扉の閉まる音、廊下を歩き、階段を降りていく足音を。
シンタローは、断続的に漏らす苦しい息の間から、聞いていた。
白いシーツを敷いたベッドが、ピンク色の粘ついた液体で、汚れている。
青いアイスキャンディーの先が、自分の両脚の間から覗いている。
肌、軍服に、べっとりと染み付く蕩けたもの。
その状況に耐えられず、シンタローは天井に向かって目をつむったが。
また最奥で新しく溶けた液が、生暖かく太腿をつたっていく感触がして。
「んっ……あ……」
シンタローは、誰もいない一人きりの部屋で、切なげに喘いだ。
無意識に首を振る。背中をぴんと張る。
すると。
「ぐっ……は、はぅ……っ」
振ったその分だけ、首を絞める黒革ベルトが、情け容赦なくぎゅっと締まって、彼は身体を硬直させた。
締まった首のせいで呼吸が一層苦しくなり、シンタローはハッハッとまるで動物のように胸を上下させるしかなかった。
苦しい。
上半身は身じろぎさえ、できない。
下半身はその中心を氷の棒で貫かれ、力を入れることを禁じられている。
噛んじゃ駄目だ、戻ってくるまでにちゃんと大事に舐めていろ、後で検査する、と。
そんな男の言葉を、静まり返った部屋の中で反芻し、シンタローは悲しくなる。
熱の蠢く自分の最奥は、冷たい氷を突き刺されて、びくびくと震えていた。
また青い液体が。
シンタローの中の熱で、暖められて温度を上げた液体が、敏感な内股を流れていくのが解った。
声を出すことしか、今の彼には、もうできることはなかった。
自らへの羞恥に塗れながらも、シンタローは唇を開くしかない。
大きく脚を広げ、屹立したままの性器を震わせながら。
誰も聞く者のいない場所で、彼は熟れたような声を出してしまう。
この声は、自分を辱めるためだけに出しているのだと、自虐的な想いにとりつかれながら。
「……あ、ああ……ん……」
熱は、氷を次第に溶かしていく。
とろり、とろりと、自分の身体の奥で、冷たいそれが溶けていき、狭い内壁を液で満たし、つたって、狭い入り口から零れ落ちていく。
身動きできずにじっとしていることで、その感触がリアルに感じられてしまって、切なくて。
異物を咥え込んでいる入り口が、ぞわりと痺れた。
「あっ……」
たまらずシンタローは思わず腰を動かし、棒を締め付けようとして、ハッとして寸前で身を強張らせた。
もう一度、彼は与えられた言葉を反芻する。
大事に舐めていろって、しゃぶってろって。
そんな命令。
でも。あいつは、それをきかないと。
絶対に、もっと酷いことを、する。
「……ん」
仕方なく、耐える。
身体の中の熱いうねりに、冷たい異物に、その不快感と快感に、耐える。
キャンディーの甘い香りの漂う中で、それは拷問に近かった。
びく、びく、と何度もシンタローは腰を動かしそうになり、それを止めることを繰り返している。
裸の脚が、引きつって震えていた。
もどかしい。
しかし、思いっきり腰を振ることができたら、どんなにいいだろうと、恥も外聞もなく脳裏に浮かぶ考えも、彼は同時に止めることができない。
何も考えずに、腰を動かして快感をむさぼることができたなら。
何も考えずに、強い腕に身を委ねることができたなら。
「……ん、んんっ……」
拘束された身体で、鼻にかかった甘い声を出しながら。
彼はそっと身をよじり、早く、早く、と待ち望んでいる。
中心で、溶けていく刺激。
俺が本当に欲しいのは、これじゃない。
早く。来て。早く。して。
しかし自分が誰を待っているのかは、意識したくもなかった。
シンタローは、噛み締めた唇から、血の味がすることに気付いている。
太腿ばかりか、頬にも冷たいものを感じて、シンタローは初めて自分が泣いていることに気付いた。
ぽろり、ぽろりと涙はこぼれ続ける。
