真夜中の恋人

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「――……っ、――」
「そう。最初は、ゆっくりね」
 シンタローの右手の中指が、小さな穴に潜り込んでは出てを繰り返す。
 狭い道を往復する指。
 たっぷりのローションのせいで、濡れた音がする。脚の狭間から、くちゅくちゅ、くちゅくちゅと。
 それが途方もなく恥ずかしくなって、シンタローは手で耳を塞ぎたいと思うが、あいにくその音を立てているのが、その自分の手であるのだった。
 そしてまた感じるマジックの視線。
 シンタローは、掠れる声で抗議する。
「――見る……なっ」
「どうして。見るよ。お前の薄ピンクの入り口がね、まるで甘い棒飴を舐めてるみたいに、喜んでる」
「くっ! 言う……な! 喋……ん、なっ!」
「見るな、言うなと言ったって。さしずめ、次は『聞くな』かい? それはできないね。お前も聞こえるだろう、シンタロー。いやらしい音がしているよ。私には舌なめずりの音にも聞こえるかな。美味しい御馳走を前にして、メインディッシュはまだかと期待している音だ」
「……う」
 透明な液体は、律動するシンタローの指をつたって最奥へと流れ込み、狭いその内部にぬめりを与え、摩擦を助けていく。
「く……」
 シンタローは、唇を噛む。噛みながら、指で出し入れをする。
 くちゅ、くちゅ、と淫らな音が響き続ける。
 指をその奥に入れる時は、熱く火照った襞の中をかき分けていくような、出る時は吸い付くような襞を引き剥がすような、そんな心地がするのだった。
 俺は――と、シンタローは思う。
 こんな熱い中に――いつも、マジックを入れていたんだ。
 そう思えば、ずきん、と不思議な感覚が、込み上げてくる。



 と。
「もっとローションを擦り込んだ方がいいね」
 そんな声が聞こえて次の瞬間、後孔に含んでいるものの質量が、増えた。
「あっ! ああっ! やっ!」
 マジックが、シンタローの指に、自らの指を添えたのだ。同時に、床に滴り落ちていたローションが掻き集められて、マジックの指と共に塗り込まれる。
「手伝うよ」
 自分の指とマジックの指が、自分の中に突き立てられ、濡れた音を立てる。
 きゅっ、きゅっ、と激しく擦られる。
「ばっ! バカ! 手伝わな……あっ! あああっ!」
「指二本分になったら、随分と反応が良くなったね。やっぱり太くないとお前は満足できないんだね」
 そういうことじゃないのに、誰の指かが問題なのだと思ったが、それは言葉にならない。
「なに言って……! ん、んんっ!」
「それじゃ御期待に答えて。出し入れする縦の動きから、横の動きに移ろうかな」
 シンタローの手は、マジックの手に覆い被さられていて自由にならない。二人の中指が、突き立てるだけではなく、かき回す動きをし始める。
「あっ! ああんっ! んっ、ん――っ!」
 共同作業だね、等とマジックが囁いているが、もうそれに悪態を返すこともできない。



「あっ!」
 一際高い声をあげてしまって、シンタローはビクンと身を震わせた。
 マジックのものかシンタローのものかはわからなかったが、どちらかの指先が、最奥の感じる場所に、触れたのだ。
「うん。ここだよね」
「――……っ!」
 内部で、くいっと指が動いた。二本の指が、そのポイントを、ゆっくりと刺激し始める。
 シンタローは喘ぐ。溜息のような声をを漏らす。せわしなく瞬きを繰り返し、目をぎゅっとつむる。
「あ……ふっ……」
 震えるシンタローの性器の先からは、先走りの透明な液体が漏れている。
 膝を立てたまま大きく広げた両脚の狭間で、まるで涙が零れるようだった。



 身の内で蠢く二つの指。
 いつしか、もう一本マジックの人差し指が足されて、指は三本に増えたのだけれど、シンタローはそのことには気付かない。
 後ろで感じる、脊髄までとろけそうな別の痺れに耐えることで、懸命だったからだ。
 前で感じる純粋な男としての感覚とは違う。全身の肌を内側からなぞられるような幻惑、背筋を這いずり上る熱。
「ひ……あうぅ……」
 もう一度、最奥のあの部分を掻き回されたら、自分は達してしまうと思ったが、指たちは小憎らしいことにそれを知ってか、内壁のごく浅い部分をジェルでほぐしていくことに専念しているようだった。
 ぐるりぐるりと指が円を描く。こね回される。
 でも、もうあの奥には、触ってくれない。それがじれったくて、シンタローは自分の指に力を入れたが、ぐいと相手に引き戻されてしまった。
 また浅く、浅く、刺激される。もどかしい。
「……んっ……」
 最後に、入り口の襞が、まろく撫でられた。
 ふ、とシンタローの胸が、上下した。指が、抜けたのだ。



「あっ……」
 小さく声をついて、シンタローは自分の体から、力が抜けたのを知った。やっとのことで持ちこたえていた上半身が、背後に倒れ込みそうになる。
「おっと」
 マジックが、腕でそれを支えた。
「……ん……」
 シンタローの体は、くったりとマジックの肩にしなだれかかる。
 男の手が、濡れてシンタローの頬や首、肩にはりついた黒髪を、梳いて背後に流す。そして、耳元で何事かを囁いた。
 ぼうっとした目で、シンタローは彼を見上げた。何と言われたかが、わからなかった。
「マジック……」
 唇を動かしたシンタローに、呼ばれた男が、フッと笑ったのが見えた。
 乱暴ではなく大事に大事に、自分は横たえられた。頭を打たないようにという配慮だろう、男の左の手の平を、後ろ頭に感じている。



