真夜中の恋人

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 世界平和を守るために、ガンマ団は生まれ変わったのである。
 華麗なる転身、と人は言う。
 万民を恐怖に陥れる悪の軍隊から、逆に悪のお仕置きを生業とする、正義の営利団体に衣替え。
 世界征服のための最強軍隊が、今度は世界を守ってやろうと言ってンだよ。
 どうだ、いい話じゃねーか。こんな話、またとねーだろ。正義の味方の爆誕だっての。
 ええ、どうだ? 守ってやろうって言ってんだよ。
 もちろん払うモノは、きっちり払ってもらうがナ!
 さあ貢げ。
 総帥室の壁に貼られた折れ線グラフは、受注数、営業成績、売上金額すべて右肩上がり。
 人件費と設備投資費、そして機密費が悩みのタネだが、まあこれは若い企業であるのと、無駄使いするヤツがいるからなのだが、それもおいおい解決していけばいい。
 経費節減、なんたって俺は節約大好き。
 言うこと聞かないヤツラは即リストラなのだ。さよなら飲んだくれ獅子舞。
 超優良企業の将来は、明るいのである。
 それもこれも、俺のお陰である。



「おー、しっかりやってんナ」
 総帥の職務の一環として、各部署の見回りをしていたシンタローは、うんうんと満足げに頷いた。
 彼はこうして本部内を見回るのが習慣であった。
 見回って、さりげなく激励の声なんかをかけてやる。
 シンタロー総帥だ! 総帥だ! とキラキラ輝く団員たちの瞳。
 その感激する顔に、『フッ』とシンタローは長髪を靡かせて、余裕タップリに微笑みかけてやったりするのだ。
 そうすると団員たちの士気も上がるし、自分も寄って立つ足元を見る心地になって、大変いい。
 ぶっちゃけ、カッコイイと崇められるのも、気分がいい。まあ実際そうなのだから、当然なのである。
 それに遠征に出てない間ぐらいは、きっちり団員たちを俺が見てやんなくっちゃな!
 だって俺、なんてったって総帥。
 そんな訳で、この本部見回りは、シンタローにとってはなかなかに楽しい職務の一つであった。



「さ〜て、こいつらはどーかな〜」
 『秘書課』のプレートが出ている扉。
 それを、バタン、とシンタローが無造作に開けると、中では何やら、おおわらわのようだ。
 少ない人数が、広い部屋を、縦横無尽に駆け回っている。
 そうか、夏も終わりだからな、とシンタローは合点する。
 今は、お中元、残暑見舞いの季節。
 ガンマ団が正義の営利団体化したのをきっかけに、色んなお付き合いの相手が増えた。
 今までのように、国家間で付き合えばいいというものではなく、お仕置きを依頼してくる私人といった取引相手との交渉が、増えたという意味だ。
 贈ったり贈られたりの、贈答が自然、多くなる。
 営利団体であれば、そう相手を無下に扱うことも叶わず、こちらからも相応の品を返さなければならない。
 まったく、付き合いとは面倒なものだが、仕方がない。
 現在、この煩雑な仕事を一手に引き受けているのが、この秘書課であるのだった。



 礼儀正しい秘書たちは、扉の前に立っているシンタローに敬礼した後、一刻も惜しいという風に、また仕事を再開し始める。
 職務熱心で結構なことだと、シンタローは肩を竦めてから。
 ぶらりぶらりと、彼らの精勤ぶりを、見て回る。



 しかし。
 必死に机に向かって電卓を叩いているチョコレートロマンスに、『何の数字だよコレ』と何の気なしに声をかけたら、いつもは温厚な彼が、『ああああ〜〜〜〜っ! まっ間違えたぁ〜〜〜〜〜!!! 総帥! 急に話しかけないで下さいッ!』と涙ながらに叫んできたので、ちょっと気後れしてしまったシンタローである。
 秘書課は殺気立っていて、とても無駄話などできる雰囲気ではなかった。
 これは、さっさと退散した方がいいと、シンタローは悟る。
 一人頷いた。
 お、俺は総帥だけど! 一番偉い人間だけど!
 こ、こーいう時は、部下を尊重してやらなくっちゃな! ウン。
 そうしてシンタローは、出口へと向かおうとしたのだが。
 ふと、気になって、広い部屋を見渡した。
 あることに気付いたのだ。



