はね
「どうした! 何が起こった!」
オペレーターに叫ぶキンちゃん。
すでに司令室の照明は点滅を繰り返し、ブーンという不快な機械音があちこちからしていた。
全方位モニターは灰色の砂嵐のように波打っている。
悲鳴のような声が響く。
「電子系統に異常ですッ! 全機器において半導体エラーを感知……機外に高濃度の放射線……β線、γ線、中性子を検出! 電離層に電流放射線帯が形成されている模様……ッ」
「放射能だと? シンチレーション検出器はどうなってる!」
「現在、全機器の統制が上手くいきません! マニュアルに切り替えていますが航法管制自体が……位置計測不能……」
突然のシステムダウン。この状況。僕は一つの可能性に思い至った。
それをキンちゃんが口に出して呟く。
「磁気嵐……」
現在、この飛行船を始めとする軍用艦船とそれらを統括する制御システムは、衛星を介したGPSを利用している。
衛星は、宇宙空間で起こる現象の影響を直に受ける。
例えば、太陽活動のフレア現象なんかで強いX線が放射されると、電離層の電子密度が上がって、短波帯の電波を吸収してしまうデリンジャー現象が発生しちゃう。
つまり……高エネルギーを持った嵐が起こって、機械をダメにしちゃうことがあるんだ。
5月。僕たちの予想範囲外の出来事だけど、それが起こりうる季節。
異常の原因は、多分それ。
しまった。
僕はキンちゃんの背中を見た。
どうしたんだろう。彼はそのままの背中で立っている。
「キンちゃん……! とりあえず制御システムをC-2型非常回路に切り替えないと!」
思わず声をかけると、キンちゃんは一拍間を置いて、その指示を出す。
その時、飛行船の床がぐらりと斜めに傾いた。
固定されていないデスクや椅子、小型機器等が派手な音を立てて床を滑る。
バチバチと電子機器から接触不良の火花が飛び散った。
僕はそのまま部屋の左端に転がった。右腕で頭をかばうのが、やっとだった。
「……っ」
肩と腰をしたたかに床に打ち付ける。
痛い。
「グンマ!」
キンちゃんの声。
司令室中央のコンソールにつかまって転倒は免れたらしい彼。
駆け寄ってきて僕を助け起こしてくれたよ。
「……ありがと、キンちゃん……でも、早く次の指示を出さないと」
僕たちが預かったのは、この艦だけじゃない。
軍全体の指揮を任されたんだ。
とにかくこの司令部のある旗艦が磁気嵐に巻き込まれたことを他艦に伝え、命令を出さなければいけないはずなんだけど。
他艦は大丈夫だろうか。現在の作戦上、ある程度は離れて運航しているんだけど。
?
でもどうしてか、キンちゃんは意識が他にあるみたいで。
何を気にしているんだろう。そして呟いている。
「……おかしい」
「何が? とにかく早く緊急司令を出さないと、他の艦が混乱しちゃうよ……っ!」
彼は、非常回路に切り替えて、やっと一部が使用できる状態になったコンソールに向かって操作している。
「キンちゃん……っ!」
彼の手元を覗きこんだ僕の目に映ったのは、この艦の設計図で。
「おかしい。通常程度の磁気嵐には耐えられるように電子系統は、この俺が設計したはずだ……! 自動防護システムが作動するはずで……」
「だから、それがダメだったってコトは、予想を超えた嵐が来ちゃったってコトでしょ! それだけのことだよ!」
「しかし、この俺の予想範囲内では、決して壊れるということは……」
「だから!」
また腹が立った。
僕はキンちゃんのこういうところは、本当にどうなんだろうと思う。
言い争っている間にも、不安定に揺れる床。不自然な音を立てる機器。
これは、壊れてるって、言うの!
ああ、こんなケンカしてる場合じゃないのに。
「だから! 実際、その予想が間違ってた訳じゃない。現実に壊れてる訳じゃない。何でそれを認めて、そこから新しく始めないの?」
「しかしな、」
ばちん。
僕もキンちゃんも、びっくりした表情をしていたと思う。
いつの間にか僕の手が、思いっきりキンちゃんの頬をひっぱたいていた。
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「キンちゃんならできるよ!」
「キンちゃんなら5分で簡単な作戦なんか修正できるでしょ。なんでそのために10分悩むの」
「さっすが、キンちゃんの作った船! 全然平気で動いてるねっ!」
「キンちゃん、頑張って!」
艦は今、何とか平衡状態を取り戻して、ヘロヘロになりながらも運航している。
だって特殊な非常回路以外のほとんどの部分が止まった状態なんだもの。
動いてる方が不思議だよね。開発したキンちゃんは、やっぱりスゴい。
この磁気嵐の起こる範囲はそこまで広くはない。
もう少し耐えれば、抜けだせるはず。
この初夏は太陽黒点の活動が活発になるってこと、僕たちは知ってたはずなのにそれを考えに入れてなかったね。
例えば5月の終り頃からは、南極で極夜、つまり太陽の出ない季節が始まる。
磁気嵐が作る、オーロラの季節が始まるんだよ。
一度は見に行きたいと思ってるんだけど、今年は無理かなあ……。
……なんて、のんきなことを考えながら、僕は機器の修理をやってるよ。
そして隣で作戦変更をして、旧時代的な照明灯を使ってそれを指揮する艦に連絡している、キンちゃんを応援している。
「……」
椅子に座って、黙々と作業を続ける、僕と同じ金髪の人。
よく見ると、また手が止まっている。迷ってるのかな?