 マジックは、何て言ったんだろう。
 それがひどく気になって、シンタローは、背にやわらかく触れる温かみのある檜床を感じても、まだマジックを見つめたままだった。
 浴室の淡い灯に照らされて、黒い影を落とす男は、そんな自分を見返してくる。
 開いた両脚の狭間に、彼が入ってくる。相手の右手が自分の頬に伸びてきて、すうっと触れたから、シンタローは首を傾け、舌をのばして、その手の甲を舐めた。
 舐めてから、ちゅ、と口付けて、それでも足りずに、歯を立ててかじった。するとお返しとばかりにマジックは、シンタローの首筋を噛んだ。甘噛みだが、つきんと痛い。
 勾配のある天井に向けて、熱い吐息を漏らし、シンタローはまた彼の名を呼んだ。
「なあ……マジック……」



 自分の上に、覆い被さってくる相手。シンタローは彼を受け止め、鼻先を男の逞しい首に押し付けた。
 やっぱり懐かしい匂いがして、再びこうなれるまでに、なんて長い時間を、自分たちはかけたのだろうと思う。
 でも、仲直りするのが、どんなに大変でも。俺たち、これからまた喧嘩するのかなあ、等と考えて、ああ、喧嘩するんだろうな、と思っている。
 ずっと繰り返していく。どうして俺たち、こんな面倒くさいこと。もっと楽に生きればいいのに。
 何で俺は、マジックは、一番面倒くさい道を選んで、どんどんと深みに嵌っていくのだろう。
 ――いったい、何で?
 二つの視線が交錯した。
 シンタローの黒い瞳と、マジックの青い瞳。互いが互いを映す時間。



「……さっき、何て……」
 呟いた瞬間、シンタローの腰が浮き、どうしようもなく熱い塊が、最奥の入り口に押し当てられた。
 ひくっとシンタローの喉が震え、それでも精一杯の声で、尋ね続ける。
「さっき……さっき、んっ……」
 息が詰まる。相手が力を込めるのがわかって、シンタローは開いた両脚を、相手のそれに絡める。
 背を反らし、掠れる声で、それでも聞く。
「ア、アンタ……なんて、言ったんだよ……」
 自分の後孔がやわやわと口を開き、柔らかくほぐされたそこが、受け入れるように収縮しているのを感じる。
「あぅ……っ、ん……」
 いつも慣れない。心が乱れる。肌がざわめく。怯え、期待、泣きそうになるぐらいの不安。
「んっ……なんて……なんて、いった……」
 初めて、マジックが、シンタローの問いに答える。低く優しく囁いた。
「私も好きだよ、って、言ったんだよ」
 その瞬間、圧倒的な質量が、シンタローを貫いた。



「んあっ! あああっ、あ……――」
 そうか、マジックは。
 『私も好きだよ』って、言ったんだ。
 私も……。そうか、マジックも、俺のコト、好きなんだよ……な……。
「んっ! う――っ!」
「シンタロー、もっと力を抜いて……」
「うっ、う、ぁっ……ん、んぅ……」
 胸を震わせて、シンタローはせわしなく息をつく。
 大きく腰がしなり、足先が、ぴんと伸びた。広げた脚、内腿の筋肉が緊張し、男を迎え入れるために張り詰める。
 熱い。熱くて、たまらない。
 まるで焼けた鉄の塊を呑み込まされているようで、ぐいぐいと侵入してくる熱が、まだ完全には奥まで入りきらない辛さと、もどかしさで、身を焦がす。
 背を反らす。
「んっ! あぁっ!」
「……ッ……きついな……」
「く――……くぅっ!」



 唇を噛んで、シンタローは必死に耐える。
 間を置いた時のセックスは、いつも最初は痛みが襲う。たとえば遠征の後。たとえば……喧嘩の後は。
 その場所は、こんな大きなものを呑み込むようには、できていない。
「う、う……」
 そして常のマジックは、優しくあやしながら奥に進んでくれることが多いのだが。
 今日は、こんな声が、聞こえた。切羽詰った響き。
「ごめん、シンタロー。待てない」
「……? ……――あぅッ」
 マジックは、熟れた粘膜を割り、シンタローの震える体を押さえつけて、最奥までを力ずくで貫いた。
 互いに余裕のない行為。二人の首筋を、汗がつたう。
 ひくひく痙攣するシンタローの内壁は、意外にすんなりと突き立てられたものを受け入れていく。まるで懐かしいとでもいうかのように、吸い付いていく。
 きゅう、と粘膜が締まった。
 長い黒髪が揺れて、声があがる。
「ああああ――――っ!」
 同時に、最奥まで挿入された衝撃で、意識が真っ白になる。
 ついにシンタローの性器は弾け、白い液が撒き散らされる。



「ふ……」
 放出の余韻に、天井に向かってシンタローは、はあはあと短い呼吸を繰り返した。胸が隆起する。腹の上に零れた精液が、その度に筋となって床に滴り落ちていく。
 ぼやける視界に、シンタローは、口を開く。
「……マジッ……ク」
「……」
 熱い息の狭間に名前を呼んだのに、ちっとも返事がないから。
「ん……」
 重い腕を上げて、シンタローは目を擦ってみる。すると、相手の顔がだんだん見えてきて。
 息を詰めていたらしいマジックの目と、シンタローの目とが、出会った。その刹那。
「……ッ! ア、ああッ……!」
 激しい律動が、始まった。



