初恋の住む星

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 煉瓦作りの路地裏に、淡い光が立ち込める。サービスの目には、辺り一帯にオレンジ色のもやが、かかっているように見えた。
 周囲を見回す。ちら、ちら、と夕闇の中に、小さく輝きが弾けた。
 右に左に振った自分の金髪に、光が反射しているのだ。
「……まいご」
 サービスは声にして言ってみた。
 その言葉は、ぽつんと口から飛び出て、狭い路地の壁にぶつかり、跳ねて消えた。
 人通りはない。低い視点から見上げる街の風景は、巨大な圧迫感を持ってサービスに迫る。
 長く見つめていると、押し潰されそうで。目をつむっていると、取り残されそうで。そんな不安。
 こんな時、子供は泣けばいいのだろうが、サービスはそれをしたくはなかった。
 泣いて、知らない人に助けてもらうなんて。そんなこと、できない。
 サービスはとても気位の高い子供だった。
 だがどうしてか、自分より上の立場の人間の前では、そのプライドがいとも簡単に崩れてしまうという特徴も持っている。
 プライドが高い人間だというより、普段はプライドの毛皮を着ている人間であると、表現した方が正確であるのかもしれない。
 偉い人の前でしか……泣きたくない。
「……」
 そのまま、道をてくてくと歩く。さっきの猫の声が聞こえた気がして、脇の塀を見上げたが、そこには何もいなかった。
 今、自分は一人ぼっち。響くのは、自分の小さな足音だけ。
 今この瞬間に、自分がここにいることを、誰も知らない。
 どこへ歩こうと、自分の勝手。
 自分。
 そう感じた時、サービスの胸は一瞬開放感に満ち、すぐにその何倍もの不安に満ちた。



 サービスはね。
 サービスはね、いちばん、ちいさいの。
 いちばん、弟なの。
 兄弟であるということは、サービスにとって、守られることだった。
 兄たちには各々の重さは違ったが、弟を守るという使命がある。だが、末弟のサービスにとっては、守るべきものがなかった。
 だから能動的に何かをするというよりも、受動的に何かをされるのを待っていることになる。
 言いつけられたり、褒められたり、可愛がられるのを待っている。
 そんな風に体が慣れ、精神が慣れ、幼いながらに彼の心は、受け皿のかたちをしていた。
 受け皿であるのなら、一番きれいな受け皿で、ありたかった。
 そうして待っていたいのに。
 サービスは今、あの人を自分から探さなければならない。



 でもね。
 マジックおにいちゃんはね。
 みんなの、おにいちゃんなんだから。
『いや、僕は一つのものに入れ込むタイプじゃないから』
 今朝、彼はハーレムの問いにこう答えていた。
 微妙に納得したような、不満そうな顔をしていた双子の兄。
 しかし、マジックのこのような態度に接する度に、実は一番傷ついていくのはサービスの心だった。
 サービスには受動的に可愛がられるのを待ちたいという欲求の他に。
 さらに自分を特別扱いしてほしいという望みが常にある。自分より偉い人間には。
 父親のいない家庭にとって、一番偉い人は長男。二番目は次男。次に双子。
 前に出る人と、一歩後ろに下がる人、そしてさらにその後ろで守られる二人。
 その序列は完全に定まっていた。
 兄弟の内誰一人として、おそらく父親でさえ、そのことには疑問を抱いたことはない。
 空気のように自然で、当り前の上下関係。
 その一番上に立つ人に、サービスは特別扱いされたくて仕方がないのだ。二番目のルーザーは、あんなに自分を大事にしてくれるのに。
 いっつもハーレムなんかや、ルーザーおにいちゃんと、サービスはおんなじくらいの弟の一人。
 ぱたぱたという音がして、頭上を鳥が数羽、飛んで行った。顔を上げて、その後姿を見送る。
 彼らは家に帰るのだろうか。
 サービスは、家からどんどん離れていってしまっているというのに。



