大人たち

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 ……第四コーナーから直線コースに入りました!
 先頭は粘ってメガンテホイミ。メガンテホイミ! メガンテホイミ! 
 馬なりにトルネコメデューサ! トルネコメデューサが馬なり! そして一馬身か。先頭はメガンテホイミ!
 外からハグレポセイドンがやって来た! ハグレポセイドン! ハグレポセイドン! 上がっていく!
 三馬身! どんどん差を詰めていく!
 大外からデスピサロモドキがやって来た! デスピサロモドキがやって来た!
 間からヒトクイアテネ! ヒトクイアテネ! ヒトクイアテネ! 後ろにトルネコメデューサが控えている!
 さあハグレポセイドンが先頭か! ハグレポセイドンが先頭か! 
 メガンテホイミは、おっと最後方に下がっている!
 追い込みデスピサロモドキ! ハグレポセイドンか! デスピサロモドキ! 
 デスピサロモドキが、ゴール、イン!
 両手を挙げてガッツポーズ! 勝ったのは……。
 ガコン!
「だ―――――ッ!」
 宙に浮いて、三回転半。蹴り飛ばされて、派手な音をたてて転がるラジオ。
 ぱあっと。
 今この瞬間、ただの紙切れになった白い馬券が、青空に舞った。



大人たち




 また、本部にサービスが来たという。
 立ち入り禁止の屋上のフェンス越しに、軍用空港で飛空艇から降り立つ弟を、ハーレムは煙草をくゆらせて眺めていた。
 空は青い。その青さに向かって、彼は息を吐き出す。白い煙は円を描いて立ち昇っていく。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 だらしなく投げ出した足元には、ざらざらと砂をこすりあわせるような音を立てるラジオ。ただ周波がずれただけなのか、本格的に壊れたのかはわからない。
 そして空いて転がる幾本かの酒瓶。吸殻。つまみの空き袋。くしゃくしゃになった競馬新聞が音を立てる。散らばるハズレ馬券。
 現在、軍は交戦国とは小康状態にある。
 寄せる波のように戦争とは生きた動物だ。ある時は苛烈を極め、ある時は息を潜めて次の獲物を待つ。
 そんな雌伏の時期。
 風の止んだ凪。
「はぁーあ……つまんね」
 大きな欠伸。
 つまりは、相変わらずなハーレムだった。



 自分とサービスは、あの次兄の葬式以来、なるべく顔をあわせないようにしている。
 すれ違ったり、たまたま同じ場所に居合わせたりすることはあるが、口はきかない。視線も合わすことはない。
 特に最初の数年は、消息さえ絶っていたサービスであるが。
 今、ハーレムはその姿を見て、小さく呟く。
「来たかよ、サービス」
 すると、そこに黒髪の少年が駆け寄っていくのが見えた。ここからは表情までは見えないが、きっとサービスは微笑んでいるだろう、という確信が彼にはあった。
 あの事件以来、抜け殻のようになっていた双子の弟が、こうして、笑うようになった。
 へへ。ナンか、すげーな。
 ハーレムはその光景に、にやりと笑った。乱暴にかき回した髪が、太陽の光を浴びて金色にきらめく。
 あんなコトがあったのによ。
 自分たち兄弟が、胸に一物抱えながらも、もう一度つながりを持つようになったのは、あの黒髪の少年、シンタローの御蔭なのだ。
 俺も……実は、そうなんだよナ。



 十数年前。
 長兄との決別の後、前線へと身を投じていたハーレム。
 当然のように酒量が増える中で、耳にした、種々の噂。
 このところ、その長兄が日本に入り浸りである、という話。
 日本支部は元々、対アジア方面攻略の基点として支部内でもその重要度は高かったが、何故か本部を日本に移すという噂まで出ているらしい。
 すわアジア攻略もいよいよ佳境に入るなとか、日本に重点を置くのはフェイクで真の狙いは中東だとか、果ては本部に粛清対象者がいるらしいとか、まあそんな無責任な憶測。
 自分は心配になって、本部の顔なじみや本邸の使用人に連絡を取ってみたが、確かにマジックは、そこにはほとんど戻ってはいないらしい。
 日本に、行ったきりなのだという。
 短い休暇に、とうとうハーレムは日本へと足を向けた。
 あの小造りの家。日本庭園のある家である。
 恐る恐る様子を見に行ってみると、そこには予想もしない光景が広がっていた。