 部屋には、全世界から届いた贈り物が、山と積まれている。
 それらは秘書たちによって、彼らにしか解らない分別法で仕分けされているらしい。
 このことは、普通だ。それはいい。だが。
 部屋の左側に積まれている贈り物と、右側に積まれている贈り物。
 明らかに、そのテイストは違った。
 色で言えば、左側には、普通の包装紙、落ち着いたものが多く、白地が多い。
 右側には。
 ぶっちゃけ、形からして、ハートが積み重なっている。
 色で言えば、紫、ピンク、赤といった、いかがわしい系の包装紙。
 明らかにその周辺には、妖しい雰囲気が漂っていた。
「……」
 なんだ、コレ。
 シンタローの無言の問いに敏感に反応したのだろうか。秘書の性。
 贈り物の山の側に立っていたティラミスが、手元のリストに目を落としながら、口を開いた。
「左側に積まれているのは、ガンマ団への進物です」
 彼は、この無数の贈り物をきっちりランク分けして、お返しリストを作っているらしかった。
 その細かな表を覗き込んで、目をしぱしぱさせたシンタローに向かって。
 少年時代から秘書業を務める、明るい髪の青年は、休みなくペンを動かしながら言った。
「右側は、マジック様への貢物です。主にファンクラブ経由の。こちらの方がより繁多で、我々がお返しに悩む所です」



「全部捨てちまえ」
 シンタローは、思いっきり顔を歪めて言ったものの、あっさりと聞き流されてしまった。
 こんな不吉な物体は、捨ててしまうか、ドコかに寄付してしまえばいいのである。
 お返しなんか、する必要なし。
 寄付でもして、少しは善行をあの男も積めばいいと思うのだが、その贈り物たちの放つ妖艶なオーラを見るに、やはり寄付は危ないと気付く。
 絶対コレ、何かヤバいモン、入ってるぜ……
 まったく、贈られる人間がヤバいと、贈る人間だってヤバいのである。
 類は友を呼ぶ。いや、これ、呼びすぎだろ。ファンクラブ会員、何人いるんだよ! おぞましい物体で部屋が埋まる!
 シンタローは、顎を限界まで上げて、贈り物の山を見上げる。
 ピンクの巨塔。壮絶である。
 しかもティラミスの説明するところでは、これは今日届いただけの本日分で、今までのものは、とうに専用倉庫をはみ出して、本部の空き部屋にまで格納しているというから、驚きだ。
 道理で、談話室や予備の会議室等に、使用禁止の札が出ていると思った。
 ていうか、そんなにスペースないのか、本部って。
 しかも最近は、あの男が妙な世界大会に出たりするから、年々この贈り物攻勢は、酷くなる一方なのだという。
 世界中のヘンな人間を、あいつは召喚しているのではないかと思う。
 もうまとめてドカンだ。
 集まった所を、まとめてドッカーンしてやればいい。
 そうやって俺は、世界平和に貢献したい。



 なんだか、気分が悪くなったので。
 今度こそ、さっさと立ち去ろうとしたシンタローの視界に、ピンクの巨塔から更に仕分けされたらしい物体が、目に入った。
 これは何だか、雰囲気が違う。
 『残暑御見舞』と、のし紙に墨で書いてある。
 上品な金糸の花結びが、目に鮮やかだった。
 日本酒の、一升瓶。
「なんでコレだけ……」
 皆までシンタローが口にしない内に、有能秘書がその答えを口にする。
「マジック様がお嫌いですので、分けてあるんです。それだけは最初から団員に下げ渡しということになってます」
「へ? 嫌いィ?」
 思わず叫んでしまって、シンタローはしまったと感じた。
 側のティラミスは不審そうな顔をしている。いや、顔には出さないが、目にそんな色が浮かんでいる。
 明らかにその目が、『御存知なかったんですか』と聞いている。
 だけど、だけど。
 俺、そんなの知らない。
 あいつ、日本酒が嫌いなんて。聞いてねぇぞ〜?
 マジで? あいつに、苦手なモノなんて、あったのかよ?
 ていうか俺、何で知らねえの?
「お嫌い、なんです」
 驚愕を押し殺そうと四苦八苦しているシンタローを尻目に、ティラミスは、そう繰り返すと。
 さっさと、まだ計算と格闘中のチョコレートロマンスの机の方に、歩いていってしまった。
 一人残されたシンタローは、呆然と立ち尽くしていた。



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 その日の夜。
 残業を終えて、シンタローが帰ってくると。
 パタパタパタ〜と妙に軽やかな足音が聞こえる。
 来た、とシンタローが思う間もなく。
 ぽうん! と大きく弾みをつけて、思いっきりの大ジャンプ。
 ああ、ここは世界陸上か。俺の世界陸上。いつも寝不足。
 そう頭の隅で感じているシンタローの身体は、それでも華麗にその物体を避けようとするが、それは相手も計算済みで。
 ジャンプは、ひねりがきいていたらしく、かくんと空中で曲がる。
 助けて、慣性の法則。
 そして確実にシンタローが避けた場所に、着地地点を想定していた。
「おかえり、シンちゃん!」
 ばふ――ん!
 今日もシンタローは、巨大な男に勢いよく抱きつかれ、玄関脇の廊下の壁に、したたかに後頭部を打ち付けた。
 マジック登場、である。