「……」
 サービスは路地裏の小さな階段に座りこんだ。
 まだ歩けない程に疲れてはいなかったが、歩くことが嫌になってきたからだ。
 腰からは、ひんやりとした冷たい石の感触が伝わってきた。
 道向こうの路地からは、大人たちの足音が聞こえてはいたが、だからといって助けを求めることはしたくない。
 突然放り出された外の世界では、他人に助けられるべき自分が存在しているのかどうかさえも、わからなくなる。
 目の前を一人の大人の足が通り、意味ありげに歩調を緩めたが、サービスは無視をした。
 つんとしている、とよく言われる表情をしてやる。その足音が遠くなると、彼は自分の小さな手の平を見た。
 サービスにはね。
 白くて、丸くて、柔らかくて、それはどうしようもなく子供の手をしていた。
 サービスにはね、おにいちゃんが、三人いてね。
 サービスは、その、いちばん、弟なの。
 兄たちのいない空間では、自分が何者なのかがわからなかった。
 夕暮れは薄い光のもやの中で、確実に夜をその姿に受け入れ始めていた。
 淡い橙色のヴェールに闇の濃紺が混じりだす。明るい部分と暗い部分。その色と時間間隔の、不安定さ。
 誰もいない。
 ――海の底。



 海に潜るとさ。迷子になったような気分になるんだ。
 この話をハーレムと聞いた時、マジックでも迷子になるのかと驚いたものだ。
 話をする長兄の隣で、静かに微笑んでいた次兄。ルーザーだって迷子になるなんて、例えそんな気分になるだけであったとしても、自分には想像だにできないことだった。
『まいごになったらねぇー、どーするのぉー?』
 同じ疑問を抱いたのだろう、ハーレムが聞いていた。
 年長組の二人は顔を見合わせて、こう答えていた。
『そりゃ誰もいないんだから。自分で何とかするしかないさ』
 海で迷子になったらね。
 まず、自分の影を見るんだよ。
 太陽の光が差して、海の中でも影ができるんだ。それで方角がわかる。
 そうやってもわからなければね。
 綺麗な色をした熱帯魚たちが、たくさんいる場所へと行くんだよ。
 浅瀬のプランクトン……エサを食べる魚の方が、きらきらした色をしているからね。
 それが、海の底から抜け出す方法さ。
 ――自分で。
 使い慣れない言葉の響き。
 サービスは、いつの間にか瞑っていた目を、開けた。相変わらず周囲は、光と闇の入り混じる世界が広がった。
 今、ね。今ね、サービスは、海の底でまいごになったの。
 誰もいないの。サービスが、自分で何とかするの?
 思わず溜息が漏れた。
 ……ヤだ……。
 しかしそう思った瞬間、サービスの脳裏に、さっき見たハーレムの不安そうな顔が浮かぶ。
『サービスぅ……』
 もう一度、サービスは溜息をついてしまう。
 ハーレムはね。
 ハーレムはね、いっつも、どうしょうもない子なの。
 おにいちゃんぶってるクセに、ほんとうは、サービスよりよわむしなの。
 ほんとうは、いっつもね。
 サービスがいないと、ダメな子なの。
 双子の兄は、たまに、本当にごくたまに、サービスがそう感じることのできる唯一の存在だった。
「……」
 サービスは、うつむいた。もう一度、手の平を見る。
 そして立ち上がった。



『まず、自分の影を見るんだよ』
 サービスは地面に伸びる影を見た。日は落ちきりそうになっていて、それは長くて薄い姿をしていた。すうっと右の路地の方へと、伸びている。
 ……方角?
 その時サービスの胸に、あの記憶が蘇る。
 四人みんなで買い物に行った時、夕方の帰り道に、きれいに映し出された石畳の影。
 その影を追いかけて、しゃにむに走った自分たち双子。
 店を出てすぐ、影を追いかけて走ったいうことは。お店の方角は。
 影と反対の方――左の道。
 サービスは走り出した。
『綺麗な色をした熱帯魚たちが、たくさんいる場所へと行くんだよ』
 向こう路地には、大人たちが数人歩いていた。
 色んな服。色んな顔。その向こうの路地には、もっと大勢の人影と、車の姿も見える。
 綺麗な色がたくさんある方。人の、多い方。
 サービスは、影の逆方向、そして人の多い方、多い方へと、道を選んで走った。