 シンタローの肉体を知り尽くしたマジックの雄が、やわらかく粘つく内部を蹂躙する。
 切っ先まで引き抜いては、濡れて喘いですぐに口を閉じようとする粘膜を、こじ開けるように突き入れる。
 突き入れられれば、ぬぷっと淫らな音を立てて絡みつく熱い襞。前立腺を繰り返し擦られて、脳髄まで届く甘い電流。
「――――っ! あぁっ! あぅん……ッ! んっ! んっ――」
 知らず跳ね上がった腰が、強い力で引き寄せられ、固くて太いものを根元まで埋められて、奥の奥まで突き上げられる。
 シンタローの心臓が高鳴り、そしてまたひとつ身体の内に息づく別の鼓動に、狂いそうになる。
 射精したばかりのシンタローの性器は、ぴくぴくと震えて、白い液体を滲ませている。再度の興奮のために、律動の中で反応している。
 快楽の炎は、すぐに鎌首をもたげて燃え上がる。気持ちいいのだ。強烈な快感が、波のように襲い掛かる。
「あ……っ、う――」
 どうしよう、気持ちよくてたまらない。全身が発熱する程の、甘美な痺れに、肌がざわめく。
 入れられれば、腰が動いて相手を締めつけ、引き抜かれれば寂しくなって、入り口が震える。
 シンタローは、相手の律動に合わせて、自分も腰を動かす。
「……あ、あぁ……ッ! やっ、っン!」
 繋がった部分から、俺は溶けていくのだと思う。背骨が溶ける。胸が溶ける。腕が溶ける、指が溶ける、意識が溶ける――
 溶けてしまいそうなのに、突き入れられる男の熱塊を、ひどくはっきりと感じている。



 ジェルローションに濡れて絡み合う二つの体、まるで自分も相手も液体となって溶けてしまったような感覚、一つになる感覚。
 プライド、相手に対して持っていたこだわり、自分の矜持……すべてが。
 淫猥な水音に塗れて、とろけていく。
「……ひぁっ……」
 急にそれが怖くなって、悲鳴のような声をあげて、シンタローは自分を犯す男に向かって、腕を伸ばした。
 相手の首に指先が触れ、ぬるっと滑って、空を切る。
「ん――っ! あっ、あ……マジッ……ク……」
 また呼ぶと、シンタローの両脚を抱えて、深く突き入れることに専念していたらしい男が、止めない律動の中でそれでも片脚から手を離し、そっと身をかがめてくる。
「……どうしたの」
「あっ! あっあ……んぅ!」
 腕を伸ばしたシンタローは、やっとマジックの太い首にしがみつくことができた。ぬめりの中で、必死に両手を回す。
 相手が動きにくかろうが、知ったことか。
 乱れた金髪が、シンタローの顎に触れ、繋がった部分だけではなく、体も近くなったのだとわかる。一緒に溶けていくのだと、思うことができる。



 俺、酔ってるから。
 酔ってるから。だから、これぐらい言っても、大丈夫。
「も、もっかい……」
 うわごとのように、シンタローは声を漏らした。
「もっかい、もっかい……」
「……シンタロー」
「あっ! ああ――」
 喘いで半開きになっているシンタローの唇が、ぺろりと舐められた。深く深く入り込んだ熱塊を、小刻みに揺らされると、頭の芯がぼやけていく。
 マジックの巧みな技巧。
「俺のこと、もう一回……」
 酔ってるから――
「スキって……あああっ……!」
 動く度に、首筋に感じるマジックの吐息。激しく揺さぶられて、内壁を掻き回される。こね回される。
 自分の全身から力が抜けて、弛緩していくのがわかる。すべてを快楽に委ねて、溶けていこうとしているのがわかる。
 それでもシンタローは、しがみついた両腕に、力を込める。ぐっと相手の首を引き寄せ、泣きそうな声で呟いた。
「『好き』って言えよ……」



 すぐに、相手が、
「好きだよ」
 と、言うから。まるで簡単なことみたいに。
 シンタローには、それが不満だった。
 不満で――不安になる。その言葉には、もっと重みがあってしかるべきなのだ。
 その言葉は、もっと大切であるはずなのだ。それなのにマジックの奴は。こんなに軽く。そのことが、腹立たしくてならない。
「もっと……もっと、言……え、よ!」
 思わず荒げた声に、マジックは静かに答える。
「お前が好きだよ……」
「もっと! もっと……!」



 シンタローは、情事の最中に、ふと切ない気持ちに襲われることがある。
 そうなると、相手にすがり付く腕が、震える。眉尻が下がって、睫が揺れる。濡れた瞳で、相手を見つめてしまう。
「……言え……よぉ!」
 体では、十分に与えられていた。
 求めていたものを与えられた後孔は、その肉襞で淫らに絡みつき、奥へ奥へと誘い込むように収縮を重ねていく。
 貫かれたシンタローの中心は、貫くものと同じくらいに貪欲だった。逃がさないように締めつける。
 全身の肌の産毛が逆立ち、ぞくぞくと痺れている。
 でも、もっと欲しかった。言葉で、もっと欲しかった。
 マジックの低音が響く。
「好き」
「あっ……ん、う……、まだ、まだぁ……!」
「好きだよ、死ぬほど好きだよ」
「嘘じゃなくなるまで、言え……よっ! あっ、あ……」
 ぐいっと突き上げられて、息が詰まる。
 深く埋め込まれて、くちくちと濡れた音が聞こえて、シンタローは生理的な涙を零した。喉がひくつく。
 ねっとりした官能に浸されていく意識に、蜜のような声が聞こえる。
「嘘なんかじゃないよ。好きだよ。お前が好き。本当さ」
「……あっ……あ……っ……マジッ、ク」
 鼻にかかった甘え声に、そそられたのか、マジックはシンタローの腰を抱え直し、一層強く自身を打ちつけた。
「あぅ」
「好き。好きだよ、何度でも言うよ……私はお前が好き。愛してる。愛してるよ、シンタロー」
「……うぅ……」
「愛してる」
「……――」



