あの花よりずっと長く一緒にいられるんだから」
 少し待ちなさい。
 散るのを待つって訳じゃないけど、あの子が元に戻るのをさ。
 それに花を大事にするルーザーなんて、ちょっと珍しくて可愛いじゃないか。
 父さんに伝えたら、きっとびっくりするよ。
 喜んでくれるかもしれないね。
 そうやってサービスはマジックに頭を撫でられる。
 ……そういうものかと思った。
 どうしてルーザーが花に一生懸命なことに、父親が喜ぶのかはわからなかったが、それもそういうものかと思った。
 兄弟の父親は、総帥として軍を率い、長い遠征に旅立ってしまったままだ。
 たまの連絡でその声が聞けるだけ。テレビのニュースで、ぼんやりと何かがわかるだけ。
 子供たちだけの、大きな家。
 ――パーパ。
 大好きな、パーパ。
 次は、いつ帰ってくるの?
 いつ、抱っこしてくれるの?
 いつ、笑ってくれるの?
 サービスなりに考え込んでいたら、何となく眠くなってきて、そのまま目を閉じたのに。
「しゅーまつの、お休みに、ねぇー、」
 並んだ隣でハーレムがうるさく口を出してくる。
「ゆーえんち、つれてってよぉ、にーたん」
「遊園地? うーん、お前が大人しくするならね……この前、僕は酷い目にあったんだぞ、ちゃんと覚えてるかい?」
「わすれたー」
「じゃあダメー」
「そしたら、おぼえてるー! だからつれてってよぉー」
「……ばーか。ばかハーレム」
 眠いので声は小さかったが、習慣でつい呟いてしまうサービス。
 キッ! と振り向く濃い金髪。
「なんだとぉ! あほサービスぅ!」
 案の定ハーレムは毛布を跳ねのけ、自分に馬乗りになってつかみかかってくる。髪の毛をひっぱられた。
 面倒くさかったが、仕方ないので、相手のほっぺたをつねって応戦する。
 どたんばたん。
 二つ合わせると、ぎゃあぎゃあという音になる自分たちの声。
 そしてもう一つの困った声。
「こらッ! やめないか、お前たち! どーして夜なのにそんなに元気なんだよ! 僕はもうヘトヘトだよ……」
 そうしていつもの繰り返す日常が、幕を閉じるのだ。



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 その夜。サービスは目覚めた。少し肌寒かった。
 ぼんやりした目で部屋の隅を見る。自分のすぐ隣からは、規則正しい寝息が聞こえていた。
 しばらく迷った末、やっと決心がついて、ベッドを降りてトイレに行くことにする。
 子供部屋の扉を開けると、ぎい……と鈍い音。
 昼間は何とも思わないのに、夜は全てが怖くなる。
 廊下は重く沈んだようだ。
 まるで海の底。
 去年の夏、兄弟は南国の海に出かけた。
 自分とハーレムは深くは潜らせて貰えなかったが、後で撮った写真を見せてもらった。
 海底は、自分が思っていたより濃紺色をして暗かった。だから逆に、色とりどりの魚たちが綺麗に見える。
 夜の家は、可愛い熱帯魚のいない、さみしい海の底みたいだ。
 ……廊下の突き当たりの出窓が、ぼうっと明るさを滲ませている。
 サービスの足は止まった。
 もう一度子供部屋に戻ろうかと、後ろを振り返る。しかし背後も暗かった。
 来た道も静か過ぎるほど静かで。その上、薄闇の中に自分の真っ黒い影が、ずうっと伸びていて……!
 恐ろしさに立ち尽くす。
 同じく立ち尽くしたままの小さな黒影。
 すると、急にその影がごうっと広がって……。
 大きな影に飲み込まれた……?
「きゃっ!」
 サービスは尻餅をついた。頭上からかけられる声。
「……トイレに起きたのかい、サービス?」
 マジックが不思議な顔をして、自分を見下ろしていた。



 トイレに連れて行ってもらい、自分を脅かした明かりの正体を、長兄と一緒に窓から見る。
 次兄がまだ温室にいるのだという。そこから漏れる、橙色のかすかな光。
 見つめると、自分と同じ色の金髪が見えたような気がした。
「……ルーザーおにいちゃん」
 サービスが呟くと、その息で窓ガラスがわずかに曇った。
 ちょっとむずむずして。
 くしゃん。
「ほら、サービス。廊下に出る時はガウンを着なさいと言ってあるだろう。夜は寒いんだから」
 肩からマジックのガウンをかけられる。まだ温もりが残っていた。
「お前は部屋に戻って寝なさい。ルーザーには僕が戻るようにと言ってくるから。本当はさっきも行ったんだけど……『わかりました』っていい返事されたんだけどね。あの子も頑固だからなあ」
 大人しく部屋に戻ろうとするサービスに、何か固いものが手渡された。丸い形のクッキー。
「ハーレムには、内緒だよ? じゃあ、おやすみサービス」
「おやすみなさーい、おにいちゃん」
 サービスはそっと菓子を口に含んだ。
 甘い。
 自分たち子供にとって、それは夜の秘密の味だった。
 ――いつも、大人の顔をしたマジックおにいちゃん。
 おにいちゃんには、フツウに子供だった時なんて、あるのかな?
 サービスは子供部屋の扉をそっと開け、そっと閉めた。
 戻ってきた自分たちの小さな世界。
 そしてベッドに潜り込もうとしたのだが、心臓が止まりそうになった。
 暗闇の中で、眠っていると思っていたハーレムが、目を開いていたのだ。
「……サービス……」
 話しかけられて、サービスはちょっとドキドキした。クッキーの粉が自分の口についていないかが、とても気になった。さりげなく余所を向いて、手の甲でごしごし唇をこする。
「サービス……ボクさ、」
 双子の兄は珍しく静かに、暗い天井を見上げている。
 サービスはその毛布とシーツの間に滑り込んだ。



 側の体温が暖かい。枕の上から、十数cm先の金色の頭を見つめる。
 ハーレムの横顔は、どこか不安そうに感じられた。
「ボクさ、あんなルーザーおにいちゃん、ヤだな……」
 そう言った彼は、くるりと体を横にして、毛布をぐっと引っ張って自分の肩にかけた。
 こんな時、いつもならサービスは毛布を引っ張り返してやるのだが。
 今は何となく、静かに自分の体をハーレムの側に移した。
 暗い窓の外では、かすかに虫の声がする。
 海の底に、沈んだみたいな、二人きりの小さな舟。
 そのまま一緒の毛布の中で一緒に眠った。






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