 辺りが暗くなってきた。道に映る影は、次第に薄れ、消えていく。
「……」
 サービスは立ち止まった。
 困る。影が消えたら、困る。
 ちょうど目の前には、三本に分かれた道が伸びていた。
 どうしよう? やっぱりサービスは、ただじっと座っていた方がいいの?
 背後からクラクションの音がして、驚いて道の端に飛び退ると、黒い車が通り過ぎていった。
 行き交う大人たち。サービスには忙しく動く足ばかりに見える。また、不安に襲われた。
 サービスはね。
 ちいさいから。
 やっぱり、自分でって、ダメ?
 小さいから。
 押し潰されそう。
 取り残されそう。



 お店。お店は、とおいよ。サービスの足には、とおすぎるよ。
 また座り込みそうになったサービスだったが、耳の奥で、あの声が聞こえる。
『サービスぅ……』
 彼はぎゅっと手を握り締めた。
 ……ハーレムは。
 なんで、あんなに、どうしょうもない子なの?
 その時、再び頭上を鳥たちが羽ばたいて飛んで行った。
 あの鳥たちは、おうちに帰るんだ……。
 その光景をぼんやりと眺めていて。
 ?
 不意にサービスは気付いた。
 記憶の中の、あのお店は。たくさん鳥が鳴いていて。
 そんな、街で一番大きな木の下に、あった。
 鳥たちの家は――あの木。
 羽のはばたきは、三本に分かれた道の、真ん中の道の先へと向かって行った。
 鳥たちは、あのお店の側の、大きな木の巣へと、帰るんだ。



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「サービス!」
 その声に、しばらく動けなかった。
「驚いた。サービス、どうしてこんな所にいるんだい?」
 果たして、声がかけられて。ゆっくり振り向いたのは、もし間違っていたら、立ち直れないと思ったから。
 でも、その姿を認めた時。
「マジックおにーちゃ……ん……」
 初めてサービスの目から、涙が溢れた。
 しかし、サービスは兄に向かって駆け出さなかった。
 マジックが自分の元に来てくれるのを、そのまま泣きながら待っていた。
 今は隣に双子のハーレムも、次兄のルーザーもいない。マジックに、自分一人だけの為に、走って来て欲しかった。
 サービスはね。
 サービスはね、ほんとうは、自分で歩きたくなかったの。
 まっていたかったの。
 マジックおにいちゃんにね、むかえにきてほしかったの。
「サービス!」
 兄が目の前でしゃがんで、間近で自分に目線を合わせてくれる。頭を撫ぜられる。
「おにーちゃん……」
 サービスは、やっとその首に手を回して、抱きついて泣きじゃくることができた。



「抱っこしてればいいのかい?」
 大きな木の下のベンチで、サービスはうなずいた。
 自分の目からは、まだ涙が流れている。ハンカチで拭われて、それが心地よかった。少しの間、そうしていた。
 やっと辿り付いた、店。灰と白が混じったような、四角い大きな建物。色とりどりの果物や野菜が並んでいる。
 たくさんの人がすれ違って、またすれ違う。
 その喧騒の中で、
「本当を言うとね、サービス」
 見上げると、困ったような顔でマジックが口を開く。辺りにはもう闇が立ち込めていた。
「僕は、お前が泣いた時が一番困るよ。どうしていいのかわからなくなる」
「……いちばん?」
「そう、一番。なぐさめ方がわからないよ……だって、お前は悲しくて泣いているんじゃないんだもの……まあいいさ。それより、お前はどうしてここに来たんだい? 一人で来たの? よく来られたよ、頑張ったね」
 いちばん。
 その言葉に囚われて、サービスはしばらく黙っていたが、不意に弾かれたように目を大きく見開いた。長兄の顔を見る。
「あのね、」
「うん」
 サービスは唇を舐めた。涙で体の水分が減ったのか、ひどく口の中が乾いていた。
「ハーレムがね。ハーレムが、ルーザーおにいちゃんの、お花を、こわしたの……それでね、」
「……」
 最後まで聞かない内に、マジックは立ち上がった。抱きかかえられている自分の視点が、一緒に高くなる。
「……サービス」
 抑揚のない声で言われた。
「帰ろう」