「……」
 くらくらする頭を振って、無言で歩き出すシンタローであるのだが。
 相手は見えない犬の尻尾をブンブンと振って、執拗にまとわりついてくる。
 シンタローが右を向いたら、男も右へ。シンタローが左を向いたら、男も左へ。
 ベタベタベタベタ、ベッタベタベッタベタ!!!
 しかもマジックは、始終、囁いている。
 何だか低音、やたら甘い声。耳につく。ベッタベッタに耳につく。
 ねーえ、シンちゃんお仕事の間、パパ、寂しかったよっ!
 待ってたよ、待ってたよぅっ!
 あ〜、シンちゃんに触ると落ち着くな〜 でも落ち着くって言うか、興奮かなーむしろ、うん。
 ぶっちゃけ興奮。わくわくどきどき。
 早く、早く、パパと遊ぼう!
 遊んで! 遊んでよ!
「……」
 なんで。なんで、疲れて仕事から帰ってきて、家に足を踏み入れたと思ったら、すぐにこうなるのだろう。
 俺の心は雨模様。こんなとこ、団員たちに見せられやしねえ。
 カッコイイ俺様の、唯一の泣き所。
 シンタローは、マジックの重みに耐えながら、それでも長い廊下を頑張って歩く。
 眉を吊り上げて、唇を噛み締める。一歩一歩を、力を込めて踏み出していく。
 容赦なくぶら下がってくる男を、ずるずる引きずって歩く。
 重い荷物である。人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如しとは誰が言ったか。
 俺は一生、この男を背負って行かねばならないのか。
 ああ、俺って。どうしてこんな運命。
 生まれた時から、逃れられない。



 チュ、チュ、チュッ
 これは、キスの音。
 頑張って無言のまま歩を進めるシンタローが、抵抗しないのをいいことに、マジックが図に乗り始めたのだ。
 シンタローの頬っぺたに。こめかみに。髪に。首筋に。
 男がキスの雨を降らせてくるのを、それでもシンタローは耐える。耐えるったら耐える。
「……」
 耐える……耐えて歩く……。
 だって、だってっ! 構うと、喜ぶか……らッ……。
 ……ッ。
 …………ッ。
 ………………ん……?
「だぁ――――――ッ! どっ、どこ触ってンだあ――――――ッッッ!!!」
 指が、さわさわと、軍服の大きく開いた胸元から、滑り込んできているのだ。
 シンタローが慌てて指を叩くと、相手は残念そうな表情をした後、ぱあっと笑顔になる。
「わあ、やっと口きいてくれたね! パパね、シンちゃんが口きいてくれないのが、世界でナンバーワン悲しいこと!」
「……ぐ……このォッ!!!」
「そしてね!」
「ぐわ!」
 強烈に抱きしめられて、シンタローは情けない声をあげた。
「シンちゃんと、ぎゅう〜ってするのが、世界でナンバーワン楽しいこと! 世界征服よりも超絶楽しい」
「……ぐ……このォッ!!! このオオオォォォッッッッ!!!!!」」
 ついにシンタローは立ち止まってしまった。
 今日の彼は、廊下三分の二までは耐えたようだ。上出来である。



 ぶるぶる震えている新総帥に向かって。
 前総帥は、しなを作って、首を傾げて言った。
「さーあ、シンちゃん! お風呂にする? 御飯にする? それとも、ワ・タ・シ?」
「あ――ッ! うっとうしい! いい年して可愛い子ブリッコすんじゃねぇぇぇぇ――――ッッ!!!」
 まあ、結局キレるのだから、どこまで耐えても結果は同じなのである。
 どかーん、と。
 毎度のことで、廊下に大穴が開く。
 眼魔砲。
 余談だが、この家の廊下には、窓が多い。多いというより、どんどん増えていく。
 最近は修理費を節約して、開いた穴を、窓に作り変えているからだとか、そうでないとか。
 ちなみに軍の機密費の、半ばはこの修理費だとかそうでないとか。



 とにかく。
「あーあ、シンちゃん、まぁた御機嫌ナナメ! パパは一分一秒も惜しいのに! 今、眼魔砲で廊下が吹き飛んだ瞬間も、目なんか瞑らなくって、シンちゃんの怒った顔をうっとり眺めていた、そんなパパです」
 にこにこ顔のマジックは、ちょこん、といった様子で瓦礫の中に、立っている。
 ちょこん。ああ、ちょこん!
 うが――――ッッ!!!
 シンタローが、自分の擬態語自体に腹を立てている間に、相手のウキウキした青い瞳が、覗き込んでくる。
「ねえねえ! 何する? 何する?」
「……くっ」
「遊んで! 遊んでよっ!」
「……くぅっ」
「んんん? どうしたの、マイハニー。浮かない顔」
 つん、と鼻先を突かれて、シンタローは『があっ!』と反射的に心の牙を剥き出したものの、大人気ないと気付いて、ジト目で男を睨むにとどめておいた。
 心の中で思う。
 でもな……今日はな。こーいう武器があるんだ。
 そして露骨に嫌な顔をしておいてから――この男は、超超超ロコツに態度を示しておかないと、よくとんでもない誤解をする――シンタローは、秘密兵器を、相手の目の前に突き出した。
 後ろ手に、こっそりぶら提げていたもの。
 先刻の日本酒。一升瓶である。
「……付き合ってやってもいーが……今日は、コレならな!」
 それだけ言ったシンタローは、どんと一升瓶をマジックに渡すと。
 目を丸くしている相手を残して、疲れた足取りで、食堂に向かったのである。