 ちょっと安心したシンタローは、少し黙った後、掠れた声で訴えた。
「……あ、つ……」
「ん? な、に……」
 繰り返す律動の中で、聞き返すマジックの声も、掠れている。
「熱、い……」
「私もね、熱いよ……お前の中は、とても熱い……」
「ん……んっ、んっ、ん――あつ、い」
「さっき、わかったろう……?」
「……!」
 そしてシンタローは、思い出してしまう。指に覚えた温度を。自分の中の、熱さを。
 燃えるように溶けていた秘所の奥。物欲しげにうごめいていた粘膜の狭間。
 あんな所に、俺は今、マジックを受け入れているのだと。
 あの熱い熱い場所に、同じくらいに熱いマジックの雄を呑み込んでいるのだと。
 溶けかかった頭で考えれば、泣きそうなくらいの羞恥と、愛しさが沸き起こってくるのだ。
 熱すらも、一つになっている。
 同じ熱さを、感じている。同じ熱に浮かされている。



「お前は……? 私のこと、好き……?」
 そう囁かれて、シンタローの眉を寄せた薄目に、マジックのうっとりした表情が、青い目が、映る。
 相手の乱れた金髪。普段汗をかかない人なのに、濡れた額。自分を求める欲望の色。
「う、う〜〜〜〜〜〜」
 その顔を見て、胸が鳴って、シンタローは聞かれたことに答えようとしたのだが、なんだか鼻の付け根が、ちくちくする。
 ちくちくするから、答えられない。仕方なく、唸った。
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
「なに、なに」
 口を開けてはまた閉じて、しばらく、ぱくぱくさせた後。短い呼吸の間で、シンタローは息を吸った。
 マジックの首にしっかりと抱きついたまま、叫ぶ。
「す――――――!」
 ひどく間近で。青い瞳が苦笑するように細くなって、愛しげにシンタローを見て、こう囁いた。
「……困った子だ」
 そして黒髪を散らすシンタローの頭を抱え込むようにして、激しく内部に突き立てる。
 柔らかい檜の床だとはいえ、頭を打たないようにとの配慮なのだろうか。
 それからの彼は、無言だった。無言で、抽挿を繰り返した。
「き――……ッ! ン、んぅっ……」
 シンタローも、もうそれ以上、言葉を紡ぐことができなくなった。
「――んっ、ん、あぁ……」
 むさぼるように唇を奪われたからだ。
 強く舌を絡めとられて、じん……と背筋に痺れが駆け抜ける。



 舌と舌との間に、唾液が糸をひく。喘ぐシンタローの思考を、激しい快楽が焼き尽くす。
 奥の奥までを支配されるように突き刺されて、強く内部を擦られて、引く時は魂ごと持っていかれるような焦燥感を煽られて、もうどうしようもなくって、シンタローは自らも頂上を目指して、腰を振る。
 密着する体の合間を、ジェルローションと汗と淫液とが混じり合って、流れていく。
 震えるシンタローの性器は、相手の引き締まった腹に擦られて、痛いほどに張り詰めていた。
「ああっ――ふぁ……、んぅ」
「……ッ」
 押さえきれない自分の声と水音との狭間に、シンタローは、ふと相手の殺す声を聞いて、必死に目を開けた。
 涙の溜まる薄目に、自分がしがみつく腕の中、マジックが眉を寄せているのが映る。
 余裕のない相手の表情に、シンタローは我を忘れる。自分はこの顔を見るために、彼と体を合わせているのだ。心がわななく。
 訳のわからないことを叫んだりしたのだと思う。
 何もかもが真っ白になった。熱い感情で埋め尽くされていった。
「ん――っ! ん――ぅっ!」
 シンタローの体が痙攣する。次に、硬直した。
「――っぁ……あ、ああ――っ……」
 喘ぎから長い息を吐き、掠れた声をあげて、シンタローは絶頂に達した。
 勢いよく放出された自分の白い液が、顔と胸を汚す。
 ほぼ同時に、中のものがドクンと大きく猛り、ひときわ硬くなって弾けて、熱い精が内部を浸していく。
 その感覚に、シンタローは、溜息のような声を漏らした。
「――ふ……」
 余韻に、内壁が震えた。最後の一滴までもを受け止めるかのように、貪欲に。
 マジックの身体が折り重なってくる。互いの息の音ばかりが、聞こえる。
 やがてシンタローが相手の重みを感じながら、弛緩した筋肉に精一杯の力を込めて首を傾げると、荒く息をついて鈍い倦怠感に襲われていたらしい相手も、こちらを見て、ふっと頬を緩めて笑った。
 それを見て、シンタローも思わず笑った。濡れた金髪が、相手の顔のあちこちに貼り付いていて、なんだかおかしかった。マジックの癖に。
 そして、唇が近付いてきたから。
 目を瞑って、二人はもつれあいながら、キスをした。