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 サービスは、垣根の抜け穴の側で、兄の腕から降ろしてもらった。
 この穴のことを言った時、怒られるかなと思ったが、何も言われなかった。マジックは別のことを考えているようだった。
 サービスは来た時と同じように、センサーに注意してそっと穴を潜り抜ける。
 日の落ちた裏庭は暗くて、あまり好きではない。ざわり、と大きな木が揺れた。
 無事、中に入ることができた。
「……」
 更にそのまま待っているようにと言われていたが、そこに一人立っているのは怖かった。
 だから彼は、とぼとぼと歩き出す。
 テラス脇の茂みの所まで来たが、そこにさっきまで覗いていた頭は消えていた。
 ……ハーレムはどこに行ったんだろう。
 中庭? そちらへ向かうと、だんだんと温室が視界に入ってくる。
 夜の中、光る温室。
 ぼうっとした薄明かりに透き通るそれは、遠目にも、いつもとは何かが違って見えた。
「?」
 温室の床に、きらりと何かが光った気がした。見慣れた髪の色。
 金髪……?
「サービス! ほら、お前はこっち」
 突然抱き上げられて、びっくりした。いつの間にか、自分とは別に、門から入ったマジックが側にいた。
 ここまで走ってきたのだろうか、彼にしては珍しく息が乱れている。自分の顔に兄の胸が押し付けられて、何も見えない。
「おにーちゃん……温室に……ハーレム?」
 床に寝転ぶなんてことをするのは、ハーレムぐらいしかいないから。
 そして、折角サービスが聞いたのに。兄は、自分を抱いたまま、テラスから邸内に無言で入る。
 居間の灯りをつける。暗い家が、そこだけぱあっと明るくなる。外が真っ暗に見えた。
 窓の向こうに、暗闇に、やはりぼんやりと輝いている温室の光。
 そしてサービスはクッキーと飲み物を与えられ、ソファに座っているようにと言われた。
「いいね? お前はここに、いるんだよ」
 マジックは、キャビネットの中から何かを取り出している。
 サービスがよく見ると、それは昨日自分たちに届いた、父親のレターだった。
 茶色くて薄いケースに入った小さな機械。パーパの、お手紙。
 どうして彼がそんなものを持ち出すのかは、サービスにはわからなかったが、不審そうな顔をした自分に、長兄はもう一度視線を向けた。
 そしてやけに固い笑顔で、『あれはハーレムじゃないよ。大丈夫だから』と言い残し、外に出て行った。
 大丈夫。マジックがそう言うからには、大丈夫なのだろう。
 でも。ルーザーおにいちゃんも……どこ?
「……」
 たくさん走ったのに、あんなに頑張ったのに、お腹は空いてはいない。
 喉だけが渇いて、グラスを最後まで飲み干してしまうと。クッキーの端をかじって、そのまま皿に放っておくと。それからは、何にもすることがなくて。
 サービスはテーブルの上にある本を、手に取ってみる。この数日、寝る前に長兄に読んでもらっている、王子さまのお話だった。
 パラパラとめくると、ふんわりとした色調の絵たちが、目に飛び込んでくる。重なったゾウ。大きな木。ヘビ。ヒツジ。花の絵。
 そして、王子さま。
 夜の中、光る星の上で、一人虚空を見ている金髪の王子さまの絵。