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 シンタローが食事を済ませ、シャワーを浴びてさっぱりして出てくると。
 やっぱり自室にマジックがいる。
 その姿を目にし、シンタローはまたムラムラと腹が立ってきた。
 俺の部屋に居座っていることは、まあいい。いつもいるから。この際は、突っ込むまい。とっとと出て行って欲しいが、手間がかかるので、今の所は許してやろう。
 だが。
 シンタローが腹を立てたのは、その様子なのである。
 マジックは、長椅子に凭れ、眉を顰めて、深い溜息をついていた。
 その顔に浮かんでいる、苦悩の表情。
 何やら、背後に暗い不幸の陰まで背負っているように見える。
 白絹のガウンなんか着てやがるよ。
 彼は、思考に浸り続けているのか、シンタローがごく近くに来てから、『ああ、シンタローか……』と初めてその存在に気付いたように、唇から小さな声を漏らした。
「……チッ……」
 シンタローは、ぎりぎりと唇を噛み締める。
 思う。
 俺の部屋で、なーに深刻ぶってんだよ、コイツ!
 シンタローにとって、マジックが可愛い子ぶるのも深刻ぶるのも、めちゃくちゃ腹が立つのであった。
 要するに。
 マジックが何をしたって、シンタローの腹が立つのは、もう習性であった。
 習性であるから、相手も勿論気にしない。
 だからマジックは、その深刻オーラを身に纏ったまま、ちらりとシンタローの方に視線をやると、また正面へと戻した。
 彼の目の前、ミディアムオークのレフェクトリーテーブルには、先程の日本酒の瓶が鎮座している。
 部屋の灯りを映して、その透き通った硝子が、きらりと輝く。
 その光を見つめながら、マジックは物憂げに呟いた。



「……さすがに、一升瓶は入らないと思うよ……最近のシンちゃんはチャレンジャーすぎて、パパが驚くこともしばしば」
「ドコにだよ。言ってみろ。えええ? ドコに、入るんだよおおおッッ!!!」
「ああんもう、軽いジョークなのに、シンちゃんったら! 青スジ立てちゃって! 可愛い顔にシワができちゃう」
「うっさいうっさいうっさい! 俺にシワができるとしたら、全部アンタのせいだろうが――ッ!」
「余裕のない子だなあ……もっと楽に気持ちを持とうよ! ほら、こっちにおいで。力を抜いて……」
「ギャ――ッ! 無理矢理の脈絡で襲ってこようとすんな――――――ッッ!!!」
 折角シャワーを浴びたのに、どうして俺はこう、再び汗まみれになってしまうのだろう。
 そう、シンタローが自問自答しながら、全身をトゲトゲにして、何とか相手を撃退すると。
 ……ぶっちゃけ、日中の悪者お仕置きよりも、よっぽど体力と精神力を使う……
 ハッ、ハッ、と荒く息をつくシンタローに手を出すのをとりあえずは諦めた、マジックは。
 ソファで優雅に足を組んで、大げさに溜息をついている。
「はぁ〜あ。シンちゃんったらロマンチストだから、雰囲気作らないと落ちてくれないんだよ。シンちゃんは雰囲気に弱いから。ほーんとに手間のかかるワガママっ子だよもう」
「ロマロマロマ……ってこと、あるか――っ! それはアンタなの! そもそも四六時中あらゆる瞬間に、俺を落そうと狙ってるアンタがワガママってことに気付け」
「落ちない方がワガママだよ」
「落そうとするアンタの方だ――――ッ!!!」
「いーや、落ちない方がワガママ」
「違――うッッ!!! 絶対アンタ!!!」
「いやいや、落ちないシンちゃんが」
「がー! 違うっての!」
「いやいやいや……」
「だーかーら……」
「〜〜〜……」
「〜〜〜……」



