訓練試合

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「僕は出ない」
 講堂のステンドグラスを背に、サービスは言った。
 五角形の色ガラスは赤・黄・青・黒に四分割され、それぞれに薔薇・鷲・獅子・鳥がデザインされている。
「えー、どうしてですかっ! 出ましょうよ、サービス!」
「……お前は賭けが目的だろ、高松……」
「ええっ! 面白そうなのに! 一緒に出ようぜ、サービス!」
「お前は何にでも首突っ込みたがるね、ジャン……」
 サービスは自分がこういうお祭り事の対象になるのが嫌だった。
 教科書を胸に抱えなおすと、さっさと歩いて講堂を出る。長い廊下に、放課後の穏やかな風景が広がっていた。
 ばたばたと二人が追いすがってくる。その顔を見ると、ますますうんざりしてきた。



「だいたい期末考査が終わったばかりだっていうのに、どうして自由参加の訓練試合にまで出ようと思えるのか不思議だ」
「まぁったく、省エネ人間すぎですよアナタってば」
「それに高松。お前、賭けなんかやる前に論文とやらは終わったのか? あんなにウルサくやってた」
「よ・く・ぞ! よくぞ聞いてくれましたよサービスッ! 私の論文! アレどうなったと思います?」
「……」
 聞かなきゃよかった。高松の目が爛々と輝いている。
「なんとっ! 提出した翌日にあのルーザー様からお声をかけられたんですッ」
「ええっ! よくわかんないけど良かったナ、高松!」
「ジャン。アナタだけは喜んでくれると思ってましたよ……フフ……これが私の壮大な接近計画への第一歩……フフフ……」
 高松はまだなにやらブツブツ呟いている。
 ルーザー兄さんもかわいそうに、とサービスは溜息をついた。
 それに何だよ、その胡散臭さ極まりない計画は。とりあえず防がなきゃ、と思う。
 高松の父親はかつて自分たち一家の主治医の一人だったことがある。その縁で同年輩だったこともあり、なんとなくは彼のことを昔から知っていた。
 どうやら父親は亡くなったらしく、事情は知らないが高松の家は金に窮するようになったらしい。
 彼が論文を必死になって書いていたのも、元は奨学金を得るためだったはずなのだが、最近では明らかに不純な動機にそれは取って代わられていた。
「あーもう、研究所でもっと詳しく君の話を聞きたい、なーんて言われちゃいましてねっ!!! 全く困りましたよ……明日行くんですよ……いやあ、どうしましょうかね、ハッハッハ……ウフフフ……」
 陶然と夢見がちモードに突入する高松を廊下に置き去りにして、サービスは歩調を速めた。
 くだらないことで時間をロスしてしまった。
 後ろからジャンがついてくる。



 寮の大部屋に着き、ベットに腰掛けた。
 やれやれだ、と溜息をつく。すると向かいのベットに座ったジャンが、遠慮がちに聞いてきた。
「なあ、サービスは出ないのか? やっぱ」
「何に」
「だからさっきの訓練試合。俺はああいうの、ワクワクするけどなあ」
「ホント、子供みたいだねジャンは」
「悪かったなっ」
 ジャンはすぐに赤くなる。からかうととても面白い。
 彼の後ろ頭に軽く寝癖がついていることに気付き、腰を浮かせて手をそっと伸ばして、黒髪を指で触ってみた。
「わっ!」
「寝癖なんかついてる」
「どうせなら朝に言ってくれよ、朝に!」
「だって今気付いたんだからしょうがない」
「わ、コラ、引っ張るなってっ」
 その時、ばあんと大きな音を立てて扉が開いた。
 軍服を着崩した、金色のトラのような男が騒がしく姿を現す。
「おらあ! サービスッ!!! 明日明後日の訓練試合出るんだろオマエッ!!!」
「出ない」
「クッソォ、即答しやがってッっっ!」
「勝手に入ってくるな、獅子舞ハーレム」
「なんだとッ! この帽子脱いだメーテル!」
「あ、あのー、二人とももうちょっと静かに……」
「ジャン、オマエは黙ってろ」
「なんだァ? このトーヘンボクは?」