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 大窓は開け放たれて、気持ちのいい風が流れ込んでいた。
 真夜中の闇は続いていて、この浴室から広々と見渡せる日本庭園の草木は、いまだ眠り込んでいるように見えたのだけれど、風だけは別のようだ。
 夜をそよいで吹き渡り、石灯篭の上にしなだれる萩が微かに葉を震わせて、手水鉢に項垂れる。
 月が見える。黄金色に輝く月。
 盛りは過ぎたもののまだ色鮮やかな紅葉に、ほのかなきらめきを落としている。
 深緑と藍と闇とが、美しい陰影を描いていた。遠くから、梟の鳴いているような声がする。
 爽やかな風に肩から上をなぶらせながら、ぬるめに張られた湯船の中で身動きすれば、ぴちゃ、と湯が揺れる。水面の輪が幾重にも広がっていって、二人分の身体を包んで、やがて消えた。
「……ん」
 シンタローは、気だるく息をついた。頭がぼんやりする。熱が、まだ、抜けきらない。火照ったままの体を、持て余している。
 後ろにもたれかかってしまう。横目に、相手の首筋や鎖骨が間近に見える。背に、鍛えられた胸の感触がする。
 マジックはといえば、背後からシンタローの腰に手を回し、抱きしめているのだった。シンタローの力の抜けた体を、自分の両の脚の間に抱き込んで、満足そうだ。
 下ろしたままの黒髪を分けて、うなじに唇を押し当て、なめらかな肌の感触を楽しんでいる。



 ――達した後。
 マジックは、シンタローの体を優しく洗ってくれた。
『ほら、足、あげて』
『……ん』
 疲労していたこともあって、大人しく身を任せていたシンタローである。
『さっき、洗ってくれたからね。今度は私の番だよ』
『ん』
 悪戯でもしてきたら、即座に怒鳴りつけてやろうと心中で準備していたものの、やはり髪の毛から足指の先まで、丁寧に洗われると心地よく、相手もやけに真面目な態度だったから、最後まで任せてしまった。
 ただ、後始末――中に放たれた相手の精の――だけは、全力で阻止したが。
 身を庇うようにして、シンタローが、がたぴしする体を動かして抵抗すると、『なんだ、まだ余力あるんだ。残念』なんて、金髪の男は肩を竦めていたのである。
『あっち向いてろ!』
 そんなシンタローの要求にも、『はい、はい』と珍しく従った男だ。
 それから二人は、差し水をしてぬるめにうめた湯に浸かっている。
 体を、密着させながら。



 背後のマジックが、くったりしたシンタローの顔に、頬をすり寄せてきて、『愛してるよ』と呟いてくる。
「……」
 シンタローの全身は、まだ蕩けたままで、呼吸をするだけで甘い疼きが身の奥に湧き出してくるほどだ。
 弛緩した体を、揺らめくやわらかな湯が包む。黒髪が散って、水面に模様のように浮かんだ。
 結べばいいのだが、そんな元気もなく、わざとだろうか、マジックも結んではくれなかったので、そのままになっている。
 涼しい風を頬に受け、花の香に似た匂いの湯に浸かり、眼前の大窓の向こうに広がる夜の日本庭園の美しさに満たされて、身も心も癒されそうなものである。
 でも、でも。
 ちゅ、と音がして。耳朶が吸われたのだとわかる。
 ――マジック。
 せめて嫌味でも言ってやろうかと思ったが、相手の嬉しそうな雰囲気が、伝わりすぎるくらいに伝わってくるので、先程からシンタローは、ムッとした顔を作るに留めておいたのだが。
「ふふ。シンちゃ〜ん
「……」
「シンちゃん、大好き
 甘ったれた声を出されて、頭を撫でられて、ぎゅっと背後から抱きしめられると、何だか理不尽さが込み上げてくる。
 俺ばっかり、実は損してるんじゃねえのか。
 なんだか、上機嫌な相手を見ていたら、そんな気持ちがムラムラと込み上げてくる。
 でも。でもでも、でも。
 ぴったりと体を寄せられて、相手の肌を感じて、耳の後ろを優しく吸われると。
 その心地よさに眠りの精が訪れて、そっと目を閉じてしまうのも、シンタローを支配する事実だった。このまま眠り込みそうになってしまう。
 小さな子供だった時のことを、思い出す。



 しかし今は、勿論、自分は小さな子供などではないのだった。
 油断していれば、長い指が身体のあらゆる場所を這ってくる。初めはくすぐったいのだが、触れられた場所には、だんだんと別の熱が生まれてくる。
 身を捩れば、ちゃぷんと波が立ち、何だかそれが自分が過剰反応していることを相手に教えるようで、変に恥ずかしい。
 くそう、マジックめ!
「……」
 ジト目で背後に視線を遣れば、『ん? どうかした?』等ととぼける相手が憎らしい。
 体を洗ってくれた時は大人しかったのに、と苛立たしく思うが、それもこちらを油断させるためだったのかと、素直に身を任せてしまった自分自身もまた憎らしい。
 一連の過程で、情にほだされたのはマジックの方であるはずだったのだが、なぜか結局は、シンタロー自身がマジックにほだされているような心持になってしまっていて、実に不思議な自分の心の動きだと思う。
 シンタローが、まどろみと戦いながら考え事をしている間に、どんどんとエスカレートしてくる相手の指。唇。この男に遠慮なんて言葉はない。
 腹筋のきわどい所を指がなぞって、ちゅ、ちゅ、と首筋を吸われて、まるで獣が愛を表現しているかのように、鼻先をすりつけられて。
「あーもう!」