『……兄貴……』
 部屋一杯に広がるおもちゃの山。積み重ねられたカラフルな包装紙と箱。ふわふわと風に揺らめく白いカーテン。
 その中で、兄の総帥はビデオ撮影中だった。
 よたよたと歩いている黒髪の幼児を、彼は床に這いつくばりながら、一瞬でも逃すまいとレンズで追っている。
 戸口で呆然と立ち尽くす自分。
『……兄貴……』
『おっ! ハーレム! いい所に来た! 今ねっ、シンちゃんがねっ、たっちして歩いたんだよっ! 何と1m20cm! 新記録樹立だっ!!!』
 ナンだっっ!? コレは何が起こったんだぁ?
 状況が把握できない。
 つーか。
 ……悩んでいた俺は一体。
 ……っていうか、兄貴は一体。
 ……ってゆうか、あの俺の一世一代の決別は一体。
『いやあ、昨日は1m5cmだったんだけどね? まったく子供の成長は早いよ……あれれれ、まだシンちゃん歩こうとしてるのかナー、なんて頑張り屋さん! よーしよしよし、ちょっと待ってね! ほら、ハーレム、何ボーッとしてるんだ! お前も手伝いなさい!』
 訳もわからず無理矢理ビデオ撮影を手伝わされるハーレムだった。
 編集作業中も延々とその成長について話を聞かされ。
 すでに取り溜めてあるビデオを延々と見せられ。
 そして今晩はカレーだよ、お前も食べていきなさい、と言われたので。
 その仕度の間に自分がシンタローの相手をしていたのだが。
『パパー』
『はぁい なぁに、シンちゃん、パパだよ!』
 シンタローが呼ぶ度に、キッチンからフリルのエプロン姿のマジックが顔を覗かせる。
 ウキウキワクワクで笑顔全開。
 つうか、兄貴は、いつの間に語尾にハートマークがつく人間に。
『……』
 しばらく自分は立ち直れなかった。もともと家庭的ではあった人だが、それとはもう次元が違う気がした。
 子供用に恐ろしく甘く味付けされたカレー。柔らかくするためだろうが、ジャガイモなんてドロドロに溶けている。でもしっかりタマネギは入っていて。
 というより、溶けた残骸の繊維が。
『こら! ハーレム! タマネギを残すんじゃない! 本当にいつまでたってもお前は……』
『おぉらぁ、はーえむ! はーみゅ!』
『ああっ! ほら、シンちゃんがお前のコト呼んだよ! んもう、パパのマネしちゃってっ! 返事しなさいハーレム!』
『……ハーミュって……』
『ねー! シンちゃんは全然パパのカレー残したコトないのにねー。ハーレムおじさん叱ってやって! シンちゃんっ』
『はーみゅ! はみゅはみゅ!』
『わあ、ハミュハミュだってさ! シンちゃんがそう言うんなら、明日から総帥命令出しちゃったりなんかして、ハーレムの登録名はハミュハミュにしちゃおっかな』
『……』
 これは以前と同じ自分の兄だろうか?
 俺、目が覚めたら酒場で居眠りしてましたってオチじゃないよな?
 ハーレムは深く脱力する。
 兄貴……大丈夫かよ?
 アンタ、頭打ってたり……してないよな?
 どっかで入れ代わってたり……してないよな?
 壮絶なダメージを受けた自分だったが、流石にこれも続くと否が応でも慣れる。
 当初は何の気まぐれかと思ったが、これが同じテンションのまま十年以上も続いているのだ。



 複雑な気持ちはあったが、今はこうなって良かったと感じているハーレムである。
 表面的には兄は変わってしまったが、おそらく本質的な所は何も変わってはいない。
 ただ何事も極端で完璧な人だから、思うところがあると極端に流れるんだろうとは思う。
 マジックが本当は何を思っているのかは、自分にはわからなかったが、それはいつものことである。
 わかっているのは、シンタローの存在によって自分もサービスも、兄の所へ戻ることが出来たということだ。
 当時、二度と彼とは元の関係には戻れないのかも、とまで覚悟していたハーレムだったが、あの別離の時に叩きつけた言葉も、何となくウヤムヤのままになっていて。
 現在も自分とマジックは普通に会話を交わしている。
 しかし兄が、何も特別なものを持たない子供に愛情を持って接しているという事実は、彼の胸の奥のわだかまりを溶かすには十分だった。
 ナンだよ。
 ……兄貴、俺、冷たい人よりもこっちのアンタの方が好きさ。
 こっちが本当のアンタに近いんだよな? あっちは俺の誤解だったんだよな?
 その、いわゆる優秀じゃあなくっても、アンタはこの子を大事にしてるんだよな?
 ……良かった。
 何がキッカケなのかよくワカんねーけど……。
 ま、兄貴、異様に幸せそうだし、な。
 随分イっちゃってるけど、見た感じはちゃんと家族やってるじゃん。
 シンタローも、特に最近は変わった愛に反発してはいるけれど、普通に可愛い甥っ子だし。
 ハーレムは彼の直感で、シンタローに自分と同じ匂いを感じている。
 いや、おそらくは、彼は自分とサービスの中間。
 良くも悪くも、他人に様々な感情を抱かせるマジックに対して、自分とサービスの両方の気持ちを持っている少年。
 だからその顔が笑っているかどうかが、自分たち二人はとても気になるのだと思っている。勿論サービスの気持ちは聞いたことはなかったが、おそらく自分と似ているのではないか。
 でも、あのガキんちょも、そうやって兄貴に反発したり色々やっていられるのが、何だかんだで幸せなんだよな。昔の俺たちみたいに。
 俺だって……きっとサービスだって、それ見てるといい感じで安心すんだよ。
 アイツがここに来るのも、それが見たいせいさ。
 グンマだって、あの高松に溺愛されて、まああれはあれでいーんだろーし。
 しかし、アイツら……なぁ……。
 アイツらもアイツらで、ナンか妙なんだけど。
 ま、今ンとこは幸せなら、それでいーやと思うハーレムだ。
 しかし一つだけ、心に陰を落とすことがある。
 グンマが亡き兄に似てくることは、血のつながりがあるから不思議ではなかったが。
 シンタローが、年を経る毎に、もう一人の死んだ人間に似てくることだ。
 血のつながりなどある訳もない、むしろ対極に位置する、赤の人間に。