黒い睫が涙を弾き、悔しげに伏せられる。
ぼんやりと眺める部屋が、瓶の底から眺めるように歪み、ゆらめいて霞んだ。
うっすらと滲む灯り。
どうしようもなく、悔しくて、悲しくて――切なかった。
「く……う……ううっ……」
とうとう唇の端から、喘ぎ声に混じって、みっともない嗚咽が漏れ出した。
どうしてあの男は、俺にこんなことをするのだろうと、シンタローは考えている。
なんで、こんなこと。
なんで、こんなに酷いことをして、俺をいじめるんだろう。
俺は結局、遊ばれてるだけなのかもしれないと。
シンタローは一人にされて、先刻感じた疑問を再び考えざるを得なかった。
考え出すと、いまだ篭る熱と共に、ぐるぐると体内を葛藤が渦巻いていく。
愛してるとか、あいつは、簡単に言うけど。
俺もたまにはそれを信じちゃったり、踊らされちゃったり、するんだけれど。
それは嘘じゃなくて、本当なのかもしれないんだけれど、結局、あいつにとっては全てはゲームなのかもしれないなあ、と。
俺はいつも感じている。
何だって、あいつにとっては、遊び事でしかないみたいだ。
本当に愛してたら、俺だったら、その人にこんなこと、しない。
あいつ。あの男。
誰でもいいから、誰かを愛したくって、愛されたくって、そんなゲーム、恋愛ごっこがしたいだけなんじゃないのかなあ……
擬似でも恋してるとか、そういう気分が楽しくって、そんな自分が楽しくって、どんどんと執着を深めていくんだ。
その相手が、たまたま俺だったんだよ。
でも俺、そんなの、意味わかんねーし。
ゴッコもクソもあるかよ、俺は本物しか、わからない。
でもきっと、あいつは違うんだよな……あいつは、本物がわからない。
そういうのって。そういうのって。
悲しい……
考えれば考える程に。
シンタローの意識は、深みへと嵌り込んで行く。
ふと。
シンタローは、目の端に映る部屋壁に、気を取られた。
そこにはカレンダーがかけてある。
6、という大きな文字を、写真の仔犬がくわえていて。
六月、その第三日曜日の欄に、他人にはわからないぐらいの、鉛筆の小さな印がついているのだ。
父の日。
幼い頃から、こういった行事が大好きなマジックに感化されて、シンタローもこういうことは絶対に忘れなかった。
幼い頃――
昔は俺、小学生の時とか、やたら奮発して頑張っちゃって、伊豆温泉なんかあいつにプレゼントしちゃったんだよナ。
シンタローは昔の自分を思い出し、自嘲気味に溜息をつく。
あの頃はな。なぁーんにも、考えてなかったよなぁ……
悩み事なんて、そりゃ小さければ小さいなりにあったけど。
それでも、いつか、大人になったら、絶対に解決するもんだって、信じてた。
今はそんなこと、起こりっこないってこと、そればっかりがワカっちまった。
今、色々あって、色んなハメに陥って、立場も関係もみんなみんな変化してぐちゃぐちゃになって、訳の解らないカオスの中で、それでも頑張って生きていて。
……あいつと、こんなことになっちゃって。
所詮、懐古なんかしても仕方ないって、わかっちゃいるんだけれど。
大事なのは、今なんだ。
でも時々、俺はこんな風に、過去を懐かしく思い出すことがある。
好きな人は、俺だけを絶対に好きなんだと、そんなこと、昔は信じてたよ。
第三日曜日――父の日は明日だっけと、シンタローは力なく思った。
俺、今年は何にも用意してねーやと、シンタローは鼻で笑った。
「……フン」
すると目に盛り上がった涙が、またぽろりと零れて、頬をつたってシーツに落ちていった。
……あんま大袈裟なコトすると、うざいから。
夜、外に食事にでも誘えば、いいかって。思ってたんだ。
この数ヶ月、二人でどっかに行ったの、あんまりないし。俺の仕事が忙しくて。