「やめろったら」
 湯が揺れる。
 元々マジックは、シンタローにくっついたり甘えたりするのが好きで、二人きりの時は、多かれ少なかれこんな調子であるのだが。
 一度抱き合って、気が大きくなってしまったシンタローは、もう相手のペースになんか乗ってやったりはしないのである。
 釣った魚にエサはやらない。それがオトコの精神。いや、やるかどうかは別にして、こちらからやりたいのだと思われたくない。というより、こんなことを考えさせられてしまうこと自体が、オトコの恥なのである。恨めしい。



「あ……っ」
 背後の指が、臍の上を通ってすっと胸筋に伸び、胸の辺りを悪戯している。思わず声をあげてしまったシンタローは、照れ隠しのように慌てて口をヘの字にする。
 曲げた腕を振り下ろして、その指を肘鉄で攻撃しようとするのだが、何分相手の指はすばしこい。このエロ親父! 湯の負荷がかかるため、振り下ろしの攻撃は鈍く、攻防戦はシンタローに圧倒的に不利な状況だった。
 ばしゃばしゃと湯が跳ねるのをかいくぐり、何食わぬ顔をして、どんどんと性感帯を刺激してくる指。
 それをこらしめようと、躍起になるシンタロー。
「こ、このやろォ……! ふぅっ……」
 尖った乳首の先を、くりっと掠めるように弄られて、シンタローは腰をもぞもぞさせた。
 全身にいまだ燻る先刻の熱が、機会さえあれば一気に集中して高まりそうな予感がしたからだ。危ない。
 薄明かりに照らされた湯の中で、自分の胸の突起が、桃色にピンと立ったままなのが、恥ずかしい。なるべく視界に入らないようにして、目は正面の日本庭園に向けようと努力しているのだが、なかなか上手くいかない。
「……うぁ」
 湯の中で、赤ん坊のように立てたシンタローの両の膝が、震えた。
 大きな手は、シンタローの腿の内側を撫でている。ゆっくり、ゆっくりと。脚の付け根から膝にかけてを。まるで両脚を開かせるように、優しく愛撫している。
「――んっ」
 どうしても無視することができなくて、シンタローが視線を湯に向けてしまえば、光の加減で揺れる自分の身体の輪郭が、やけに扇情的に見えて、動悸が激しくなる。
 すると、その瞬間を見透かしたように、男にうなじを舐め上げられて、ぞくり、と背筋が震えた。
 声を殺そうとして、口を閉じ鼻でふうふう息をついていれば、耳元で低音が響く。
「お前は、激しくするのも好きだけれど、優しくするのも、好きだよね」
 何を、とは勿論聞けない。藪蛇だからだ。シンタローは無言で唇を噛んだ。
「こうやって、ゆっくり、丁寧に可愛がられるのが」
 男は言葉を続ける。抱き込んだ身体を、人形のように撫でながら、声を重ねる。
「お前は、好きなんだよね」



 つ……と太股に触れていた右の指が、上方に伸びて、こればかりは素直に反応してしまっているシンタローの性器を、掠めて。
 ビクリ、と健康的な肌が、湯を揺らす。黒髪も揺れている。
 どこか甘い香りのする半透明の湯の内で、ゆらりゆらりと自在に動く男の指は、今さら偶然触れた風を装っているのか、少しずつ、少しずつ、触れてくる。
 シンタローは脚を閉じようとしたが、男の左の手が、膝裏を撫でながらもしっかりと捉えて放さないので、どうにも上手くいかない。そもそも、弛緩した体に力を入れるのも、難しい自分であるのだ。
「ね、シンちゃん。私に優しくされるの、好き?」
 そう聞かれて。体でしっかりと抵抗することができないシンタローは、いやいやと首を振った。すると、耳朶をそっと噛まれる。身が竦む。
「ん? さっきは、優しくしろとか、とっても可愛いこと言ってくれたのに。今は違うの?」
 シンタローは、また首を振る。何を聞かれても、否定したい気持ちだった。
 往生際の悪いシンタローに、くすりと笑ったマジックは、じらすように触れていた手を、今度はダイレクトに使ってきた。
「……ぁッ!」
 ついに殺しきれない声が、唇から漏れてしまう。背後から回された二つの手が、シンタローの両の乳首を愛撫していた。
 親指と中指で突起を挟み込み、人差し指の腹で、尖った先端を擦る。絶妙の力加減で、硬くなったピンクの粒の弾力を楽しみながら、優しく弄っている。
 そんなことをされてしまえば、もう声なんか我慢できるはずがなかった。
「あっ、あ、あふっ……」
「ねえ、どうして?」
 口はシンタローの二の腕を甘噛みしながら、マジックが聞いてくる。
「どうして、私に優しくしてほしいの?」
 くりくりと突起が弄られて、軽く引っ張られる。引っ張られてから、きゅ、と押される。しかし決して乱暴ではない、快楽ばかりが滲み出すその技巧。
「んっ、あんっ、や、やだっ……」
「やだ、じゃないでしょ。ほら、シンちゃん、答えて……」



 なんで俺が、優しいのがスキかって?
 その方が……アンタに大事にされてるって、思えるから。
 そう答えることは勿論できなくて、その代わりに、シンタローは身を捩じらせて、怒った声を出した。
「ア、アンタ、また……!」
 先程から自分の尻や腰に、硬いものがあたっている。
 精一杯の力で、シンタローは上半身で振り向いて、男の顔を間近でキッと睨んだ。言い放った。
「さっきから、あたってんだよ! いい加減落ち着け……ッ! こーの万年発情男……んむっ」
 しかし皆まで言う前に、唇が塞がれてしまう。
「ん――っ! んっ、んっ、んぅ――」
 あっという間に相手の舌が差し込まれて、口内を蹂躙されてしまえば、すぐに文句なんて言えなくなるのだ。
「ん……っ、ん……」
 シンタローの舌が、反論を封じ込まれている間に、マジックの指は今度は下方へと伸びていて、ふわりとシンタローの中心を掴んでしまう。元々反応していたそれだから、容易い。
「んぅっ」
 数回、根元から先端までを擦られただけで、それは簡単に完全に水面を見上げて、嬉しそうに立ち上がってしまった。すでにシンタローは二度達しているのに、この有様だ。
 そして、ふっと唇が離されて、息をついて胸を上下させているシンタローに、マジックは、にっこり笑いかけるのだった。
「人のこと言えるの?」
「く〜〜〜〜〜〜〜〜!」