 ――ジャン。
 彼は素朴に考えたことがある。
 死んだあの男が、シンタローの母である女と、情を交わしていたのではないかと。赤のスパイは青の和を乱すために、それぐらいのことはやりかねない。
 だが兄がその可能性に気付かないということは有り得ないし、その事実があれば最初から何らかの処置を取っていただろう。
 あの冷たい、溺愛以前の段階で。
 それをしないということは……ただの偶然……なのか?
 しかしシンタローの目鼻立ちは、彼に瓜二つだった。
 一族でただ一人の、黒髪黒目の子供。あまりにも、あからさまな、その出生への懐疑。
 兄によれば、であるが、シンタローが黒髪黒目に生まれついた原因はいまだ不明だという。
 さらに一族の者の目には、シンタローが秘石眼を持たないことは歴然としていた。
 何より、ハーレムは、彼からは青の力を感じない。同族であれば感応するはずの、波動自体がシンタローには存在しなかった。
 そんな人間が、総帥の一人息子であるのだ。兄がそう決めれば、一族の跡継ぎとなる。
 噂を流したり陰口を叩く者は常にいたが、それに気が付く度、自分は思いっきりブッとばしてやっていた。
 俺に見つかっただけ、そいつらは運がいい。
 兄貴に……見つかったらどうなるか。
 ハーレムは、その溺愛の裏の怖さにも気付いていた。
 ちょくちょく日本に足を運び、顔を見るついでに――こっちが本命かもしれなかったが――兄に小遣いをせびっていたハーレムであったが。
 一瞬、驚きで心臓が止まりそうになったことがあった。
 シンタローが小学生ぐらいになった頃だろうか。
 折角、自分は家に足を運んだが、兄は留守だった。
 何の気なしに子供部屋に行くと、一人シンタローがいて、しきりに古ぼけた砂時計を、ひっくり返しては遊んでいた。
『……!』
 すぐにわかった。
 あの砂時計だ。
 かつて士官学校と軍合同の訓練試合で、試合放棄したあの赤の男を煽るために、自分が持ち出したあの砂時計。
 確かその諍いを仲裁しに来たマジックに預けたはずだった。
 それが今、シンタローの手の中にある。
 そのまま黒い瞳で自分を見る。
 デジャヴ。
 重なる面影。
『……ああ、なぜかあの子はあれが好きでね』
 それとなく聞いてみると、兄はそう答えた。
 その表情に変化はない。
 何の気なしに置いておいた所、シンタローが気に入ってしまって離さなくなったらしい。
『……』
 マジックは自分の顔を見る。
『何だ』
 口には出さないが、きっと兄は自分の不安を理解している。
 彼の返答によっては、また自分は悩むことになる。
 ハーレムは、良きものであってほしいと願う兄と子供との関係に、赤の影が落ちることを恐れた。
 死んでからも、あのスパイは、俺たちを乱しやがる。
 サービスの片眼を奪った、憎い許せない男。
 もしかしたら、これが前触れで、何かまた嫌なことが起きるのかもしれねェな。
 だけど、そんなこと。
 そんなこと、俺たちの気の持ちようで、ナンとでもなるもんだよな?
 現にあの子は、あんなに、いい子だよ。
 大人たちの……勝手な大人たちの都合に、巻き込んでいい子じゃねぇよ。
 アンタは……兄貴、アンタはどう思ってるんだよ?
 しばらく沈黙が続いた後、マジックは自分に、こう言った。
『シンタローはシンタローだよ』
 そしてハーレムは嬉しくなったのだ。



