できそこない

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 ルーザーの子供が生まれたという。
 マジックは遠征先でその報を聞いた。彼が本部に戻ることができるのは数ヵ月後である。待つ家族がいなければ、現時点での戦略上、本部はあまり帰る必要性のない所だ。
 母親は産褥に耐え切れず死亡したというから、強い力を持つ子供の可能性は高いかもしれない。
 ……今となっては、そのような『強い』一族の生産には嫌悪感さえ抱いているのだが。
 無意識にマジックは、長期遠征には必ず付いてきていたルーザーを呼ぼうとして、やめた。
 馬鹿なことを。
 二週間程して、自分の血をひく子供も無事生まれたという知らせを受けた。
 こちらの方の母親は、一時期危篤状態に陥りICUに入れられたものの、生き残ったらしい。
 よく考えれば二人の女は姉妹である。妹が死んだということを知りながら、マジックの子を産んだ姉の精神状況はどのようなものであったのだろう。
 言葉の一つも送ってやればよかっただろうか。おそらく、少し前の自分ならそうしていた。
 彼は、自分がそのような人間的余裕を失っていることに軽く驚いた。
 しかしそのことも、すぐに忘れた。



 そのまま三ヶ月を戦いに過ごし、マジックが本部に凱旋したのは真夏のひどく暑い日のことだった。
 帰還早々、積載された書類の山に目を通す。
 半ばにまで決済印を入れた頃に、高松が面会を申し込んできていることを聞いた。
「子供のことか」
 彼は書類に目を向けたままで、入室してきた高松にそう言った。
 高松には父親の跡を継がせ、正式に一族の主治医の一人として仕事につかせている。士官学校で奨学金を与えた時点でそれはほぼ決定事項であったし、何よりも死んだ弟がその将来を嘱望していた男である。
 今回の出産に関しても、優生学研究所の息がかかった医者にうんざりしていたマジックは、この若手の高松にそのほとんどを一任していた。
 命を授けた時、彼は静かにうなずき、最善を尽くすと言った。その来訪であるから、子供の話でない訳がない。
 案の定、まだ御子様たちを御覧になっていないのですか、などと言うから、私事は後だと返すと微妙な表情をした。
「子供に異常があるという話だけは聞いている」
 遠征中、子供の目が開いた頃に、その目が一族の特徴を示してはいないようだ、という曖昧な報告だけは受けていた。
 正確な所は自分が見ないと他人にはわかるものではないから、それでいいのだが。
「異常という訳ではないのですが……異例ではあります。まずは御覧になっていただかないと」
 そう言って高松は退室してしまう。
 少々気になったが、まずは仕事を片付けることに専念した。



 消毒薬の匂いが立ち込める白い部屋に、二人の赤ん坊が並んで手足を動かしていた。
「……」
 一人は金髪碧眼。まだ髪は薄いながらも光に透き通るような色をしている。
 青い目がこちらを見て、驚いたようにぐずりだした。
「ああ、ああ」
 高松が慌てて抱き上げる。
 ――問題はもう一人の子供の方だ。マジックの目は、吸い付けられた。
「……何だ、これは」
 思わず声が出た。
 小さな頭に生えているのは、光を反射する柔い黒髪。
 そして二つの丸い黒瞳が自分を不思議そうに見返していた。
「この子はどちらの子だ」
「あなたの御子です。そして私が抱いている方が、ルーザー様の……」
「……」