別に行きたくもねえけど、あんまり行かないと、またそれでアイツは騒いで面倒臭いから。
勿論、昼間は家族みんなで、俺が料理でも作って楽しくやった後でだぜ。
今は、俺だけの父親じゃないんだし。
コタローにだって、グンマにだって。それにもしかしたらキンタローにだって、あいつは父親役、やってやんなきゃなんないんだ。
責任重大だよ。
……だいたいアイツ、父親って。
父の日って。
本当に血のつながった息子や、甥っ子なんかがいるんだからさ。
もう俺なんかが、わざわざ父の日祝ってやんなくたって、いいのかもしんない。
そうだよ、どうして今まで、ちゃんと意識しなかったんだろう。
もう……俺だけの父さんじゃないんだ。
そっか、父の日。
こっそりカレンダーに印なんかつけるんじゃ、なかった。
脚の間のキャンディーは、すでにそのほとんどが溶けて、木の棒だけになってしまっていた。
少し体が楽になって、昨晩ほとんど寝ていないこともあって、じくじくとした熱を感じながらも、急に疲労を覚えて気が抜けたようになって、シンタローの意識は眠れこそしないものの、どんどんとぼやけていった。
思考は、薄い靄の中で、止め処なく巡り出していくのだ。
こんなことをされてもまだ、その人を待っている自分は馬鹿だと、シンタローは何度も何度も考えた。
そればかりを覚えている。
しかし彼が再び戻ってくるまでの時間は、長いとも短いとも、シンタローには見当すらつかなかった。
ぼやけた意識の外で、シンタローは微かに蝶番の音を、聞いた。
扉が開いたのだと、少し遅れて気付いた。
あの声。
「いい子にしてたかい、シンタロー」
シンタローは首を動かすことができなかったから、視界がぼやけていたから、彼の近付いてくる空気を肌で感じている。
そうだ、彼の踵は、他人よりも少し硬く鋭い音がするのだった。
規則正しい響き。
歩き方は基本的には軍人のそれなのだが、何処か上に立つ者の余裕と威厳が漂っているのだ。
幼い頃、彼の遅い帰りを待つ自分は。
潜り込んだ毛布の中で、この足音がすると、いつもわざと寝た振りをした。
寝た振りをして、興味なんかない振りをして。自分のベッドに近付いてくる気配を、待っていたのだ。
ああ、また俺は昔の思い出ばかりだと、シンタローは昔も今も変わらず、興味なさげに無表情に装った顔をしてから、悔しく思った。
相手は自分に声をかけた後、室内に足を踏み入れてきて、これも昔と同じように。
悠然とベッドに近付いてきて。
ベッドの上の自分を見下ろして、少し、笑った。
そして言った。
「ああ、甘い香りがする。ここはお菓子の部屋だね。シンタロー、このお前の甘ったるさに酔いそうだ」
『仕返し』なんて口実なんだ。
こいつは、ただ俺に酷いことをしたいだけなんだと、シンタローは切なく思う。
そう思うと、睫の先が震えた。
マジックは、黒髪を乱したシンタローの全身に、ゆっくりと視線を送った後。
その一点に、目を落とす。
「ちゃんと綺麗に最後まで舐めたみたいだね。いい子だ。おいしかった?」
シンタローは横を向くこともできず、目をつむった。
「……木の棒だけが。こんな所に刺さったままだ……」
両脚の狭間、最奥に入ったままの木の棒の先を、面白そうに。
つん、とマジックは指で弾く。
「……ッ!」
シンタローは腰を僅かにシーツの上でずらしたが、そのべとついた感触に、改めて羞恥心が湧いた。
今さらといえば、今さらだった。
もうシンタローの上半身の赤い軍服も、下半身の裸の脚も、腰も、足先も、どこもかしこも甘い粘ついた液に塗れているのだった。
アイスキャンディーの色に汚れて、健康的な肌は淫らな気配を漂わせている。
さらには木の棒を脚の狭間の奥で咥え込み、その側では上を向いたままの性器が、天井を向いて揺れていた。