「へへ」
 錆び付いたフェンスに、ハーレムは体重をかける。ぎしっと鈍い音をたてて、それはしなる。屋上から見渡す空は、からりと晴れていて青かった。
 ……サービス。
 あいつには、本当はシンタローのことをどう思ってるかなんて、自分は聞けやしないが。
 サービスにも複雑な所があるだろう。
 だが、それを乗り越えていて欲しいと自分は思う。シンタロー自身を叔父として慈しんでいるのであって欲しいと思う。
 シンタローは彼に相当懐いている。
 どうやら、お前は『いいおじさん』で、俺はお年玉もくれない『悪いおじさん』らしいけどナ。
 いい子悪い子の、ガキ時代の繰り返しを見てるみたいさ。
 でも、俺、今はあの子にそんなコト言われても、楽しくってしょうがねーヨ。
 悪い大人ってのも……カッコいいじゃん?
 今はそう思えるようになった。
 なァ、サービス。俺たち、もうあの時みたいに子供じゃないんだしな。
 時が過ぎるのは早いよ。あっと言う間さ。
 俺たち、イイ年した大人になっちまったよ。
 気持ちは煤けてひねくれてきても、未だにあの背中に追いつけなかったり走ってばっかりで、外側から見たら何にも変わってないのかもしれねーが、な。
 ……兄貴は俺たちがナカナカ追いついてこないから、余裕こいて遊んじまうようになっちまったよ。
 アイツ、遊びすぎ。後ろから追って来る俺たちを、てんでバカにしてやがる。
 ウサギとカメの童話の、ウザギみたいなもんさ。
 ルーザー兄貴が生きてたら、今のマジック兄貴を見て何て言っただろう。
 やっぱり『遊んじゃダメです』ってあの美しい顔でたしなめるんだろうか。
 それとも『たまには遊ぶのも結構です』って笑って言うのかな?
 もうどっちなのか、永久にわかんなくなっちまったけどよ。



 ああーあ。死ぬヤツは、もうごめんだぜ。
 何したって死なないヤツが、俺の好み。俺よりも生き残るタフな奴。
 そんなヤツに、会いたい。
 ハーレムはもう一度、目を細めた。
 遠くに仲良く並んだサービスの長い金髪と、シンタローの黒髪が見える。豆粒のようだ。
 例えカメだっていいじゃんかよ? 悪い大人で結構。
 それが俺の生き様。
 確かに色々あったさ、俺たちにゃあナ。
 でもよォ、俺はまだまだ走るし、追いかけ続けるぜ?
 今に見てろヨ?
 遊んでるコト、アイツに後悔させてやるよ。
 遊びすぎて油断してたら、俺が総帥の座、かっさらってやるよ。
 だからさ。生き残ったからには……幸せになろうぜ。辛くたって、前を向こうぜ。前を向いて、何とか、自分の道を……。
「……お前も頑張れよ、サービス」
 煙草の煙が立ち昇っていく。



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「高松。もう一度聞くが、それは擬態ではないのか」
「やれやれ、私のグンマ様への愛情までも疑うんですか? サービスは」
 年に数度、サービスは本部を訪れる。長兄に一言挨拶をした後、自分はこの士官学校医務室に立ち寄った。
 高松は現在、週に二度この場所に詰めているという。一族の主治医として、シンタローの入学と同時にそういうことになった。
 これとは別に、研究所の仕事までこなしているというから、それなりに多忙であるはずなのだが、目の前の男は、相変わらずの余裕綽々だ。
 そして、この部屋も相変わらず、白くて無機質だ。清潔なだけの空間。今は薄いカーテンのかかったベット。
 何も十数年前と変わることはない。
 長く見ていると、ぼんやりと過去の声が聞こえてくるようで。
 この場所に寝ていた男。そして自分に悲しそうに呟いた男。
『サービス……ごめん』
 一瞬でその声は白さに滲んで消える。
 彼は長く伸ばした金髪を、うるさそうにかきあげた。
 自分はもう、何もかもを捨てたはずであるのに。長年、わずかに身体に残った青の力さえも、ほとんど使ってはいない。



 サービスは二人の子供たちの前では、力を使うなと言われていた。
 青の力に反応して、子供の持つ力が暴発する可能性がある、というのだ。
『暴発の怖さは、お前が一番よく知っているだろう?』
 そう言った長兄。
 しかしサービスはその言葉の奥に、別の真意があることには気付いている。恐らく、兄もサービスがそれに気付いていることなど知っている。
 彼は、シンタローに青の力を見せることを嫌がっている。その存在さえも知られることを恐れている。そして、グンマの力が目覚めることに、不安を覚えている。
 黒髪黒目のシンタローとは違い、金髪碧眼、まごうことなく青の一族の特徴を満たしたグンマは、その左目を秘石眼に生まれついている。誰も口には出さずとも、一族ならば、それは血で感じ取れることだった。
 ただ、どうしてかグンマからは感応する力は弱い。
 かつて、優秀な一族を生産しようとした優生学至上主義の時代には、このような半端な力を持つ子供の先例はあった。
 しかし勿論、グンマがいつか、殻を破る可能性もなくはない。
 片眼を失った自分、ましてや……異端の子であるシンタローよりも潜在能力は高い可能性は十分ある。
 しかしマジックは、グンマの気性や身体能力を理由に、士官学校にも入れない方針だという。
 元々その養育を任されている高松が、継続して教育係を拝命し今に至る。
 マジックと二人の子供たちについて語る時、サービスはいつもその言葉の裏を感じ、いつも密かな喜びを感じる。
 彼は知らないのだ。
 そして、自分と共犯の高松だけは、知っている。
 あの子がシンタローよりも遺伝的特質に恵まれているということは、全く不思議なことではないんですよ、兄さん。
 ――だって、グンマがあなたの本当の息子なんですから。