 再び、ぐっと腕が伸びてきて、シンタローは背後からマジックに抱きすくめられてしまった。
「だってずっと喧嘩してたんだもの。まだ足りないよ。愛し合おうよ」
「わっ! あ……くっ、このぉ!」
「はは、カラダはもう、こんなに私に身を任せてるのにね。上のお口だけはまだ達者だね」
「こ、こらっ」
「そんなこと言いながら、べったり私に寄りかかってきてるじゃない、シンちゃんてば」
「このっ、このぉっ!」
「はいはい。坊や、いいこ、いいこ」
「くう――ッ」
 さも抵抗しているかのような口ぶりであるが、実際には抱き寄せられたまま、とろんとしているシンタローなのである。
 本当に体に力が入らない。声だって、息も絶え絶え、掠れている。
 力が入らないのは、さっき激しく交わったせいと、アルコールのためなのだとシンタローは自分を納得させていたが、実際は神のみぞ知る。
 とにかく耳朶なんかを噛まれてしまうと、
「だーかーらー……んっ」
 折角吐いた言葉さえ、つい飲み込んでしまうぐらいに。
 ましてや、また立ち上がってしまった性器を、優しく撫でられると、
「あっ、あぅっ、んんっ……」
 黒髪の巻きつく首をのけぞらせ、つい背後の相手を、横目で物欲しげに見つめてしまって、
「ん――、ん、んぅ」
 落ちてくる唇と、何度でもキスをしてしまうのも、何だかもう、夜遅いから、仕方がないのである。
 真夜中だし。まだ酔ってるし(おそらく)。風呂場だし。
 ……マジックだし。



「ッ! ヤだって……」
 しかし、湯の中でシンタローの肌を丹念に愛撫していたマジックの指が、性器の奥、双丘の狭間に伸びてきた時は、流石に身をよじった。
 最奥の入り口を、探られている。先程までの激しい挿入を思い出して、ヒクンと内壁が反応する。
 でも。でも、こんな浴槽の中で。また。
「ダメッ、湯が入る……」
「大丈夫、大丈夫」
 何が大丈夫なのかと聞いてみたい。
 嫌がるシンタローに構わず、マジックの指は簡単にその小さな穴を探りあて、まるで 隠れ家に滑り込む蛇のようにすんなりと、中へと潜り込んでいく。
「ンッ……んぁっ、ば、ばっかやろぉ……」
「はは。さっき大きいの入れたばかりだから、簡単に入ったよ。シンちゃんの中は、やわらかいな」
「はぅっ……!」
 長い指が、出し入れされる。湯が揺れる。
 くいっと、マジックの指が中で折れ曲がり、前立腺の辺りを刺激して、シンタローは目をつむって背筋を突っ張らせた。
「あぅッ」



 喘ぐ。
 鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で、嬉しそうに指を動かしているマジックに、シンタローは背後に向かって首を動かし、必死に文句を言った。
「せっか……く……始末……したの……にっ!」
 先刻、中に放たれたものは、マジックに他所を向かせてから、急いで自分で洗い流したのである。
 それなのに、またするのか。
 しかしマジックは、上機嫌に、にぱっと笑って言った。
「ああ、さっきの後始末ね。どうせこれからするのに、お前は無駄なことするなあって思ってさ」
「なんだとぅ!」
「まあ、そんなシンちゃんも可愛いなって思って。大窓に映して、見てたんだけど」
「見てたのかぁ! あ、あっち向いてろって……言ったのにィ! 見てたのかよッ!」
「大丈夫、心配しないで! さっき後始末させてもらえなかったから、次は私がするよ さ・せ・て シンちゃん」
「ウギャ――! ヤだっ! ぜってぇ、さ・せ・ね・え!」
「そこをなんとか」
「そこをなんとかじゃねえ!」



 暴れ出そうとするシンタローの最奥で、指の動きが激しくなって、ぐいと深くまで突き入れられた。
 体を固くしたシンタローに、囁く声。
「ほら……自分で大雑把に始末するから、まだ残ってるんじゃないかな……私のが」
 内部深くで、探るような掻き出すような動きをする指。くるりと円を描く。
 ぐりぐりと、まるで鍵のように指を曲げて、内壁を探られる。
 内部の奥深くに、とろ、と液体の感触がしたような気がした。
「あぅっ……やっ、やっ、や……」
 耳を甘噛みしながら、響く声。
「……ここはね、ちゃんと指を入れて、しっかり掻き出さないとダメなんだってば。お前はそういうの、嫌がるけどね」
「ひゃっ……あぅ、あ……」
「自分で指、入れたくないんでしょ?」
「……――」
「ま! 私は、お前が嫌がるのを見るのが、楽しいんだけれども」
「バっ……」
「鹿野郎、かい? 何だか詰られるのも、同じ言葉ばかりじゃなくってさあ、もっと違う言葉でされたいなあ。最初の一字を言われただけで、すぐわかるもの。ワンパターンだよ」