 すでに野次馬たちが開けっ放しの部屋の外に集まり始めている。
 言い合う双子を、遠巻きにしている。その間に、ぽつんとジャン。奇妙な光景である。
「日本の正月に戻れ」
「銀河鉄道に帰れッ!」
「あの、サービスもシ、シシマイハーレムさんも落ち着いて……」
「てめーが獅子舞言うなッッ!!!」
 どんと突き飛ばされてジャンがベットの上に転がる。
 サービスは細眉をしかめた。ハーレム的には突っ込みのつもりなのかもしれないけど、まったく荒っぽいなこいつ。
 ジャンの手をつかんで助け起こし、双子の兄を睨む。言い放った。
「この野蛮人」
「あアン? そいつがひ弱だからいけねェンだよっ! 大体ダレだよそいつ」
「……クラスメイト。お前には関係ない」
「クラスゥ? メイトォ? ダッセェの! なんだヨ、こんなアホっぽいヤツ」
 あーあ。矛先がジャンに向かい出した。
 サービスが、げっそりしている間に、ハーレムが、彼の胸倉をつかんで顔を覗き込んでいる。
「オマエって何? 何なの? ナンでそんなヘラヘラしてやがんの? あァ?」
「ハーレム、やめろ。ジャンには手を出すな」
「何ィッ! かばってンじゃねーぜサービス! オマエに友情ごっこなんか似合わねーよっ!」
「あ、あのー」
「お前はしゃべンじゃねーッ! このコバンザメッ!」
 サービスはこれにカチンときた。
 ハーレムとジャンの間に割って入る。双子の兄の目をきつく見据えた。
「言っておくけど……ジャンはお前より強いよ」
「な、な、な、なあんだとオォォォッ!!!」
「あ、あのー」



 台風が去っていった後は、水を打ったように静かだった。
 野次馬たちもパラパラ去っていき、往生際悪く残った数人が遠くからこちらを窺って何か話をしている。
「……サービス……」
「悪かった、言葉の綾だ」
「……だからって」
「応援するから」
「だからって」
「やあやあ、聞きましたよー、ジャン!」
 爽やかな笑みを浮かべて、高松が入室してきた。揉み手をしている。
「まずは明日の予選、頑張って下さいネ! さァ私も忙しくなりますよッ! 下馬評操作してオッズを調整しないと……私の作戦ではサービスとジャンを同時出場させて、サービスが不慮の事故で欠場、高倍率大穴のジャンで大儲けという寸法でしたが、サービスの代わりにハーレムが出ることになっても全く問題ありません!」
「……」
「その場合、僕はお前に不慮の事故を起こされていたんじゃないのか、高松……」
「ハッハッハ、そうならなくて良かったですよ!」
 サービスは本日何度目かの溜息をついた。
 とりあえずは目の前の友人を励まさなくてはならない。それもこれも、あの馬鹿な片割れのせいだ。
「そうだな、ジャン、軍選抜のハーレムと当たるには本選に出ないとね。明日の学校予選をまず勝ち抜かなきゃ」
「そんなコト言ったって俺、出るのはいいけど勝てるかどうか」
 明後日の本選にジャンが出ると、ハーレムに約束してしまったのだ。



「大丈夫だろ、お前なら」
「大丈夫ですヨ、ジャン!」
 ジャンの実力を、サービスは高く評価していたから、本選出場はまず大丈夫だろうとは、踏んでいるのだが。
 サービスは、ニヤニヤしながらジャンを励ます高松を見る。懸念があるとすれば、この男。コイツはまた何か企んでる。ジャンを素直に応援してくれればいいのに。
 ……さて、ジャンにご褒美でも出そうか。
「もし明日予選に勝ったら、その後ウチに泊まりに来ていい。本選の前に美味しいもの食べさせてやるよ」
「ええっ! ホント?」
「ナ、ナンですって――――っっっ!!!」
 士官学校から程なく離れた場所に、一族の私邸はあった。
 気が向いた時、しばしばサービスは週末や夜は家に戻って過ごす。彼にはその自由が許されていたのだ。
 サービスは、自分が帰る度、ジャンがついて来たがっていたのを覚えていた。
「高松。誰もお前も連れて行くとは言ってない」
「どーしてですかッ! いいじゃないですかッ! 何と言われようと、私も行きますッ! 明日研究所でルーザー様にお会いした後にさりげなく押しかけますッッッ」
 目を輝かせているジャンはいいけど、本当に高松ときたら、とサービスは、今日一番の深い深い溜息をつくのだった。
 ……まずコイツをルーザー兄さんから隔離することを考えなきゃ……。
 予選は明日。