 14年前のことだ。
 サービスと高松は、マジックが遠征に出ている間、その子とルーザーの息子を取り替えた。
 青の子の出産の負荷のため、母親の一方は死亡していたし、一方は集中治療室に入っていたため簡単だった。なにしろ主治医の高松が共犯だったのだから。
 ――ルーザー兄さん。
 彼は死んだ兄を想う度、胸が締め付けられる。
 あの最後の出陣の前夜、ルーザーはサービスの部屋に来た。かつて自分たち兄弟が彼に贈った香水を返しに来たのだ。
 どうして死にに行くのですか、僕を残して何処に行こうとしているのですか、と思いの丈をぶつけると、彼はうっすらと微笑んで言った。
『僕は出来損ないだからね』
 その最後の笑顔を、サービスはどうしても忘れることができない。
 誰に対して、彼が自分を出来損ないだと感じているのかはわかっていた。
 何でも最初から持っている人。
 あの……僕たちから奪うことしかしない人。
 そしてルーザーの死後、自分と高松の前に追い討ちのように現れたのが、死者の子として生まれた異端児だった。
 ただ、ショックだった。
 自らを出来損ない、と呼んで自分を戦場で処理した兄。その息子までが出来損ないであったなんて。
 ルーザーは、死んでからもマジックに負け続けるのだろうか。
 僕たちは、永遠にマジックに対して敗北者ルーザーである運命なのだろうか?
 そして長兄の子として生まれた、青としては健全な子供。
 その時高松が言った。
 運命は変えればいいんですよ、と。



 復讐。恨み……今となっては。
 自分が長兄を憎んでいるかどうかということは、サービスにとってはどうでもいいことだった。
 彼は、自分が感情の捌け口を探しているだけだということに、気付いていたからだ。
 ただ……マジックは、死に行くルーザーを力ずくでは止めなかった。
 止められなかったことは、自分も同じではあるが。
 マジックなら、最後は止めてくれるはずだと、サービスは心の底では信じていたから。
 サービスは、彼にはその責任があるはずだと考えていたし、それにサービスから見て、マジックは、ごく常識的な範囲内で弟たちを愛しているように見えたからだ。
 父の早世する前も、幼い自分たちの保護者であった長兄だ。中でもマジックとルーザーは、自分の目から見ても仲の良い兄弟に見えた。
 年齢が近かったこともあり、年の離れた双子には見えない部分もあったのだろうが、とにかく、二人の間には、普通の愛情が存在するように、サービスには見えていたから。
 その関係が裏切られたということが、許せない。
 マジックは、愛情というものを、あっさりと割り切ることが出来る人間なのだろうということが、証明されてしまったのだと思った。
 そして、その対象は代用可能で、時には道具、玩具でさえある。
 玩具だから、執着しつつも、飽きたり面倒くさくなれば簡単に捨てる。
 人を簡単に殺すことの出来る人間にとっては、感情の処理など造作もないことなのだろうとサービスは思う。
 ルーザーへの愛情が、こうも簡単に捨てられるものであるならば、マジックの自分たち兄弟への愛情も、簡単に捨てられるのかもしれないということ。
 自分が、真の意味で愛されてはいなかったのかもしれないということが、許せない。
 玩具扱いされていたのかもしれないということが、許せない。
 愛であれ、憎しみであれ、サービスの感情は、常に自分へと還る。



 サービスは、誰かに甘えたいという甘えの欲求を持つ人間でありながら、そのことを認めたくない人間でもある。
 自分の甘えを認めてしまえば、それが満たされない孤独にも気付いてしまうことになる。
 そのことに、耐えられなかった。自分が一人になることに耐えられなかった。
 自らの罪に浸るだけでは、癒されないナルシスの心。泉に映る自分の姿に恋をし、その快楽に浸る。
 唯一、自分が一人の人間として隣にありたいと思えた人は、ナルシスの輪から自分をさらってくれたはずの人は。
 自分が――殺した。
 その喪失感が、サービスの心をますます歪ませる。
 ますます、自分を愛していく。救いのない泥沼に沈み込んでいく。
 ただ、泥沼に沈むのは、一人だけでは嫌だった。