「……ねえ、キンちゃん!」
「……なんだ」
わあ、声がさっきより……僕がビンタした時よりも不機嫌だ。
やっぱり迷ってたんだね。
「キンちゃんさぁ……もっと色々こだわるより、ばーっ! ってやっちゃえばいいのに。キンちゃん、折角頭イイんだからさ〜」
「しかし、ばーっ! 等とお前は言うがな、」
最初から間違うのを防ごうとするより、たくさん何でもやってみて、間違ってから直せば早いことだってあると思うよ。
それに、さ。
「キンちゃんが間違ったって、誰も笑わないよ」
「……グンマ」
「だってキンちゃん、笑えないもん」
あからさまにムッとした顔。僕は、笑わないって言ったのに笑っちゃった。
僕の夢に出てくる顔は、この不機嫌な顔が一番多いんだよね。
「……まあいい。敵軍と相対している時間帯でなくて良かった。もっともこの嵐では、いたとしても相手も無事では済まんだろうがな……前線の叔父貴たちが心配ではあるが。まず妥当な作戦変更としては、各艦に独立運用の権限を与え、艦隊編成を……」
そして相変わらず話が長いキンちゃん。
やれやれだね。
さっきの僕の平手打ちで目が覚めたみたいな表情をしていたけど、僕自身もなぜか目が覚めたみたいな気分になってる。
突然、空からひらひら天使の羽が舞い降りてきたみたいに、わかってしまった真実。
僕が気付いてしまったコト。
それは――
「本艦表面部に異常帯電! 放射能により表層部に劣化が認められます……エネルギー波、4時方向から到来します。予測到達時間は12秒……」
「何……ッ!」
再び響き渡る、オペレーターの悲痛な声。
まずい。この弱った艦が、強い衝撃波にもう一度耐えられるんだろうか。
僕たち二人は、残された数秒の間に視線を交わした。かけられる声。
「大丈夫だ、心配ない」
足元ががたんと揺れて、浮遊感が全身を支配する。
耳の奥まで突き抜けて響くような音がして、あっという間だった。
次の瞬間、白い閃光が司令室に広がったんだ。
「わっ……!」
輝く視界。どうしてか、スローモーションの世界だったよ。
ゆっくりと機器が宙を舞った。僕の体も、ふわりと浮いている。
眩しい。
怖い。
死んじゃうかも。
これが。
もしかしたら自分が消えちゃう最後の瞬間?
そんな……。
でも僕は目を瞑ることができなかったよ。
だって、キンちゃんが。
白い光の中で、キンちゃんが、また平気みたいな顔で嘘をついて、『大丈夫だ』って言うから。
また、『俺がお前を死なせはしない』って顔をして無理をするから。
また、あの時のように、僕にはとても大きく感じる胸で、抱き締めてかばってくれたから。
僕の視界は、目を閉じなくても、夢を見ていなくても、闇に包まれた。
腕の中で。
真っ暗だったよ。
だけど。
だけどこの闇は。
いつもの一人の世界じゃなかった。
――とても暖かかったんだ。
だから僕は。そのいつもの夢に浮かぶ顔に向かって。
名前を呼ばずにはいられなかったんだ……。
「キンちゃん……っ!!」
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『高松!』
僕の脳裏に過去の僕たちの姿が浮かぶ。
血だらけで倒れてる高松。南の島の青い草が、赤く染まっていた。
古い写真立ての中の顔で、乗っ取った体で、キレイに微笑んでる青の番人。
『俺達二人の眼魔砲を合わせてあいつを倒すぞ!』
『で、できないよ! 僕にはッ』
『できるはずだ、俺のイトコなら』
震える僕の手を握って、僕を励ましてくれた人。
キンちゃん、僕はあの時初めて青の力を発揮できたんだよ。今までずっと禁じられていた力を。
『すまん……折角お前が力を出せたのに、俺がハズしてしまうなんて……』
『いいんだよ、それで。ためらいなく父親を撃ってしまわなくて。君は僕のイトコなんだから……』
高松を取られたみたいで、子供みたいに怒ってた僕は、あの時キンちゃんを見て泣いた。
生まれて初めて、僕に『できる』って言ってくれたのはキンちゃんだったんだよ。
何も出来ないって怯えてる僕を、初めて認めて、力を引き出してくれたのはキンちゃんだったんだよ。
大好きな高松は僕を甘やかしてくれたけど、ずっと僕に『おバカ』でいて欲しかったのに。
キンちゃんだけは、僕に強くなれって言ってくれた。
そしてね。
キンちゃんは、初めて自分のために泣いてくれた高松と、僕を助けようとしてくれた。
ルーザーおじさまを憎いって言いながらも、撃てなくて。
そして生まれて初めてルーザーおじさまに愛されて。
そしてその人を撃ったことに泣いていた。
僕はいつもその側にいて、ずっと君を見てきていたはずだったのに。
あの運命の日、一番近くに、すぐ隣にいたんだよ。
あの時、僕たちは一緒に大事な人を失って、
一緒に泣いたはずだったのに。
一番大事なコトをまた見てるだけだったね。
僕は僕の、つまらない意地にこだわって、ずっと本当のキンちゃんに気付かない振りをしていた。
僕はバカだ。大バカだ。
だってキンちゃんは。
ホントは、僕と同じで自分を認めてもらいたくて。
ホントは、一番僕の気持ちをわかってくれていて。
ホントは……僕と同じで……普通に欠点持ちで……。
すっごく弱かったんだ……。