 なんて失礼な。
 言うに事欠いてこの男! とシンタローは、潤む黒目で、責めるように相手を見る。
 ……この野郎。
 それなら、とばかりに、大きく口を開く。
「ヘ――!」
 右手は最奥への愛撫を続けながら、左手はシンタローの胸や腰、太股などを撫で回し続けているマジックは、口元を緩めた。言う。
「変態だろう」
 水面が揺れた。
「エ――!」
「うーん、エロ親父?」
「ア――!」
「アホ? かな?」
「す――!」
 ぴたり、とマジックの指の動きが、止まった。
 何かを期待するような空気が、張り詰める。
 濡れているために、いつもより金髪が長めに見えるマジックの顔を見れば、なんだか待っているような表情。
 す。す、とくれば。
 復讐だとばかりに、シンタローは言ってやった。
「スケベ!」
「……」
 流石にちょっとがっかりしたのか、すっと指が、シンタローの内部から、抜けていった。



 してやったりの顔をしているシンタローを見て、マジックは溜息をついている。
「どうしてお前は、こんなに可愛い顔してるのに、可愛いことができないんだろう。おかしな子だなあ」
「ああああ?」
 相手の発言のどの部分に腹を立てていいのかがわからず、シンタローはとりあえず、額に青筋を立てた。
 飛沫が散って、マジックの手が、水面から浮かび上がる。大きな手。見慣れた手。
 それが、背後からシンタローの顎に触れ、くいとマジックの方を向かせる。二人の視線が合った。
 いつもは冷たく感じられる男の手が、ぬるい湯の膜に包まれて、ほんのり温かかった。
「……でも、こういう所が……可愛いんだよね」
「……」
 しみじみと呟く声に、どうしたらいいのかわからなくなって、シンタローは湯を手で掬い、ぱしゃりと自分の顔に浴びせた。顔をこすった。
 しかし声は続くのだ。声ばかりか、密着する肌の感触がリアルに迫る。
 自分が身動きしても離れない、相手の手に気を取られていたら、隙を突いて、近付いてくる金色の髪。視界に影が落ちる。
「私はお前の、何が可愛いのかな。どこを可愛いと感じるのかな」
 ちゅ、とシンタローの額に唇が落ちて、離れていった。
「もう、よくわからなくなってきちゃった」
「あのな!」
「どうしてか、身震いする程に、可愛いんだよ」
 この男のペースに、いよいよ乗るまいと、シンタローは慌てて口を差し挟む。
「つうかな! 何度も言ってンだろ! 俺ぁ、男だから可愛くなんかなくたって全く困るコトねえっつーの! むしろンなの言われたくねえ!」
 俺は、可愛い、じゃなくて、カッコイイだろォがよ! 本当に、いつもいつも。だから、アンタはわかってねえんだ!
 シンタローは、仏頂面をして、いまいましげに言った。
「どこに目をつけてやがる! アホか……」
「世界で一番可愛い」
 ぴく、とシンタローの目蓋が震えた。



「ねえ、私に『可愛い』って言われるのは、そんなに嫌?」
「ぐ……」
「嫌かな。心からそう思って、言ってるんだよ。お前は可愛いって」
 イヤだ。
 そう言おうとしたが、唇がどうしたことか、動かなかった。何だか心の隙間に切り込みを入れられたみたいに、自分は固まってしまった。
 マジックは、そんなシンタローを両腕で抱きしめて、耳元にぴったりと口を寄せて、低い声で囁いた。
「シンタローは可愛い」
 ぞくりと首筋が震えた。
「……」
「私のシンちゃんは、可愛くてしょうがない」
「……」
「どうしてこんなに可愛いのかな? 可愛い、可愛い」
「……もう……やめ」
「地球で一番可愛い」
「……――」
「宇宙で一番可愛い」
「――あっ」



 しまった、と思った瞬間にはもう、湯が大きく揺れて、シンタローの体は抱え上げられてしまっていた。
 元々抱き込まれてはいたが、浮力で易々と、相手の膝の上に乗せられてしまう体。また、抱っこのかたち。
 ぺたりと背に肌の感触がして、シンタローは、マジックが今度は頬を寄せて来たのだと知る。
「……ここに」
 唇の動く感覚が、直に肌に伝わってきたことで、唇も寄せられたのだとわかった。口付けながら、相手は囁くように喋っている。
「傷が、ある」
 そう言ってマジックは、また唇を滑らせた。湯でなめらかさを増したシンタローの肌が、しなる。
「背中だけじゃない。右脇腹にも。左の腿にも……」
 先刻からマジックが撫でていた場所には、すうっと傷跡が残っていたのだった。薄くなっているものもあれば、まだ塞がって間もないものもある。
 自ら前線に赴き、積極的に任務に加わるシンタローは、よく傷を負った。
 その傷の一つ一つは、シンタロー自身にとっては、ある意味では勲章に違いなかったが、別の意味では……特にマジックの前では、未熟さの表れのような気がして、晒すことに躊躇がある。
 遠征の後は、いつもあまさず肌を探られて、傷を確かめられるのだから、今さらなのだけれど。
 傷に触れられている。マジックが、俺の傷を。そう思えば、今、どくどくとシンタローの心臓は波打ち出すのだ。
 胸の内から込み上げてくるものに、浸されていく。息が詰まる。身体が硬く強張る。
「……だ、だか……らっ」
 シンタローは、声を上げた。
 みっともない、俺。
「傷だらけの男の体なんて……っ。可愛いもんか!」








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