 ……高松。
 ――愛する人の子供を育てるよりも。
 ――憎い人の子供を育てる方がいい。
 そう、目の前の男はかつて自分に言った。
 精神の自家中毒。自らの体内で作られた毒が、自らを侵す。その恍惚。
 私はですね、サービス。
 高松はさらりと言う。
 ルーザー様を死に追いやった人間を。総帥を、恨んでいるんですよ。
 しかし、その表情は常に変わらない。いつも一定の笑みを口元に浮かべている。
 二人が憎んでいたのは、マジックとハーレムの両者であったが、実際に復讐の矛先を向けていたのはマジックだった。
 持たざる者の自分たちは、持つ者から奪いたかった。
 ――恨みとは。
 高松は続ける。
 恨みとは、弱者の感情。その本質は、甘えの心。愛して欲しい、自分を見て欲しいという甘えの感情が満たされない時に、それは生まれる。
 見上げる対象に執着し、憤ると同時に自らを賤しめる心。
 弱者の道徳、奴隷の道徳、ルサンチマン。
 愛と憎悪のアンビバレンス。その相克。痛み。矛盾。混沌。
 それは、あなたたち青の一族の本質なのかもしれませんね。
 古代の神……ヤヌスの双頭のように。



「フフフ……グンマ様ったら……今日も私がここに出勤する際、寂しい、寂しいと駄々をこねられましてねェ? ああっ、全くこの高松がお側にいないと何にもお出来にならないんですから……ッ」
 夢見るように、うっとりと呟く男。
 医務室の椅子が、ぎしりと音をたてた。擦りガラスの窓の向こうで、騒々しい学生の声が聞こえる。
「……」
 復讐のため、子供を取り代えはしたものの、事態はサービスの手を離れ、複雑に進行してしまっている。
 サービスは自分の知らない所で、計り知れない出来事が起こっているのを感じていた。
 まず、この高松だ。
 かつての彼の、ルーザーへの偏愛を見ているかのように、グンマを愛する彼。いや、もっと……その愛は時を経て歪曲している。
 長兄と次兄は、その持つ雰囲気は異なっていたものの、姿形や顔の造作は非常によく似ていた。
 だから長兄の実子であるグンマに、ルーザーの面影を感じるというのも、わからないでもないのだが。
 ただ、過去の高松は、次兄の知性と完璧さに憧れていたはずだ。
 現在の高松が愛を注いでいるのは、グンマの無能さに対してだった。
 グンマを無能として育てる、というのもサービスとの間の了解事項だ。
 そして取り返しがつかなくなってから、兄に打ち明ける。マジックへの、それは二人の復讐劇の第二幕であるはずだった。
 しかし何があったのか、肝心の高松が、突然頼られる喜びに目覚めてしまったのだ。甘えられる喜びと言い換えてもいい。
「何を考えている、高松。初めは擬態だったはずだ。ルーザー兄さんの子供を、お前が表面上愛さないのは不自然だからな……」
 彼がルーザーを敬愛していたことは周知の事実であったので、そんな彼がグンマを愛さないとすれば、傍目からは不自然だった。
 ことに成り行き上、その養育を任されたからには。サービスからも、怪しまれない程度に高松にグンマを愛している演技をするようにと、特に忠告した程だ。
「グンマ様のことですよ、サービス。毎日が楽しいですよ? 薔薇色の人生です」
 しかも高松は子供など、その性格から考えて嫌いであるはずなのに。
 なのに。
 何だ、この溺愛振りは。
 何だ、この豹変振りは。
「知ってます? サービス。知っているという状態は容易に作り上げることは出来ますが、知らないという状態は維持するのが難しい。一度に崩れる。そのバランス、匙加減のギリギリ感が素晴らしい。そしてそのゲームは、私がその何も知らない子供、対象を愛していないと、つまらない。あなたのお兄様だって、多かれ少なかれ私と同じお気持ちではないのかと推察しますがね、どうでしょう」
「……」
 この男の歪んだ気持ちと言葉は、自分には真とも偽とも、判別がつかない。
 そして彼と同類だと言う兄。



 直感でわかる。
 長兄は、愛と憎悪の二面で生きる、自分と同種の人間。しかし表面的にはサービスにその顔を見せてくれない人間。
 だからサービスは、マジックが自分の子が出来損ないだと知った時の、反応を知りたかった。自分の血を分けた子供が、遺伝的劣等であった時の彼の反応を。さすがの兄も驚くだろうか。嫌悪するだろうか。運命を信じまいとするだろうか。
 しかし高松によれば、初めてその子と対面した時、マジックはほぼ無反応であったという。無関心とも言い換えても良いかもしれない。
 サービスの胸には、落胆と同時に、やはりという想いがよぎった。彼は出来損ないであれば、自分の子でさえ関心がない。
 マジックは、一族として利用価値のある人間にしか関心がないのだ。
 自分たち兄弟への愛情も、単なる一族の血への愛情でしかなかった訳だ。
 出来損ないは、捨てられる。
 ルーザー兄さんや僕のように。
 そう失意の内に軍を去ったサービスだったが、数年の内に状況が逆転していたことを知る。
 マジックがどうかしてしまったかと思うくらいに、出来損ないの子を愛し始めたのだ。
 自分たちには予期すらできない出来事だった。