 血の濃い青の直系の生ませた子であれば、母親が誰であろうと外見的特長が基準をはずれることはない。
 少なくともそんな話は聞いたことがない。
 両眼普通というならまだしも、黒髪黒目とは。
「DNA鑑定は済ませたのか」
「はい。口内粘膜から採取したDNAで、総帥とルーザー様と御子たちの親子鑑定を行いましたが……99%の確率で実子という結果が出ました。母親が他者と性的交渉をもったという形跡もないようです。失礼かと思いましたが、実際に検査もさせて頂きました」
「……」
 あの女にはかなり自由にさせていたが、貞操に関しては全く問題ないという訳か。
 これは少し意外だった。
「じゃあ、この子が私の子か」
 なんの実感も沸かずに、マジックは改めて眼前の赤ん坊を見つめる。
 高松の腕の中の子供は、ずっとぐずり続けているというのに、この黒髪の子は臆する所がないようだ。
 その黒い瞳をよく見ようとマジックが手を伸ばすと、はっしと小さな指でつかまれた。
 なかなか離そうとしない。
 仕方がないので、赤ん坊につかまれたままの右手でそのまま、柔らかい瞼に触って目を大きく開かせる。詳しく調べる。
「やはり普通の黒目だな。なぜ日本人の血が強く出たのか」
 高松に研究を続行するように命じた後、今度は左手で金髪の子供の目を調べてみた。黒髪はまだマジックの右手をいじっている。
 ルーザーの子だという金髪の子。怯えたような仕草。
 ぼんやりとしたその青い瞳は何も映してはいない。
 これもよく見ようと顔を覗き込むと、みるみるその目にまた涙が滲んで、泣き声をあげだした。
「まだよくわからんな。しかし感じる力が弱い……」
 両目であろうと片目であろうと、会った瞬間にだいたいの一族の力は感じ取れるものだ。
 この子からは、微かにしか力が伝わってこない。
 全くゼロの黒髪と比べれば望みはないでもなかったが。
 『実験』と言った弟の言葉が蘇る。
 どうやら、お前の最後の『実験』は成功してはいないようだよ、ルーザー。
 マジックは、心の中で語りかけた。
 そしてお前が強いと言った、私の子供こそが、皮肉にも一番の異端として生まれてきた。
 私のコピーを作ろうとしたら、この姿だよ。
 お前だったら、出来損ないだとでも言うのだろうか?



 高松は何か言いにくそうにしている。
「言いたいことがあるなら早く言え」
「……この子の母親が、自分で育てたいと言ってきていますが……できれば二人共をと……」
 一族の慣習にはそれはない。
 しかしこの黒髪はマジックの子ではあるらしいが、青の遺伝の形跡は今のところ見られず、金髪の方に関しては力も弱く、その父も母もこの世には存在しない。
 一族の基準で言えば、いわゆる価値の低い子供たち。
 ――出来損ない。
 黒髪が、ようやっとマジックの手を放す。そしてまた不思議そうに、彼の顔を見上げている。
「……わかった。どこかの支部……日本支部辺りの敷地内に適当な家でも建てて、そこで育てるといい」
 あっさりとマジックが許可したのが意外だという表情で、高松はこちらを見ている。
 マジックとしては、放置し続けたにも関わらず、死の恐怖に耐えてとにかくも子を産んで生き残った女への、わずかな贖罪の意味もあった。
「なんだ、まだ何かあるのか」
「……名前は、どうなさいますか」
「ああ」
 完全に忘れていた。
 子供に対して興味がない訳ではないのだが、どうも最近の自分はおかしい。
 人に対する関心が抜け落ちてしまっている。
 母親の意見を聞いておいてくれ、と言い置いて、マジックはその場を立ち去った。



 どうせ日本人のような顔かたちをしているのだから、一族の出身地である英国風の名前をつけるのもどうかと思う。
 日本人のことは日本人に任せた方が無難だろう。
 金髪の方も一緒に任せておけばいい。
 そう考えて、やはり自分はこの子たちには関わりたくないと思っているようだ、と一人気付いた。
 この二人は死者を――思い出させる。
 生誕の因縁。そして死者と入れ代わるように姿を現した。金髪の死者は金髪のその子供に、黒髪の死者は私の……。
 その髪の色、まだぼんやりとした目鼻立ちはきっと長く見れば、幻影を浮かび上がらせる。
 去り際、異端の子は、その黒い目で相変わらず不思議そうに自分を見つめていた。





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