このみっともない自分の姿を、スーツに一糸の乱れもないマジックに、見下ろされている。
惨めだ、とシンタローは考える。俺は惨めだ。
うっすら開けた目の端に、マジックの青い目が細まるのが映った。
「こうして見ると……」
見る、と言葉にされて、相手の視線をより一層に感じて、シンタローはびくっと身をひくつかせる。
せめて広げた脚を閉じようとしたが、木の棒の感触を生々しく感じてしまって、結局は立てた膝小僧を揺らしただけで終わった。
相手はいやに優しいまなざしで、続けてくる。
「お前自体がまるでアイスキャンディーみたいだ。甘い匂いをさせて。誘うようだね。パパは夕食をとったばかりだから、ちょうどデザートが欲しいなって思ってたんだよ。お前はパパのお菓子だね。じゃあ……遠慮なく頂こうかな」
「や……っ……あ、あぁ……っ!」
そう言ってマジックは、長身から身をかがめると。
シンタローの曝け出された太腿に、そっと唇を寄せた。
ぎしっとスプリングが鳴って、ベッドは二人分の体重を受け止めている。
シンタローは肌を総毛立たせた。
ぞくぞく、ぞくぞくと、相手の濡れた舌先から、全身に痺れが回っていくかのようだった。
「ん……んん……っ……」
「甘いね。アイスキャンディーなシンちゃんは……」
「はぅ……あ、あう……」
大きく割られた太腿の、感じやすい付け根の部分を、執拗に舐められている。
粘ついた甘い液が、マジックの舌で舐めとられて、その跡にはじれったい快感しか残らない。
どうしようもないもどかしさばかりが、肌を刺激するのだった。
「おいしいよ。それにここから、まだまだ甘い汁が零れてくる……凄いね」
すうっと赤い舌先を、太腿の付け根から膝の裏側にまで滑らせながら。
マジックは、シンタローがその場所に咥えたままの木の棒を、つんつん指先で弄った。
「ふ……あん……っ」
こぽっと空気の入る音がして、シンタローのその狭い入り口から、内部で溶けたまま塞き止められていた青い液体が、零れ落ちてくる。
とろとろ、とろとろと、また甘美な香りがその場所に立ち込めた。
「ほら、こんなにいっぱい……お前の一番奥で、甘い泉が湧いてる」
マジックはそれを舌に絡めては、吸い付く淫らな音を立てては、シンタローの肌を愛撫していく。
木の棒を揺らし、あとからあとから液を溢れさせていく。
おいしい、という言葉の通りに、シンタローを食べていく。
「うっ……あ……あぁ……」
「ま、泉というなら、こっちもだけれどね。とっても、辛そうだ」
そう他人事のように呟いた金髪の男は、随分前から緊張したまま、透明な水を垂らし続けているシンタローの性器を。
初めて、ぺろりと舐めた。
「やっ……! あ、あああっ!」
その突然の直接的な刺激に。
我を忘れて、シンタローは、腰を浮かして背筋を突っ張らせたのだが。
「ぐ……」
同時に、締め付けられた首の黒革が、ぎゅっと締まって。
息を詰めて、すとんと浮かした腰を落とし、シンタローは。
しばらくその苦痛に耐えた後、我慢できずに、そんな自分の様子を観察してるマジックを睨みつけた。
「ア、アンタ……こんなコトして楽しいのかよっ!」
声が掠れて、身ばかりか、心まで擦り切れそうだった。
身体も気持ちも、嬲られて遊ばれている。
何が私のお菓子だ、アイスキャンディーだ。
俺は、アンタにとってそんな存在でしかないのか。
悔しさにシンタローが喉をひくつかせると、首筋に食い込んだ黒革の、きつい感触がして。
また切なくなった。
「こっ、こんなコトして……俺をいじめて、楽しいのかよ……」
この男の前では、泣きたくなかったのに。
一人で放置されていた時のように、みるみるうちに涙がシンタローの黒瞳に盛り上がり、ぽろりぽろりと、零れ出す。