 数ヶ月前に、子供二人の誘拐事件が起きた。
 いや、起きた、とするより誘発させたとする方が正しいかもしれない。
 息子のために何度も派手な対外パーティーを開いたりと、マジックの異常なまでの子煩悩振りは、その道の世界では公然の噂となっている。
 その弱点を狙って、起死回生を図ろうとする者がいてもおかしくはなかった。
 L国を初めとする敗戦国の残党が自軍に潜入しているという情報は、早い内から入手されていたという。
 それを今回の事件に結集させ、一網打尽にするのがその目的だった。
 結果として、一味とそのアジトを芋蔓式に処理することができ、計画は成功裏に終わったのだが。
 ……溺愛しているように見える子供でさえ、兄は、使えれば囮にする。その心境。
 高松は語る。
 勿論、アジトその他の割り出しのためと、安全やら何やらを考えてですね。
 シンタローくんに位置測定器を埋め込んでいた総帥ですが、当たりをつけていた主犯格の男の衣服にも同じものと、盗聴器を仕込ませていたんですよ。
 シンタローくんの衣服は身体検査をされるだろうし。
 あれは歯なんかの固形物内に埋め込んだり、ましてや音声を受信するなんてのは不可能ですから。
 まあ、それで事件のほとんどの顛末は、総帥は把握されていた訳です。
 逐一事態をチェックして、子供たちの身に危険が及べば、すぐに特殊部隊を乗り込ませると仰っていました。
 しかし途中で予想外にシンタローくんが逃げ出したりするから、予定が狂ってお困りだったようですね。しばらく泳がせて、反対勢力を一網打尽にするのが目的だったのですから。
 結局、御自身が出て行ってしまわれました。犯人一味の連絡手段他を押さえて、まあ、結果オーライだったようですね。
 ええ、私もね。
 グンマ様が心配ということで、無理矢理に総帥にお相伴させて頂いていたんですよ。
 軍用車に同上させて貰いましてね。
 森で子供たちがさらわれる時から、助け出される時までの、一部始終を音声で聞いていました。
 色々、楽しかったですよ?
 あの方は御自分の感情を外に出さない方ですから、その内心を近くで推察するのが。
 あの方の混沌と、私の混沌。矛盾とそれに囚われる諦念。
 それを傍観できるということが、私には、楽しくてなりません。
 青の傍観者として、自分もその場に参加出来るということが、興味深くてなりません。



「面白いですよ。私の感情は。ルーザー様のお子はシンタローくんであるのに。彼に感じる、その成長を見守りたいという気持ちと、彼を通して総帥が苦しむのを見たいと思う気持ち。グンマ様に感じる、その成長を慈しみたいという気持ちと、それを阻み粉々にしてやりたいという気持ち。混沌ですよ。愛すべきであり憎むべきである二人の子供たちに対しての。私の中の混沌は、実に面白い……私は、研究対象である青の感情に、一体化してしまっているのかもしれませんね、サービス? 科学者としての参与観察という訳ですか」
 喋り続けながら、高松は、机上の写真立てに見入っている。その中に納められた、グンマの写真。
 彼の言う、愛と憎悪の混沌。
 サービスは心の中で問いかける。
 お前は、本当にグンマを愛しているのか? そして兄さんはシンタローを?
 あの人の感情は……僕にはわからない。親子ごっこ遊びに興じているだけなのかもしれない。
 もしかすると兄さんも、高松と同じように……彼の……面影を持つ者として。身代わりとして、シンタローが次の玩具として選ばれただけなのかもしれない。
 サービスは二人の取り代えられた子供に対する、兄の接し方を思い浮かべる。
『グンちゃんはおバカさんだなあ』
 マジックはグンマを甥として可愛がりながらも蔑ろにし、絶対的下位に置くことでシンタローの価値を高めようとしている。
 彼は、どういう因果か不具として生まれた子を愛する余り、自分の実の子を踏みつけにしている。
 ――その愚かな真実は、僕と高松しか知らない。



「シンタローのためなら、私は何でもするよ」
 そう繰り返す兄。
 何でもしてあげるのに。何でも買ってあげるのに。何でも最高のものをあげるのに。
 ――この人は不安なのだ。
 その極端なまでの様子を目にする度、サービスは思う。
 シンタローのために何かすること。何かを買い与えること。その望みを無条件に聞くこと。
 そのことにより、不安を紛らわそうとしている。
 あの子のためなら、何だって。とにかくそう口に出さずにはいられないのだ。
 マジックの不安は二種類。
 一つはシンタローが実の子ではないのではないかという不安。
 二つ目は、シンタローが自分を愛してはくれないのではないかという不安。
 だから湯水のようにモノを与え、言葉を与え、態度を与える。
 そのことによって、シンタローとつながろうとし、絆を深めようとする。
 だがその絆は目に見えないから、より不安を高めることにしかならない。
 努力すればする程不安になるし、努力しなければ一層不安になる。
 そしてひたすら、繰り返す。
 ――馬鹿な、兄さん……。