 ぜい……ぜい……。
 数十分後。
 際限のない水掛論争に、呼吸すらままならず、興奮しすぎて目尻にうっすら涙まで浮かべたシンタローが、あまりの疲労に床に這いつくばっていると。
 同じく、流石に疲れたらしいマジックが、気だるげにソファで足を組み直した。
 ふとシンタローが彼の手元を見ると、ハンカチがネコの形に、折り紙ならぬ折りハンカチされている。
 ケンカの最中に、手持ち無沙汰に折っていたらしい。
 俺は一生懸命なのに、どうしてこいつは、こう無駄に器用で余裕があるんだと、シンタローがますます腹を立てる隣で。
 マジックがそのネコを撫でながら、再び口を開いた。
「わかった。議論の最初に戻ろう。ほーんと、シンちゃんって、ガンコな子だよ! ま、そこが可愛いんだけど」
「……ぐ……俺はガンコじゃねぇーっ! アンタが! アンタがっ!」
「ガンコだってば」
「ちーがーうー!」
「ガンコ」
「ちーがーう――――ッッ!!!」
「ガン……って、また繰り返しだから、やめるけどさ」
 ふう、と溜息を吐き出したマジックは、両手を顎の下で組んで、考え込むいつもの姿勢をとった。
 なーにカッコつけてやがる。
 そう憎らしく思いながら、よろりと床から立ち上がったシンタローは、わざと乱暴に、男の斜め前のソファに座る。
 ぎしっと背凭れが、悲鳴をあげた。
「さっきの……シンちゃんのさ、今夜は日本酒プレイがいいって、甘えたおねだりだけどね」
「どこをどう聞いたら、そんな内容に変換されるんだ」
 ぎろりとシンタローが相手を睨む。
 しかしシンタローが次に聞いた言葉は、やはり意外なものだった。



「ごめんね、パパ、日本酒だけは苦手なんだよ。他のならいいんだけれど」
 そう言って、ほうっと溜息を吐き出している、金髪の男。
 ム、とシンタローは、その側にどっかりと座りながらも、内心では驚きを隠せなかった。
 苦手って。
 マジックの口から、そんな言葉が飛び出すこと自体に、シンタローは不思議な心地になる。
 苦手。なんて新鮮な響き。
 秘書の言ったことは、本当だったらしい。
 これは利用してやらねば、と思う反面、そのことを自分が知らなかったことに怒りを覚え、結局は仏頂面になってしまったシンタローである。
 複雑な心地。
 それを相手は誤解したらしい。
「すまなかったよ。シンちゃん……そんなに、パパと日本酒プレイしたかったんだね……」
「ちーがーうーっての! なんで苦手なんだよ? めっずらしい」
「なんでだろうね? 私にもわからないよ。飲めることは飲めるんだけど。ただ、」
「ただ?」
 マジックは何時になく、気弱な微笑を浮かべていた。
「私は、日本酒を飲んだ日の、次の朝は」
「朝は?」
 シンタローはごくりと唾を飲んだ。
 相手は静かに瞬きをすると、言った。
「目覚めた時に、記憶がないんだ」



 静寂が落ちて。
 シンタローは、黒い目を丸くしている。
 えええ? 今、なんつった?
 記憶をなくすって。
 このマジックが?
 この図々しくてウザくていつでも余裕たっぷりで人の迷惑顧みなくて自分勝手のワガママの、俺に弱みなんか見せねーマジックがあああ?
 酒だって案の定ガンガンに強くって、俺を潰して、ここぞとばかりに襲ってくるこのオオカミがぁ?(だからヘタに一緒に酒飲むと危険なんだよ!)
 日本酒だけは、ダメなの? マジで?
 に、似合わねえええええ――――ッ!!!



 内心で驚愕しているシンタローの側で、金髪の男は、一升瓶、のし紙に書いてある名前を、指でなぞっている。
 その様子を、シンタローはチラチラ、横目で窺っていた。
 のし紙の白地に、立派な筆文字。なんだか凄そう。この瓶、凄そう。
 しかし、普通の日本酒ならラベルとか貼ってあるだろうに。何にもねーし……特別製とかなのかな……。
 シンタローの視線に気付いたのか、マジックは『ん?』と睫毛を上げて、それから唇の端を上げた。
「これ、日本のシンタローが贈ってきたらしいよ。前に私が江戸切子のグラス……硝子細工を気に入っていたのを覚えていて、それで気を遣ってくれたんだろうなあ」
 そう感慨深げに言ってから。マジックは、くすりと笑って、シンタローにぱちりとウインクしてきた。
 条件反射で、シンタローは唇を引き結んで、不機嫌な顔を作った。
 相手は構わず、話し出す。
「ああ、シンタローはシンちゃんのことじゃないよ、ごめんごめん。同じ名前の人がいるんだよ」
 そう言って、マジックは一升瓶を、再びテーブルへと戻す。ことりと乾いた音がした。
「欲望渦巻く首都トーキョーを支配下におく、ボスの名さ。ちょっとしたメル友なんだ。シンタローって名前からして、まず気に入った。ピンときたね。イシハラ軍団とも杯を交わしたよ。いいね、ジャパニーズスタイル。粋だよ、こないだなんて、刑事ドラマにゲスト出演しないかって誘われちゃって……ああっ、でも心配しないで! 彼を『シンちゃん』とは呼んでないから! 私の『シンちゃん』はお前だけだよ、安心して!」
「安心どころか、どっと疲れた」
「コタローが目覚めた暁の、私たちの結婚式には、トーキョー都庁を緊急発進させて、駆けつけてきてくれるらしい」
「もっのすごい、聞き捨てならねーことが、今、聞こえやがった。後半はどーでもいいが、前半」
「楽しみだね〜、ハネムーンは何処にしようか」
「いいから俺の話を聞いて! いーから聞け! 大人しく聞きやがれぇ〜〜〜〜〜ッッ!!!」