相手は無感動な様子をしていたが。
ふと、口付けていた太腿の内側、柔らかい肌から唇を離し、シンタローと視線を合わせてくる。
やっぱり冷たい瞳だと、シンタローは感じている。
「楽しいよ。お前と遊ぶのは、楽しい」
そう呟く低音が聞こえて。
同時に、今度は性器のくびれを、指先でかすめるようにされて。
シンタローは、身体の芯に電流を走らせ、身を震わせ、その瞳からも下半身の泉からも、涙を零す。
「やっ……もうやめ……あそ、遊ぶって……」
本当に感じやすい身体を玩具にされて、遊ばれて、いたぶられているだけみたいだった。
相手の手の平がやはり悪戯するように、軍服の裾から脇腹を撫で上げてくるのに、シンタローは切なげに眉をひそめる。
じくじくと疼く熱、ひりついた肌は、もうすでに限界だった。
「そうだよ、遊んでるんだよ。お前と遊ぶのは楽しいな、シンタロー」
「あっ……く……う、ううっ……」
「愛してるから、楽しい。お前だから、楽しいんだよ」
「く……う、ううっ……こんなの、ちが……違……」
「違うって何が? 何も違わない。愛してるよ。シンタロー……」
絶対に、この男と俺の世界は違うと、シンタローは熱い息を吐く。
何から何まで噛み合わないのが、悔しい。
愛してると、その台詞が、辛かった。
これがどうしようもない俺たち二人の関係なんだと、シンタローはもう何度も繰り返した苦い味を、飲み込む。
喘ぐ。
甘くなんかない。俺一人が、苦い。
そして、悲しかった。
「愛してる」
そうマジックは、陶然としたような表情で呟いて。
再び、シンタローの屹立した中心に、愛しげに口付けた。
ちゅ、とまた音がした。
この時シンタローは、もう首が絞まったって、息ができなくなったって、いいとまで感じてしまった。
このまま高みに昇り詰めることができるのなら、死んだって、いい。
何故かその瞬間は、そう感じてしまった。
だから。
込み上げてくる快感に。
「ん、あ、ああっ……」
シンタローは思い切り首をのけぞらし、背筋と脚を突っ張らせ、飲み込んだ息に喉を鳴らす。
それを見た青い目に光が宿って、その瞬間シンタローの首に巻かれていた黒革が、音を立てて弾け飛んだ。
「あっ……ああああっ……」
腰を震わせて、シンタローは下肢から白いものを吐き出した。
……この、部屋一杯の甘い香りが、厭わしい。
芯をなくしたようにシンタローの身体は、ぐったりとシーツの上に投げ出されている。
首の拘束はなくなったものの、いまだ両腕は背後で縛られたままで、すでに感覚がない。
「……ん……」
シンタローは気だるげに身をよじった。
自分でも、信じられないことに。
放出しても、身の内に篭る熱は、酷くなる一方だった。
じくじくと疼く。その場所が。最奥。
その場所が、変わらずシンタローを苦しめている。
……俺の、一番恥ずかしい場所。
その耐え難い蠢きは、性器から放っただけでは、すでに満足できない身体にされてしまったのだということを、冷徹にシンタローに教えていた。
全てを見透かしたような目をした男は、ベッドに腰掛けたまま、そんな自分を見つめている。
少し時間が経って。
シンタローの激しく上下していた胸がおさまり、苦しい息が、緩やかな、しかし、じとりとした熱を持つ息に変わった頃に。
「さて。シンタロー。パパにお願いすることがあるんじゃないのかな」
男の薄い唇がゆっくりと動いて、言葉を紡ぎだしたのが。
まるで予定調和のようで。
「……!」
シンタローは身を強張らせる。
心が予期していたことだった。そして身体が密かに待っていたことだったのかもしれない。
また最奥が、ひくりと物欲しげに疼くのがわかった。
相手の声、顔、目、身体、その纏う雰囲気全てに、自分のその場所が、反応していた。