 サービスは、マジックにその不安を自分が与えていることに暗い喜びを感じる。
 シンタローを通して彼を支配することができる、その優越感。
 秘密を知っていることと、シンタローが自分に懐いていることが、彼の最後のプライドだった。
 かつての、ジャンがそうであったように。
 しかしサービスは同時に恐ろしさと切なさを感じる。
 自分たちの犯したことが、予想もしなかった出来事を引き起こしているという恐怖。
 もうどうにでもなれという感情の背後に、それは確かに存在した。
 運命を変えようとした自分たちは、逆に運命を変えられたのではないだろうか?
 そして切なさ。
 マジックはその自分の特殊能力をひたすら隠し、シンタローに自分の真の姿を知られることを何よりも恐れている。
 涼しい顔で殺人を犯せるその本質を、シンタローに恐怖されたり、怯えられることに耐えられないのだ。
 不自然な程にその子の前では、情けない人間を演出し続ける人。その弱さ。
 あの強かった兄が、シンタローに関しては平然と弱さを見せつける。
 そのことがサービスを苦しめる。
 自分が心の奥底で、常に追いつこうとし、努力をし、そして負け続けてきた兄。
 常に兄弟たちの前に立ち塞がり、支配してきた絶対者。
 僕たちや周囲の人間に恐れられることは当たり前のこととして、平気だったろう彼なのに。
 なのに、あの無力なシンタローは、ただそこにいるだけでその兄に勝っている。あの強い人を、こんなに馬鹿で弱い人にしてしまっている。
 ……ずるい。
 シンタローはずるいと、サービスは思う。
 ただそこにいるだけなのに。あの子は、たった一人愛されるのが、ずるい。
 兄さん……僕は、あなたには、誰をも愛して欲しくはない。そんな姿は見たくない。
 その愛が、本物かどうかはわからないにしても。例え偽物でも、その愛は、僕には……見るのは、辛すぎる。
「もう、お行きなさい、サービス」
 高松はゆっくりと瞬きをし、ペンを取って机に向かう。自分に背中を向ける。
「お行きなさい。あの子が待っているのでしょう……?」
 そして自分は去る。背後に感じる声。
「面白いですねぇ、実に面白いですよ。だってあの子は、あなたに心酔してるじゃないですか。私たちは、デジャヴの中を生きている。この混沌の世界に、それでも過去と未来をつなぐ一筋の道は確かに存在している……それを感じることが出来るのは、大人たちだけですけどね……どうしてでしょう、不思議ですよ。まるで繰り返しているようですね、全てが……」



 医務室を出、校舎を出、本部に回る。
 サービスは、自分と高松が近しいということは、何故か子供たちには余り意識させたくはなかった。
 それだけが、ささやかな僕の子供への罪悪感。
 本部前の大木の下から、自分の姿を認めて、黒髪が弾けるように駆け寄ってくる。
「おじさん! 用は終わったの?」
 座り込んで自分を待っていたのだろう。期待に満ち溢れた無垢な笑顔。自分は彼の前では、立派で誇らしい叔父の顔をする。
 一度は決別した自分が、またこの場所に足を運ぶ。
 それはこの子の御蔭。元気な顔に癒され、兄に罪と快楽を感じ、そしてその面影に遠い人の姿を見る。
 ああ……お前は、そっくりだね。
 僕こそが、お前を身代わりにしているのだろうね。
 いや、それは……自分の中の真実さえ、僕にはよくはわからない。
『サービス……ごめん』
 遠い声が木霊する。この場所を訪れる度に、全ては歪んでいると、そう思う。
 僕たちは、大人たちは、歪んでいる。



 そっくりだね。
 どうしてだろう、シンタロー。
 その顔は僕の罪のかたち? それとも兄さんの罪のかたち?
 戻らない罪の姿をした子供よ。
 僕がここに来るのは、お前のため。
 お前の姿に、自分の本当の醜い姿を感じたいため。
 馬鹿な……叔父。
 お前が笑うのを見ると、心が痛みで震えて喜ぶ。兄さんを支配しているという恍惚を得る。
 あの人がどんな気持ちでこの顔を見ているのかと、乾いた胸が揺れる。
 そして真実を教える瞬間が待ち遠しい。
 それが、僕の復讐? 生きる糧なのだろうか?
 復讐の後には、糧を磨り減らした後には、僕には何が残るのだろう……?
 ――この子には、何の罪もないのに。








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