 何とかマジックの饒舌を制止すると。
 シンタローは、先刻から気になっていたことを、口を尖らして吐き捨てた。
「な、なんで、日本酒苦手なコト、俺に秘密にしてたんだよっ」
 相手は、さも意外だというように、眉を上げる。
「秘密? そんなつもりないよ。機会がなかっただけで。お前に、あえて言うことでもないだろう」
「だって秘書のヤツラは……」
 そこまで言ってから、シンタローはムッとした顔で、黙りこくる。
 何だか、責めているみたいで、カッコ悪い。
 いや、実際は責めているのだが、そういう体裁をとるのはイヤだった。恥ずかしいから。
 考えてみれば。今まで、マジックが酒を飲む時は、ワインやブランデーといった洋酒系ばかりを飲んでいた気がする。
 確かに日本酒を飲んでいる姿は見かけることはなかった。
「そりゃ、秘書たちは仕事なんだから、私の好みぐらい細かく知ってなきゃね」
「……まーな」
 そりゃ俺は、仕事じゃねえし。
 そう、シンタローは了解したが、ふと気付く。
 俺とこいつの関係って。
 仕事なんかじゃ勿論ないし、かと言って、別に俺が好んで一緒にいるワケじゃ。
 だってヤなコト、すっげー多い。こいつワガママだし。自分勝手だし。
 こいつ、実は俺のコト、本当にちゃんと考えてんのかどーなのかも、よくわかんねーし……
 ……何で俺、今、こいつと二人で、一緒にいるんだろう……
 いっつも結局、何で最後は一緒にいるんだろう。
 そんな想いに囚われるシンタローの側で、マジックが深い溜息をついている。
「秘密にしてた、教えてくれなかったって、言うけれど」
 彼は、寂しげに呟いた。
「お前の方から、私に興味を持ってくれたらいいのに……」



 その低音は、真剣味を帯びていて、とても軽く返すことなんかできなくって。
「……」
 どうやってその嘆息に答えればいいのか、シンタローはわからなくなる。
 肯定だって否定だって、したくなんかない言葉を、いつもこの男はくれるのだ。
 そういうのが、俺、イヤなんだよ。
 そういうとこが、アンタの、嫌いなとこ。
 だから、無言で、柔らかい絨毯を小さく蹴った。
 微かに開けた部屋の窓から、静かな風が、自分と男の間を通り抜けて行った。
 夜が二人っきりの空間を包んでいる。
 ……だって、そんなの。
 ……アンタのコト。
 ……知りたいとかって、知りたくないとかって、どーやって言えばいいんだよ……
 ふと。
 相手が自分を見るのが、わかった。感じるまなざし。
 その視線が、なんだか熱くて。優しく感じられて。
 シンタローは、少し戸惑った後、そうっと上目遣いでマジックを見た。
 すると、相手の薄い唇が、動くのがわかった。
 言葉を待っているシンタローに。
「よしわかった、シンちゃん! 私のすべてを教えてあげる! さっくり教えちゃおう! さあーて、それにはカラダが一番だよっ!」
「ウギャ――――ッッ!!! 寂しいムードの時に、突然襲ってくるなァ――――ッッッ!!!」



 また、格闘後。
 肩で息をしているシンタローなのである。本日は、これで何度目か。
「……はぁ……はぁ……」
「ほんっとにシンちゃんって、雰囲気に拘るなあ……そんなのどうだっていいじゃない! パパはシンちゃんとラブラブイチャイチャエロエロできればいいのに」
 しかもマジックは、何食わぬ顔をして、こうなのである。まったく懲りた様子はない。
「ラブ(略)なんて、俺はしたかねえ――――ッ! ていうか、なんでそんなに即物的なんだよッッ!!!」
「私は、いつでもどこでもどんな瞬間でも、あらゆる場面のシンちゃんが好きなんだよ! だから、いつでもどこでもどんな瞬間でも、あらゆる場面のシンちゃんを襲わないと、論理的に矛盾するじゃないか!」
「わけわからん主張を自信満々にするなァァ!!!」
「だってね! シンちゃんがチラリとでも色気を見せたら、それは闘牛士が赤い布を振るのと同じなんだよ! ゴーだよ! ゴーのサイン! マジック・ゴー! だよ! そしてシンちゃんは常時色気を振りまいているからして、常に私はゴーサイン! すべては想定内! どうしてこんな当たり前のことがわからないかな、この子は」
「わかってたまるかァァァァ――――――ッッッ!!!」