自分の奥は、まだ木の棒を咥え込んだままで、それだけに物足りなさにずっと喘いでいるのだ。
いやしい。シンタローはまた泣きそうになる。俺のこの場所は、いやしい。
こんな、男に。
「言ってごらん……? 私は優しいから。ちゃんと口に出してお前が言ってくれたなら、何でも与えてあげるつもりなんだけれどね」
「……くっ……」
その表向きの優しさに、シンタローは目を伏せ、思わず腰を浮かしてしまった自分に、また悔しくなった。
「お前のためなら、なんだって。私はなんでも、してあげるよ……?」
声が、鬱蒼と響いている。
「私にして欲しいこと。言ってごらん、坊や」
シンタローは目を伏せ、悔しげに歯を噛み締める。
自分の舌が、凍りついたようだった。
なのに。なのに、身体は。
……熱い……
「ほら……? なに?」
マジックの声が響く度に、身の内の熱はますます疼きを増し、うねりを増す。
それはまるで最奥から身体の隅々まで毒が回っていく感触のようで、不快であるのにどこか甘美で、危険な甘さを秘めていた。
身を委ねそうになる自分を、必死に引き戻す。しかし精神が持つのも、時間の問題だと思われるのだった。
そう、放出した後の鈍い身体に、それはまさに毒。
悪い、駄目、取り込まれてはいけない、危険。でも甘い。その誘惑。
……耐えられない。
強い風に吹かれて散りかける花のように、シンタローは不安気に震えている。
そのシンタローの様子に、マジックは口元を綻ばせる。
「こんなに濡れた瞳をして。赤い唇をして。今日、団員の前で見せたのは、ここまでじゃなかったよね。この顔は、私だけしか見ることができない顔だよね。懇願する一歩手前の顔だよ。表情だよ。強気なお前が一番魅力的になるのは、その鼻っ柱を折られて、捻じ伏せられるその時さ。今だよ。シンタロー。さあ、パパにおねだりしてごらん。お前は私に従うしかないんだよ。可愛くおねだりして、すがってごらん」
簡単な一言を口にできないシンタローを、その甘い液と吐き出したもので汚れた肌を、マジックは面白そうに眺めている。
シンタローにとっては、その彼の声が、視線が、存在全てが厭わしかった。
声を聞くだけで。視線を投げかけられるだけで。そこに、近くにいるだけで。
俺は――俺の身体は。
そう肌を震わせながらも、シンタローはその誘惑に負けるもんかと、黒い瞳を切なげに揺らめかせる。
またぞわぞわと、ぬめった生き物のように愉悦への痺れが、シンタローの背筋を通り抜けていった。
「……ん……っ……くぅ……」
それでも何も喋るまいと、懸命に口は引き結んでいたのだが。
「上のお口は頑張って閉じているのに。なんだか下のお口は、物言いたげにピクピクしてる……」
そうマジックに執拗に観察されて、揶揄されてしまえば、それは羞恥にしか繋がらなかった。
「シンちゃんの身体はね。凄いね、この姿を、団員たちに見せてやりたいよ。見せた後で、順繰りに殺していきたい。彼らも本望だろうね。彼らの尊敬する総帥が、上半身だけに軍服を着たままで。下半身は生まれたままの姿を晒して。白、ピンク、青のべとついた液や、自分が出した白いいやらしい液体にまみれて……そしてこんな場所には。こんなものまで、咥え込んで……」
マジックはすっと手を伸ばすと、いまだシンタローが最奥に咥えたままの、木の棒を。
わざとゆっくり、抜いた。
つうっと薄い糸が引く。
「……はぅ……」
唇の端から、シンタローは脱力するような溜息を漏らしたが、同時に、それが抜かれるのを嫌がって、自分の内壁がきゅっと収縮したのにも、気付いてしまっていた。
とろとろと蜜の残滓が、後腔からはまた一筋つたっていった。
内腿の肌がまた粟立つ。
自分の表情が、情けなさでくにゃりと歪みそうになって、シンタローはそれを慌てて堪える。