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 ――その明日。つまり翌日という日に。夢のような現実が、高松に訪れていた。
「高松君。君はその若さで大したものだね。驚いたよ。こんな人材が隠れていたなんて」
「ハッ、あ、ありがとうございます!」
 深々と頭を下げた高松に、白衣のルーザーが優しく微笑む。
「そんなにかしこまらなくていいんだよ? そうだ、今度から僕の助手をやってみるかい。今、新しい実験をやっているんだけど人手が足りないんだ」
「よ、よよよよろしいのですかッ!」
「いいよ。優秀な学生は大歓迎だ」
 ああッ……生きてて良かった……。
 筋書き通りの人生、ここに到来、である。



 話を聞きたいと言われ、高松は昨晩、眠ることができなかった。
 本日、喜びに竦む足を叱咤しながら潜った研究所の門。
 約束通り待っていてくれた、金髪碧眼の美しい人。彼は静かに自分の話を聞いてくれると、すぐに試験管を握らせ、彼自身の研究を手伝わせてくれた。
 ああ……ルーザー様……こんなにお側近くに仕えることができるなんて……こんなに早く夢がかなうなんて……。
 私が学者を志したのも、すべてアナタに憧れてのことですッッッ!
 高松は感に堪えずに、心中でガッツポーズを繰り返す。
 周囲を見渡せば、白い研究所と白衣の人。
 ああ、ここは天国? ワタシ、もしや死んでますか?
 でもソレでもいい。本望です。ルーザー様、あなたと同じ空間に在ることができるなんて。
 私の側、試験管を振っている様子まで、優雅で上品。知的。天使のようです。
 まるで鈴でも振っているかのように……。



 うっとりしている高松に、
「君は日本人だよね、確か」
 まるで夕食のメニューを聞くように何気なく、隣のルーザーが尋ねてくる。
 こくこくと頷くと、端正な横顔がとんでもないことを言った。
「高松君。君にお姉さんか妹さんはいないのかい?」
「……え、えええええっ!!!」
 突然の質問に、思わず高松は仰け反った上に、バク転まで打ちそうになった。慌てて胸を押さえる。
「し、失礼しましたっ。いえ、姉も妹もおりませんです、ハイ」
「そう。それは残念だ」
 くるりとルーザーは身を返し、まるで何事もなかったかのようにシャーレを制御光に透かしている。
「……ッ」
 高松の心臓が早鐘のように鳴っている。
 な、な、ナンですか、この展開はッ! 筋書き通りにも程があります!
 夢ですか? 誰か夢だと言ってくださいッ!
 これはッ! これは、少女漫画も真っ青のロマンス? まさかここから二人の恋物語のスタートですか?
 アアッ、頬を指でつねりたいのに、両手が塞がっているというこの苦しさッッ!
「ねえ高松君」
 ま、まだ何かッ!
「今日はサービスのお友達が我が家に遊びに来るらしいけど。君も一緒に泊まるんだって?」
「は、はいっ!」
「じゃあ、僕は今日は早めに上がるから、一緒に帰ろうか」
「っっっっっ!」
 高松は卒倒寸前で堪えた自分を褒めてあげたかった。



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 その頃、予選会場は熱気に包まれている。
 18歳以下クラスの予選が行われる武道館はその中心で二分され、左面で士官学校生徒、右面で少年兵たちが戦っていた。
 学校選抜、軍選抜と各々5名が選ばれ、計10人が明日の本選の出場権を得ることができる。
 かなりの人数が物見高げに集まってきている。
 純粋に格闘への興味で見物している人間から、競馬のパドックで出走馬の毛並みを確かめるように、本選での賭けのために来ている人間まで様々である。
 特に右面は、このクラスで本命視されている総帥の弟が出場しているとあって、黒山の人だかりになっていた。
 しかもハーレムはかなり戦い方が派手で見栄えがする。
 彼が技を決めたり勝つ度に、観客はドッと沸き喝采した。
 途中からは当の総帥までもが姿を現し、思わぬ御前試合となっている。