「……」
 さすがに喉が渇いて。
 部屋隅の冷蔵庫から、作り置きのレモン水を出して、マグカップに注いでガブ飲みしているシンタローに。
「……」
 これも喉が渇いたのか、作り置きのハーブティー(勝手にシンタローの部屋の冷蔵庫にを保存している!)を出して、グラスに注いで飲んでいるマジックが。
 冷蔵庫にその長身を凭せ掛けながら、やれやれといった風に呟いた。
「わかったよ。今日は私がシンちゃんに折れてあげるよ。言うこと聞いてあげます」
「あんだよ、その恩を着せるような言い方!」
 また怒りがぶり返してきたシンタローは、冷蔵庫に向かって、パンチをするまねをした。
 怒鳴ってばかりの声は、少し掠れている。
 マジックは、その冷蔵庫を、ぽんぽんとなだめるように叩くと、小さく笑いながら、またソファに向かって歩き出す。
「今夜は日本酒でいいよ……その代わりね、」
 仕方なしにシンタローもその後に続き、向かっ腹を立てながら、再びどっかりと、ソファに座った。
 相手も元通りの席に座り、長い足を組んでいる。
 そして、姿勢を傾けて、シンタローの目元を、覗き込むようにしてきた。
「パパがどうなっても、シンちゃん、面倒見てくれる……?」
 至近距離で。
 目を真っ直ぐに捉えられて、そう言われて。
 シンタローは、思わず、目を逸らしてしまった。
 部屋の隅にある本棚を、意味もなく眺めてから、渋々、視線を相手に戻す。
 マジックは、青い瞳で、自分を真剣に見つめていた。



 何だよ何だよ、そんなに深刻な話なのか?
 ただ単に、日本酒、飲むだけだろ?
 つーか喧嘩しすぎて、もう何時だよ。
 真夜中じゃねーか。
「……え、えーと……」
 シンタローはまた戸惑ったものの。相手が、余りにも真剣だから。
 だから。
 ……べっつに、こいつが言ってるのは、これからずっと、とかじゃなくって。
 今、酔っ払ったらっつーコトだよな?
 なら、ならいいじゃん、引き受けてやったって。
 ……酔っ払って、暴れる、とかかなあ……秘石眼使いまくりで暴れたら、どーしよう……。
 で、でも、ここで引き受けなかったら、男らしくねえ!
 大丈夫だって! だって俺、総帥だし。
 総帥だから! だいじょーぶ!
 なんてったって総帥!
「お、おーよ! てめーがどーなるのか、この俺が見届けてやろうじゃねえのよ」
 ついにシンタローは、どんとこぶしで胸を叩いて、そう約束してしまったのだ。



「……」
 ひとまず約束してしまうと、シンタローは、カーテンの隙間から、暗い窓の外を眺めた。
 やれやれ、もうこんな時間だ。
 どうして一つのことをやるだけなのに、こんなに手間がかかるのだろう。
 たかが日本酒を飲むだけなのに。
 自分は、マジックが日本酒が苦手だということを知って、それを追求したかっただけなのに。
 なんだか色々、ずれてきているような気がする。
 でもまあ。まあ。
 実の所、シンタローは、マジックの弱点、に興味がない訳でもない。
 ないどころか、ありもあり、大有りであった。
 ヤベぇ、俺、どんなもんだか、めちゃくちゃ知りたい。
 ぐっ、とシンタローは、カーテンを掴みながら拳を固めた。
 ……ていうか、俺があいつの弱点、押さえちまえば。
 これから、それを盾に、ちょっと優位な立場に立てるかもしんねえ。
 おいおい、これって、すっげえチャンスなんじゃねーのか、俺!
 いつもいじめられてんのが、いじめ返しできるかもしんねえ!!!
 うお、なんか、ワクワクしてきたッッ!!!



 生来が、いじめっ子気質のシンタローである。
 もしかすると、立場逆転! 28年の俺とこいつの関係の転換? もしかして!
 よっしゃあああ! やったろうじゃないの。いじめてやろーじゃねえのよ!
 マジックいじめ!
 俺の彼岸……じゃなかった、悲願!
 俺、最高に燃えてきた! 相手がヤバければヤバい程、いじめるの、燃えるッッ!!!
「へっへ」
 決意、完了。
 シンタローは、窓際から、にんまり顔で振り返った。
 振り返った先の視界の中で。マジックは相変わらず、日本酒の瓶を指でなぞりながら、気の進まなそうな素振りで溜息をついている。
 本当に苦手らしいと改めて思う。
 面白れーじゃねえか。
 上機嫌のシンタローは、大股にソファに歩み寄ると、男から日本酒の瓶を取り上げる。
 ぐっと瓶の重みが腕にかかる。たぷんと透明な硝子の中で、透明な水面が揺れた。
「なあに、シンちゃん、その笑顔」
 相手は、シンタローとは逆に不満そうだ。
「フフン」
 シンタローはますます笑顔になって、鼻の頭を掻いた。
 マジックの嫌がることをするのは、楽しかった。
 いつもやられているだけに。見てろ? やりかえしてやる。
 シンタローは、ソファにかけている男を、偉そうに見下ろす。
「そうだ、アンタ、日本酒避けてたんなら、飲み方とか知らねーだろ」
 そして、不敵にニヤリと笑った。
「俺が、教えてやるよ」