何よりも、その自分のあさましい姿を、マジックに見られているということが、耐えられなかった。
ずっと咥えていたものを抜かれたことで、シンタローのその場所は、喪失感を覚えている。
疼く。そこが、疼いて仕方がない。
熱い。熱くて、ぬるついて、淫猥に蠢いて、ひくついている。
ここに。もっと熱いもの。硬いもの。大きいもの。あんな木の棒なんかより、もっと、俺を支配するもの。
ここに、最初からそのために作られたみたいに、ぴったりと嵌め込まれるもの。
それが。俺は。ずっと。
欲しくって、たまらない……
ぐるぐると渦巻く思考。混迷し溶けてしまう理性。
熱い吐息に震えるシンタローの瞳の中で。
抜いたばかりのキャンディーの棒を、マジックはぽいと投げ捨てた。
そして唇の端をあげて、また言葉で。視線で。その存在感で。
シンタローを責め始めた。弱い心につけこみ、誘惑してくる。
マジックは静かにベッドに体重をかけ、投げ出されたシンタローの身体に、近付いてくる。
その影が、シンタローの肌に落ちる。
至近距離で囁かれる。
俺を喰らう獣みたいだと、シンタローは感じている。
「お前が悪いことをしたら、私だって酷いことをするよ。お仕置きをね。でもね……お前が、いい子にするのなら。私は、何だってしてあげる。お前のためなら、なんだってしてあげるよ。欲しいもの。言ってごらん。お前は今、私に何をして欲しいの」
「……く……うっ……」
「可愛いね、シンタロー。もっと可愛いって言ってあげる。だからね。もっと可愛いこと、言ってごらん。反抗するのも可愛いけれど、その後に素直になるお前は、もっと可愛いのだから」
「……あ……」
シンタローの唇は、微かに動き、また止まる、そのことを繰り返している。
胸の鼓動が激しくて、どきどきと波打ってきて、もうまともに物事を考えることなんて、できやしなかった。
はあはあと喘ぎ混じりの吐息が、マジックの責める声に重なりだす。
早く楽になりたくって、気が狂いそうだった。
だから。
シンタローは。
ついに、こう口にした。
「……して……」
「何を?」
すぐに、そう冷たく聞き返されて。
シンタローは、ますます涙目になった。
断続的に息をして、頬がかあっと一層熱くなって、身体が蕩けそうになった。
冷たい青い目が。それでは許さないと、物語っている。
シンタローはもう一度唇を噛み締めた後。またたまらなくなって、口を開く。
「……」
「なに? 聞こえないよ」
相手の言わせたがっている言葉。でもそれは。
そしてそれは自分も欲しいものであるのだと、反応する身体に身悶えする。
じんじんと疼く最奥は、シンタローの意識を苛み、焦がす。
でも。でも。俺は。
その誘惑。
でも。でも。ここで負けちゃ。
「あっ……は、あ……っ!」
その瞬間、マジックの悪戯な指が、再び立ち上がりかけたシンタローの性器の先端に、爪を立てた。
シンタローはビクッと雷に打たれたように身を震わせ、その刺激で最奥の淡く色づいた入り口が緩んで、また粘ついた液を零した。
その液が、肌を辿っていく。
葛藤を、シンタローの強がりを、塗り潰していく。
でも。
「……が……いい……」
「何がいいの? もっと、はっきり」
「……ん……」
意地悪だ。意地悪。大嫌い。アンタなんか大嫌いだ。
俺は。俺は。
「何がいいのかな……?」
最後にそう聞かれた時。
シンタローは、か細い声で、やっと口にした。
大嫌いだと強く感じた瞬間。その言葉が、自然に飛び出していた。
「キスが」
アンタなんか大嫌い。
「キスが、いい」
そう言った後、シンタローの頬はこれ以上ないというくらいに赤く染まって、その黒い瞳には、マジックの意外そうな顔が、映った。
BACK:4■HOME/裏■NEXT:6