終わりの初陣

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「サービス。大丈夫かい、サービス?」
 ルーザーは血の気のない顔を撫でるが反応はない。
 恐らく力が暴発し、サービスはショック状態にあるのだろう。
 今は意識下の闇に落ち込んでいる。
 自分にも過去、そういう経験があった、とルーザーは想いに浸る。
 場所は戦場ではなかったが、あの時は長兄が来てくれるまで、自分は気が付いてからもずっと冷たい場所で一人星を見ていた。
 サービスの時は、自分がすぐに来ることができて良かった。
 ルーザーはこの手のかからない弟を可愛がっており、従順な愛玩動物のように彼を扱った。
 二人の関係は、全く無駄のないものだ。兄は過不足なく保護を与え、弟は素直に保護に従う。
 よくわからない無駄な行動ばかりするハーレムとの関係よりも、それは満足すべきものだった。



「可哀想にサービス。赤の男に騙されて」
 そっと弟を抱き上げ、立ち上がる。
 側で無様な姿を晒す死体は、死ぬ前は士官学校でサービスや高松たちと仲が良かったという。自分もたまに彼らを見かけることがあった。
 楽しそうに笑っていたサービス。僕たち兄弟に対してならともかく、他人にあんな顔をするようになったなんて、とルーザーは心の隅で気にかけていたのだ。
 あの『お友達』。優秀だという話は聞き及んでいたが、全ては自分たち一族の目を誤魔化すカムフラージュであった訳だ。
 この子の優しさを利用してつけこんだ。このまま弟に取り入り続け、スパイ活動を許していたらどうなっていたことか。
 将来、サービスは一族として中枢で、軍の将来を担うべき立場にある。そしてこの赤の男も、幹部として軍を率いる立場となったことであろう。
 考えるだに恐ろしい。青を内部から、赤は蝕もうとしていたのか。
 全く赤のやることは汚い。
 こうして間者を放ってくるということは、来るべき青と赤の最終決戦が近いということだろうか。
 いいだろう、受けて立つ。兄ならそれをやる。そして自分はこうして、裏から彼を支える。
 優秀なサービスはきっと司令部に進み、戦闘タイプのハーレムは前線指揮官として育つだろう。
 自分たち兄弟が、代々一族が抱えていた念願を果たす。
 赤を殲滅し、積年の対立に終止符を打つのだ。
 なんて素晴らしい未来。素晴らしい明日。
 ルーザーはその純粋さゆえに、一片の曇りもないガラスのような心で赤の陣営を憎んでいた。
 なぜなら自分は青の男として生を受けたから。だからそういうものとして生きる。迷いはない。
 零か一か。
 彼の心にはそれしかない。



 ――あの人の気配がする。
 弟想いの彼は、やはりこんな所まで足を運ぶのだ。そのことがルーザーには嬉しい。
「マジック兄さん」
 ルーザーは思考を止めて、姿を現した人を認めた。
 彼にだけ許された赤い総帥服。赤という言葉は嫌いだったが、血とこの赤だけはルーザーは嫌いではなかった。
 早逝した思い出の父親の姿とも重なる。黄金色の髪が薄明かりの中できらめいた。
 僕たち青の一族の象徴。僕の誇りの兄さん。
 彼は自分の視界の中で、口元を引き結び、厳しい顔をしている。
 無理もない、と思う。
 可愛い末っ子サービスがこんな屈辱を味あわされたのだから。これは青全体が受けた恥辱に違いなかった。
 兄が静かに口を開いた。
「……ルーザー。何故お前がここにいる」
 ルーザーは誇らしげに言った。
「三日前に兄さんには血液検査結果の蓋然性をお話しましたが、分析の最終結果が出ました。一刻を争う事態でしたので、事後になりましたが、ここで兄さんに御報告します」
 表情の変わらない兄の顔を見上げる。
「確かに、コレは」
 引き裂かれた死体を指し示す。
「赤の一族です。スパイだったという訳ですね。暴発されると心配なので、普段通り泳がせていたのは良かったのですが、よりにもよってサービスと出陣してしまっていた。そこで僕が急ぎ追ってきたところ、この場面に遭遇した訳ですよ」
 一目で青の力の技と知れる凄惨な光景だ。
「赤の一族は、僕が始末しておいたので安心して下さい」
 ルーザーは、兄に褒めてもらえると思った。
 しかし微笑みかけた自分に対して、兄の口から漏れたのは、意外な言葉だった。



「……今すぐこの場から立ち去れ」
 あれ。
 意外だった。
「どうしてですか? サービスの手当てもしてあげたいのに。可愛い末っ子を見捨てて行けと」
 理に合わないことを言われるのは苦手だ。ルーザーは眉を上げて、兄を見た。
 兄は常に合理的な思考をする人で、無駄なものは一切を切り捨ててここまで軍を強くしてきた。
 そんな所を自分はとても尊敬していたのに。
 しかし兄は、こう続ける。
「サービスが目を覚まさない内に立ち去るんだ。ジャンを殺したことを決して悟られるな」
 どうして。わからないよ、兄さん。
「お前にはわからない情の絆というものが、この世には存在する……」
 情? あまり馴染みのない言葉だ。親しいということだろうか。
 わからなくて、ルーザーは反論を試みた。
「でも、この赤の男とサービスは他人ですよ」
「血が繋がっていない他人同士の間にも、情は生まれるんだよ、ルーザー」
「この男は赤です、兄さん」
 岩に貼り付いて血まみれになった醜い死体に目をやる。
 赤を一人殺すということは、青がそれだけ優勢になるということだ。
 こんなにわかりやすい話はない。
 情? こんなにわかりにくい話はない。
「サービスと……このスパイは士官学校の同期だ。それだけでも何らかの情は生まれるものだ。ましてや……」
「この子は騙されていたんです。優しい子だから、そこを赤に利用されて。僕にはそれが許せなかった。サービスが可哀想です。一刻も早く危険から遠ざけてあげるべきだった。なのに、すぐに殺したのがいけなかったと仰るんですか?」
「……この子は、きっとこれから、誰かを憎まなければ生きてはいけない」
 兄はルーザーの腕の中の末っ子を見つめた。眉目が細められる。
「情は憎しみを生む。知れば、サービスは間違いなくお前を憎む。一族同士で争うことだけは避けろ」



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 不承不承立ち去った弟の遠ざかる背中を、マジックは見つめていた。
 足元には血の海の中で横たわるサービス。何にも知らない、無垢で可愛い弟。
 さて、誰にこの殺しの罪を負わせれば、サービスは満足できるだろう?
「……」
 お前はいつも私の大切なものを盗る。
 いいよ、お前にあげるよ、サービス。
 殺した罪くらいは自分が欲しいと思った。
 だがその罪さえ、この子は欲しがるだろう。
 それがなければ、これからこの子は生きられない。
 マジックは、無残な死体を見つめた。
 黒髪は血にまみれ、全身がずたずたに引き裂かれている。
 顔は驚いた表情のまま、目を見開いてこちらを見つめていた。
 ……いつも通り、今日も人が一人、死んだだけのことだ……。
 独り言のように呟く。
「お前も……それが望みだろう? ジャン……」





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