 ――そして。
「いいか、みぞれ酒つってな。ほんとは酒の方も凍らしとくモンだが、今日は仕方ねえ。氷をな、こーやって割って……」
「はは。なんだか風流だなあ」
「アンタのお得意の日本式だよ。好きだろ、こういうの」
「好きだよ。日本大好き。侘び寂び萌え。でもね、こうやって得意気に教えてくれるシンちゃんが、もっと好き」
「ばっかやろ。ちゃんと真面目に聞いてんのかぁ? もう教えてやんねーぞ?」
「ごめんごめん、氷を割って、それからどうするんだい」
「ん、こーやって割ってな、細かく砕いて……」
 シンタローは、冷凍庫から氷を出してくると、タオルに包んでから、それをアイスピックの尻で大雑把に割った。
 それからタオルを開き、今度はその尖った先端部分で、ざくざくと氷を細かく砕いていく。
 木目も美しいテーブルの上に、透明な氷の欠片が、部屋の灯りを映して、きらきらと輝いた。
 マジックが、ふんふんと物珍しげに覗き込んでくるのを、『おい、危ないから、あんま寄るなよ』といなしたりしているシンタローである。
 彼は大威張りで、マジックが部屋から持ってきた一対のグラス、江戸切子の青と赤のクリスタルに、氷の欠片を詰める。
 そして、相手の目を見て、言った。
「いいか、グラス、見てろよ」
 きゅっと一升瓶の栓を開けると、涼しげな芳香が立ち昇る。
 うん、やっぱり、いい酒だ。
 シンタローはそれを手に取り、静かにグラスに酒を注いだ。
 言われた通りに大人しく、その光景を見ていたマジックが、口を開く。
「ああ……シンちゃん、とても綺麗だ」
「だろ? だから、みぞれ酒っつーんだ」



 透明な酒は、冷たい氷の欠片をなめらかに覆い、まるで優しい雨が降るように、グラスを滴り落ちていく。
 細かく砕かれた氷の縁が、透明な液体になぞられて、互いに弾ける。
 虹のように薄い陰影を綾なす輝きは、美しい冷酒杯の六角籠目の模様に、静かに佇んでいる。
「ほんとになー、アンタと口論してる間に、冷やしとけばよかった。日本酒って、温度で味が変わンだよ」
 そう、しかめっ面をしながら、でも内心はウキウキのシンタローである。
 マジックに自分が物を教えるなんて、古今東西ないことだ。
 なんか、新鮮。なんか、いつもと逆。
 ここぞとばかりにシンタローは、もっともらしく説明してやる。
「冷酒は、みぞれ酒の他にも色々あるぜ。零度から温度を上げると、順に雪冷え、花冷え、涼冷えつって……低温だと癖がない酒でも、温度上げてくと、どんどん含みが出てきたりすんだよ」
「そうなんだ。奥が深いね、日本酒って。それに温度で花の名前がついてるんだね、趣があるなあ」
「そーなんだよ! 美味いんだぜ!」
「美味しいの?」
「オイシイんだよ! だからアンタ、苦手って、損してるぜ」
「はは、そうかもね。これからもシンちゃんが、こうやって教えてくれるんなら、私も手を出してみようかな」
 そしてマジックは、シンタローの知識に、いちいち感心してくれるのである。
 なんだか面映い。かなり嬉しい。
 こうして自分がリードを取ることができるのは、やけに楽しかった。



 シンタローは、意気揚々と赤いグラスを手に取る。
「お〜し、飲むぞ!」
 相手も、ゆっくりとした動作で、背の低いレフェクトリーテーブルに置かれた青いグラスを、手に取る。
 シンタローは高々とグラスを掲げた。
「乾杯!」
 すると相手も、フッと笑って、グラスを掲げる。そしてこう言った。
「乾杯。シンちゃんの瞳に」
「……くっ……ガンマ団の将来のために!」
「シンちゃんの髪に」
「世界平和のためにっ!」
「シンちゃんの指に」
「正義のためにぃぃ!」
「シンちゃんの爪先に」
「〜〜〜……」
「〜〜〜……」
 それから数分、互いに各々の主張を争った後。
 しばらく沈黙が落ちて。
「チッ……乾杯っ」
「乾杯……大好きだよ」
 静かに二人のグラスは、チン、と高い音を立てて、触れ合った。





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