「そこまで! 勝者、白・ハーレム!」
「へッ! 軽い軽いっ」
 あっさり本選出場を決めたハーレムは、量の多い金髪をかきあげながら壇上から降りた。
 勝負のルールは相手を立ち上がれなくすることが出来れば勝ち、という単純明快なものである。
 こういうわかりやすいお祭りは、彼は大好きだった。
 本当は砂時計一回分の5分で勝負がつかなければ両名失格、という厳しいルールも存在するのだが、ハーレムはどの勝負も砂が半分落ちる前で終わらせた。
 完全勝利だ。余裕たっぷりのパフォーマンスまでしながら、離れた所から自分を見ていた兄の側まで行く。
 彼が立っている周りの空間だけ、人の群れがぽっかり空いている。
「あんなモンだろ? 兄貴」
「まあね。腕を上げたじゃないかハーレム」
「オウよ! 実戦で鍛えてるからなッ!」
 そう右腕で力こぶを作り胸を張ると、ハーレムはさっきから気になっていた左側の壇を見やった。
 あいつらはどうなったんだろう。背伸びしても見えない。
 その時、頭上から低音が響いた。
「サービスは出ないそうだが……またお前たち喧嘩したのか」
 ぎくっ。
「そ、そんなんしてねェよ! サービスに、あのコバンザメの方が俺より強いなんて言われてないッ」
「……お前……」
 兄は額を押さえ、金色の前髪を指で挟んだ。軍靴をコツコツと鳴らす。
 ヤバい、これは説教モードに入る兆候だ。
「仲良くしなさい。全くいくつになったらお前たちはだな……」
「あっホラ、兄貴ッ! あっち見に行こうゼ! 士官学校のヤツらの方も見てやらないと不公平だろッ! 総帥は大変だナッ」
「おい、お前はまた」
 ハーレムはダッシュで駆け出した。



 いくら予選にしたって、くだらない戦い方してやがる。
 さっすが甘ちゃんの友情ゴッコ生活してるヤツらだけあるぜ。
 ハーレムは彼言う所の、サービスの小判鮫――ジャンの試合を不平たらたらで見物していた。
 士官学校生の出場枠、5人の内4人はもう決まってしまっていた。最後の椅子を、あの生意気な男は争っているらしい。尻に火がついた状態という訳だ。
 喧嘩上のこととはいえ、サービスがああ言い切るぐらいだ。どれほどのものかと思っていたが、全然大したことがない。顔ものんびりしてやがるし。どーなんだ、強いのか、アレ。
 やっぱまだまだ新入生だしナ。甘い甘い。ガキだ、ガキ。拳筋に力がない。動きが鈍い。足元がもたついてる。
 自分と同年であるということを棚に上げて、彼はジャンを批評した。
 こんなヤツより俺が下って、どーゆーコトよ。おトモダチができて気でも狂ったか。
 なあ、サービスよォ。
 壇上でジャンが中段で腹に一撃食らっている。そのカウンターで相手の顔に拳を突き出してはいるが、まだまだだ。隙ばかりが、ハーレムの目に付く。
 審判の側に置いてある砂時計の砂は、もう落ちきりそうだった。
 そんな平凡な試合を隣で、顎下に右手を置いて黙って見ている長兄。



「なんでェ。全然大したコトねーじゃねえかよ。あんな攻撃も避けられないよーじゃナ」
 ハーレムは聞こえよがしに大声を出した。
 近くの人込みの中でジャンを見守っている、サービスへのあてつけだ。
「なァ、兄貴ッ」
 同意を求めるようにマジックを見やると、彼は試合から目を外し、脇に飾ってある大輪の赤百合をいじっている。
 ほォら、兄貴も見る価値ないってよ。
 兄は百合の、豆程もある大きな雄しべを抜くと、正面に投げた。そしてつまらなそうに『指に花粉がついた』とハンカチで手を拭いている。
「なァに遊んでんだか。つまんねーからもう行こうぜッ」
 促して自分勝手に立ち上がったハーレムは、人込みを押しのけて武道館から出て行った。
 気にするだけ無駄な相手じゃねえかよ。
 バカバカしい。そう呟いて、乱暴に髪を掻き回す。
 周囲が緊張して敬礼したから、後から兄も来たんだろう。
 外には一面の夕日。赤く染まる空。不思議に心がざわめいた。
 ……しっかし、サービスのヤツ。俺のコト見もしねェで応援してやがる。
 綺麗な横顔が目に浮かんだ。
「チッ……」
 ハーレムは舌打ちする。
 あんなヘタレ野郎、もし明日出てきたら俺が叩きのめしてやるぜ。







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