 サービスはうつらうつらとし始めた。ことん、と首が左に傾いて、そのままソファに倒れこむ。
 しかし寝入りはしなかった。倒れこんでも……傍らに、あの片割れの体温がいない。安心して眠ることができなかった。
 ぼんやりとした意識の外で、かすかな声。よくは聞き取れない。
 遠い国から流れるラジオのように、ただ響く音。
『……ルーザー。最後にもう一度言うよ。子供に手をあげてはいけない。いいね、手をあげてはいけない』
『わかっています……だから、さっきも優しく接したんです……それなのに……それなのに、あの子は逃げてしまって……僕は、僕は……』
『落ち着きなさい。一度は落ち着いたのにまた逆戻りかい? 大丈夫だよ。大丈夫だから……』
『どこに……どこに、あの花を、どこにやったのか、聞こうとしただけなのに……僕はそれだけを聞きたかったのに……あの子は、あの子は……』
『わかっている。僕はわかっているよ、ルーザー。お前は聞きたかっただけなんだよね。わかっているから。ほら、目を瞑ってごらん。息を止めて。そう……そして父さんのことを考えて……これを握りしめて……そう、そうしたら、涙も止まるよ……』
 ばさり、とサービスの手から、本が落ちた。
「……ん……」
 鼻にかかった声を出してみる。体に薄い毛布がかけられているのがわかった。
「サービス。起きた?」
 ぼんやりとした目に、覗き込んできたマジックの顔が映って。
 自分の頬に、兄の冷たい手が触れる。その温度に、徐々に意識が覚醒してくるのを感じる。
 彼は背後を振り向いて言った。
「……ルーザー。洗面所に行きなさい。鏡を見て来るんだ」
「はい」
 出て行く次兄の足音。サービスはごしごしと目を擦った。
「聞いて、サービス」
 再びマジックは、ソファで起き上がった自分に、しゃがんで目線を合わせてくる。自分よりも濃い、青い二つの瞳。
「ハーレムが、あの垣根の穴から外へ出てしまったらしい。これから探しに行くよ。お前もおいで」
 ……ハーレムが?
「さあ、疲れてるだろうけど立って。ハーレムが心配だ。早く行ってやらなくちゃ」
 サービスは暗い窓の外を見た。
 ハーレムはあんな深い色の中で、一人ぼっちでいるんだろうか。
 強がっているクセに、実は怖がりの双子の兄。泣いているんじゃないだろうか。
 それにしても、どうしてそこまでして逃げるんだろう。
 ――どうしょうもない子。
「兄さん。サービスはここに残した方がいいんじゃないですか。それとも僕が」
「いや……一緒に行こう。お前も……サービスも、一人にしておきたくはない」
 サービスは洗面所から戻って来たルーザーの顔を見上げた。
 いつも通りのキレイな顔。照明の関係か、少し頬が青白いぐらいだ。いや、いつもより、もっとずっと川辺の彫刻に似ている。
 やっぱり、すてきなルーザーおにいちゃんだと、サービスは思った。



 三人で並んで玄関を出る。マジックが小声で呟いた。
「……SPには、ハーレムがいなくなったことを悟られないように。僕たちは散歩に行くだけだよ。不審な行動をしちゃ駄目だ」
 そしてサービスは、マジックにまた抱き上げられる。
 いつもはルーザーに抱かれることが多いのに、今日は珍しい日。
 きっと、手を焼かすハーレムがいないから。そのことが寂しくもあり、甘酸っぱいような気もし、複雑な気分で夜空を見上げる。
 高い視点から眺める空には、星が瞬いていた。さっき見た温室の光と、同じ色をしている。
 隣を歩いているルーザーをちらりと見る。どうしてか、その手にはマジックがさっき取り出していた、父親のレターが握られていた。
「本来なら軍公安部に連絡をすべきなんだけど……敵対国のこともある……でも、それはなるべくなら避けたい」
 耳元で声が聞こえる。長兄の金髪が自分の頬に触れて、彼がうつむいたのがわかった。
「父さんを、心配させることになるから」
 そのまま門を通り過ぎる。何事もなく外に出る。
 再度呟く声が、聞こえた。
「あと一時間が限界だ。それ迄にあの子を見つけよう。家族のことは、僕の責任だ……」









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